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謎の絵本作家、遊子を探して

遊子という作家が気になり始めたのは、彼の作品「ザザーン」のあとがきが、とても奇妙だったからだ。あとがきといったら普通、執筆の経緯とか、読者へのメッセージとかだと思っていたが、「ザザーン」は違った。

● 作者のことば
雨は
消えた
一滴の歴史も
大地に還らない
熱風の渦を
果てしないカーニバル
ミクロ・コスモスが
哄笑の裡に蒸発して逝く
雲よ!

おはなしチャイルド「ザザーン」(平成8年)

なんだこれは。意味はよくわからないが、短い詩のようだ。しかも「ザザーン」という物語は、ときに精密に虫や魚を描写したかと思えば、大胆に幾何学的でもあり、「あとがき」では、つい、この抽象性を補足するような背景の話を期待したくなるのだ。それなのにこのあとがきは、絵本の内容以上に抽象的である。こんな詩をプロフィール代わりに書いてしまう人は、さぞかし芯から自由に違いないと思った。写真の風貌も仙人のようである。どこか山深い渓谷で、山の獣たちと晴耕雨読の日々を送っていそうな顔だ。


遊子さん


気になり出したらもっと気になってきて Google で検索したが、これがとんと出てこない。遊子という短い名前はググラビリティが低いのだ。こうなったら、図書館の司書さんの調査能力を借りよう。そう思い立ち、近所の図書館ではなく、より大きな図書館へと足を運んだ。

まず最初にやったのが、障害者手帳を取得したことの申請だ。これで借りられる本の冊数が 2 倍になり、貸出期間も 2 倍になるのだ。ありがたいことこの上ない。小中学生の頃はこの大きな図書館に足繁く通っていたが、大学受験の頃に疎遠になり、大学に行ってからは大学の図書館や近所の図書館ばかり使うようになった。なので恐らく、最後に来てから、10年前後の年月が経過していた。図書館カードはデザインはそのままでラミネートタイプに変わっていた。手続きをしてくださった司書さんの「ずいぶんお小さいときから、ご利用くださっていたんですね」というやさしい言葉に、子ども時代の私が報われた気がした。長らく忘れていたけど、この大きな図書館は、私の青春だった。空を飛ぶ機械を発明したくて、ヘリウムのことやヘリウムを発生させる鉱物のことをやたら調べていた時代があった。

さて、司書さんに、遊子という人物を調べたい旨を伝えた。自伝があるならぜひ読みたいし、インタビューでもなんでも、ひととなりがわかるものを教えてほしい、と。司書さんは、人物レファレンス事典をあたり、そこに確かに「遊子」という人が絵本作家として記載されているのを見つけてくださった。しかし、レファレンス事典が「詳しくはこの事典を見よ」と指している児童文学の作家事典の記載を見ると、ただ著作物のタイトルが羅列してあり、唯一作品以外の情報といえば、「だんまりくらべ」という絵本で「第 40 回産経児童出版文化賞を受賞した」という点だけであった。生年さえ書かれていなかった。司書さんはネット検索もしてくださり、とある個人ブログに短い言及があるのを発見してくださった。個人ブログの記載なので信憑性は定かでないが、遊子は 60 歳で初めて絵本を作ったという。司書さんは一時間近くにわたって奮闘してくださったが、結局、遊子のひととなりはわからずじまいに終わった。しかし遊子の著作絵本を 2 冊、借りられたのは大きな収穫であった。

こうなるともう、出版社に問い合わせるしかない。幸い、遊子の絵本の出版社はすべて鈴木出版というところであり、こちらにファンレターを送ることにした。「ザザーン」のあとがきによると、遊子さんは 1924 年生まれであり、2023 年現在、ご存命ならば 99 歳である!

拝啓 遊子様
暦の上では春ですが、まだまだ寒い季節、いかがお過ごしでしょうか。
私は、遊子様の著作「ザザーン」、「だんまりくらべ」、「おおきなき」がとても好きで、このような素晴らしい作品を描いてくださったことに感謝の気持ちを伝えたく、筆をとりました。特に「ザザーン」の最後のページにある「作者のことば」でお書きになった詩にとても惹かれ、こんな詩を書かれる方はとても自由な心をお持ちに違いない、と遊子様のお人柄が気になりました。「ザザーン」も「おおきなき」も、大自然への畏敬の念と、草いきれが立ち昇るような、みずみずしく力強い生命の香りが感じられ、圧倒されるような読後感でした。「だんまりくらべ」は、じいさとばあさの夫婦のようすがとてもかわいらしく、おもしろくて、私も年をとったらこんな夫婦になりたいと思いました。遊子様の作品に出会えたことをとても嬉しく思っています。遊子様のことをもっと知りたくて、図書館の司書さんとともに探したのですが、インタビュー記事や自伝の出版はされていないのでしょうか。もし何かありましたら、教えていただけますと幸いです。
寒さ厳しき折、どうぞご自愛くださいませ。
かしこ

果たして出版社からの返事は来るのだろうか。

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