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ドキュメンタリー感想 フリーメイソンー世界的秘密結社の謎に迫るー

 フリーメイソンといえば――欧米の権威階級にいる多くの人々がその会員で、世界を裏から操っているという、都市伝説では定番の組織!
 カメラが初めてフリーメイソン内部に潜入し、その秘密を暴く!!

 という触れ込みのこのNetflixドキュメンタリー。
 様々な都市伝説でお馴染みの「あのフリーメイソン」が、どんな組織でどんな活動をしているのか、が具体的に描かれる。そう聞いて、私もそれなりに都市伝説を信じていたわけでワクワクしながらこのドキュメンタリーを見始めたのだけど……。

 ネタバレから書こう。
 なんてことのない、ただの自己啓発系の社交クラブだった。

 ただ、歴史が300年もあり、伝統ある“社交クラブ”であるから、メンバーの中に権威階級の人々もいるし、大成功を収めたセレブ、有名俳優もいる。当然ながら、ごく普通の庶民もメンバーの中にいる。しかしそれだけの話で、このフリーメイソンが何かの命令を発して陰謀を巡らして、世界を裏から操っているとか、そういうことをしでかそうな雰囲気は全くなかった。
 やっていることといえば、スーツに石工職人協会から始まったというから装飾を一杯貼り付けたエプロンを身につけて、儀式をやったり、集まって会食をしたり……。本当にそれだけ。
 スーツの上にエプロンと首飾りと手袋を付けて、粛々と儀式を執り行うのだが、その光景がなんともいえず滑稽……というかダサい。「何やってるんだ、この人達?」と不思議な光景を見たような気持ちになる。

 ただ、メイソンリーたちの帰属意識は非常に高い。メンバー達はフリーメイソンを非常に大切にし、自分の身に起きた成功の多くは、フリーメイソンのおかげだと信じている。彼らはどうしてこうも高い結束力があるのだろうか。
 私の推測は「階級」「掟」「伝統」の3つだと考える。

 私が連想したのは「サード・ウェイブ実験」だ。
 サード・ウェイブ実験は凄惨な顛末を迎えた実験なので、一緒にしてはいけないが、でも関連があると考えられるので概要を見ておくとしよう。
 サード・ウエイブ実験は1967年アメリカのとある高校で行われた。世界史の授業をやっていたのだが、生徒達はどうしてナチス・ドイツがあのような凶行に陥ったのか理解ができない。そこで高校教師は、生徒達にある実験をやろうと誘いかける。
 その実験とは、持ち物を制限する、先生に発言するときは許可を求め、姿勢を正す……ということだった。
 すると生徒達は規律正しくなり、授業への集中力が上がるという効果が生まれた。
 生徒達も「ルールを作り、守る」ということで共有意識・帰属意識が生まれ、もっと新しいルールを、ルールを破ったときの罰則も、と望むようになった。
 生徒達はやがてグループに夢中になり、自ら会員カードを作って発行し、教室の外の人にもグループに入るように勧めるようになった。
 一方で問題も起きた。グループに入らない、という生徒に対して暴力を振るうようになった。「グループに入らないやつは敵だ。その敵に対する暴力は正義だ」という理屈になっていた。

 そうこうするうちに実験を始めてからわずか3日のうちに、学校内外に200人が参加する巨大グループとなっていた。すでに高校教師のコントロールが効かない状態に陥っていた。
 この実験が最終的にどんな顛末を迎えたのか……は、今回テーマとは関係ないし、そこまで書くと次に伝えたいことが曖昧になってしまうので省略しよう。気になる人はWikipediaに出ているので各自読んでもらえばいい。
 今回のドキュメンタリー、フリーメイソンの人々がなぜあんなにも帰属意識を持っているのかといえば、フリーメイソン内に様々な「掟」があるからだ。その掟をきちんと守ること、守って運営すること。「サード・ウェイブ実験」を見てもわかるように、とあるグループに入り、そこにあるルールを守るというただそれだけで、人は「帰属意識」を獲得することができるのだ。

 フリーメイソンが何をやっているかというと、ひたすら儀式、儀式、儀式だ。それも300年の伝統があるからそれなりに洗練もされているし格調高さもある。フリーメイソンに入会したメイソンリーは、伝統ある振る舞いを身につけ、先人が書き記した台詞を暗記して朗誦する。その様子というのが、どこか「シェイクスピア劇」を演じているようでもある。そこにあるルールを守り、メイソンリー自身が劇を演じることによって、そのグループ全体の共同体意識を持つようになる。
 フリーメイソンには300年分の歴史があるから、ありとあらゆるルールがあり、全てのルールに意味づけがなされていた。こうした様々な意味ある「設定」の厚みは、それだけで人を魅了する効果がある。人がどうして創作物にのめり込むのかというと、この「設定」がもたらす魅力が大きい。フリーメイソンは長い歴史を持っているから、人々を魅了するほどの伝統を自然と備えるに至っている。

 そしてメイソンリーはそういった儀式を通し、フリーメイソンらしい振る舞い方と考え方が身につけられたと認定されると、新しい「階級」が与えられる。メイソンリーは入会した後、より高い階級を得るために邁進を続ける。とあるグループに入り、ルールを守ることで帰属意識が身についてくると、よりその内奥へと入り込むために、上の段階へ上がりたいという欲求が生まれる。そこに、フリーメイソンにはそれに対応した多くの「階級」の制度がある。「階級」を獲得すると、その当人の意識としても心地良い区切りを与える。人は何もない状態で特権階級の人々が持つようなオーラを発するわけではなく、周囲の環境やその人間に与えられた地位によって、ようやくその当人に相応しい振る舞い方をさせるようになる(だから貧乏人は貧乏人らしく振る舞うし、セレブはセレブらしく振る舞う)。すると人は、より高い階級が得たいと思い、どんどんのめり込むことになる。
 ゲームでより高いランクに上がりたいと思う欲求に近い。

 しかし、フリーメイソンには「サード・ウェイブ実験」が陥ったような暴力の傾向がない。それは「伝統」がしっかりあるからだ。サード・ウェイブ実験では「グループに入らないなら敵だ」と脊髄反射的な暴力に走っていたが、フリーメイソンには伝統が作り出す格式があり、その格式がメンバーを縛り付けている。フリーメイソンについて反対されたからといって、わざわざ暴力を振るおう……とは考える必要がないわけだ。
 と、どうしてフリーメイソンというあのダサい格好とよくわからない儀式に人は夢中になるのか……に対する私なりの推測だ。

 で、このドキュメンタリーについてだが、はっきり言おう。つまらない。面白くなかったんだ。
 なぜ面白くなかったのかというと、そもそもフリーメイソンの普段の活動がさほど刺激的ではないから。映像には結構な年を取ったお爺さま達が、杖や剣を持って粛々と行進したり、厳粛な顔で座ったり、あるいは立って決められた詩を朗誦している姿だけである。この光景が延々流れるわけだから、面白いわけがない。
 確かにフリーメイソンがどんな組織で、普段からどんな活動をしているのか、という説明になっているが、その光景そのものが客観的に見てつまらない。それはある意味、フリーメイソンは都市伝説で語られているような、面白おかしいものでもございませんよ……という表明のように感じられた。

 面白くなかった理由はもう一つあって、フリーメイソンの現在は語られているが、その歴史についてまったく語られていない。断片的に300年の歴史があること、なぜ秘密結社になったかというと、戦時中ナチス・ドイツによる虐殺を受けてしまったから(戦前は開放的なグループだったようだ)……歴史についてはこの程度にしか語られない。すると見ている側の知的好奇心が満たされない。
 誰がフリーメイソンなんていう謎めいた組織を作り出し、どのように発展していったか、このドキュメンタリーを見て、何一つわからない。そういうところへテーマが発展することはない。

 ではどうしてこんなドキュメンタリーが作られるようになったかというと、世間的に「フリーメイソン」という「秘密結社」イメージがあまりにも大きくなってしまったからだ。
 フリーメイソンといえば欧米の権威階級にある人々がみんな関わっていて、政治や経済を裏から操っている……そのように語る人も多いし、そうした題材で作られたテレビドラマや映画があまりにも多すぎる。そういったフィクションで作り上げられたイメージを多くの人々が信じるようになってしまい、それでフリーメイソンは誤解と偏見で新しく会員になってくれる若い人が少なくなってしまった。「高齢化問題」がフリーメイソンドキュメンタリーが作られた動機だった。映像を見ても、フリーメイソンメンバーはお爺ちゃんばかりである。
(なぜフリーメイソンが陰謀渦巻く秘密結社だと思われるようになったのだろうか? 私の想像では、フリーメイソンはとにかくもメンバーが多く、高い階級の人々の中にも多いから、ある時そういう人達がなにかしらの問題を起こして逮捕され、すると「フリーメイソンのメンバーだった」ということが世間的に大々的に公開されるのを人々が見て……というような経緯じゃないかと考える。そんな説明すら、ドキュメンタリーでしてくれなかったのだが)
 新しい世代にフリーメイソンのメンバーが圧倒的に少ない。だから戦後以来の秘密主義を取りやめて、カメラが入り込むことを許した……そうやって作られたドキュメンタリーがこの作品だった。
 ドキュメンタリーの目的が世間的な「悪の秘密結社」イメージを払拭することだった。

 しかしそうやって作られたドキュメンタリーだから、どうにも企業の紹介ビデオ的なイメージが前に出てきて、情報や教養を求めて見始めた人にとっては退屈も退屈で……。
 ただ、このドキュメンタリーは、「なーんだ、別にフリーメイソンは政治も経済も操ってるわけじゃないな」と人に思わせるくらいの意義はあった。


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