ドント_ブリーズ_maxresdefault

10月映画感想 ドント・ブリーズ

 アメリカで一時話題となった作品(どうやらこの映画のヒットで便乗作品がわりと作られたっぽい)。やっと見ることができた。Netflixに入ってて良かった。
 大雑把な粗筋を読むと、3人組の強盗が入ったそこは、盲目の達人がいる家だった……という話。
 というあらすじしか読んでなかったので、てっきり『13日の金曜日』的な軽薄な若者が出てきて盲目の殺人鬼に殺される話……と思っていたが事情はだいぶ違う。
 舞台はデトロイト。かつて車産業で隆盛を極めたが、2000年代に入ってからの車産業不調のアオリを喰らって街ごと衰退。貧困、治安の悪化が広がり、「貧しいアメリカ」を象徴する場所としてエンターテインメントの中で描かれがちな場所となった。
(その一方でデトロイトは「富裕層の住む地域」でもあり、3人組はこれを狙って空き巣をしていた。)
 強盗3人組はこの「デトロイトの貧困」を反映した立場の人達で、この「貧困の街」を脱出したいが金はない、産業の途絶えた街だから仕事もない……そういう状況下での「仕方なく」手に染めた犯罪だった。強盗3人組の中で、本当の悪党は1人だけ。ロッキー、アレックスの2人にはそれなりの事情があって……という描かれ方だった。同情の余地は充分にある背景があるし、ロッキーとアレックスの2人は空き巣をすることにそこまで乗り気……“楽しみ”でやっているわけではない。

 この前半説明で15分。全体が88分だから、かなりきゅっとまとめられて、話運びがいい。何気ない対話でそれぞれの立場をきちんと説明している。テントウ虫のモチーフもいい。
 街を脱出するための最後の仕事として、大金を持っているらしい盲目の退役軍人の家に侵入しよう……という計画を立てる。
 この盲目老人が、スティーブン・ラング……ご存知『アバター』で暴れ回ったマイルズ大佐である。映画中ではイラク戦争で……という説明だが、私の脳内設定では惑星パンドラから帰還してきたマイルズ大佐。あの戦いで実は生存していたマイルズ大佐が、地球に戻ってきていた……ということになっている(私がそう思っているだけなので、『ドント・ブリーズ』の設定ではない。『アバター』は2154年という未来の物語だ)。

 盲目だけど達人……という設定を聞いてパッと思い浮かぶのは『座頭市』。どうも実際に『座頭市』からヒントを得た……という話はちらっと聞いたような気がする(この辺り、本当かどうか知らない)。
 もしも座頭市が敵で、しかも異常性を持った殺戮マシーンだったら……少し考えれば思い付きそうなのに、しかし誰も描かなかったアイデア。ちょっと「やられた」感がある。
 アイデアの良さもあるのだが、それを活かすギミック、展開の数々……これが『ドント・ブリーズ』が「よくあるホラー・スリラー」ではなく特別な1本にしている。

 老人の家がある周辺は住人無し……ゴーストタウンになっている。これは映画セットではなく実際のデトロイトの町並みだと思うのだが……。本当に今でもこんな状況なのだろう。
 強盗3人組が老人の家へと入っていく……。ここでカメラが1カットの長回しで、家の間取りや何があるのか一つ一つ見せる(『ゼルダ』のダンジョン入って最初のカットみたいだね)。客観的には「普通の家」に見える作りというか、デトロイトの衰退した町にある家なので、どちらかといえば狭いし寂れている。
(後で気付いたが、この作品、あらすじだけを読むと『ホーム・アローン』だ。ただし、強盗を待ち受けているのは子供ではなく、盲目の狂人という設定の)
 時々、カメラがちょっと引いて、老人と隠れている人の両方が1カットに収まるような構図が使われる。こうした映画では昔からある構図で、単純に「探す方」「隠れる方」両方の動きが見えるので緊迫感が出る。
 また緊迫した場面こそ、カメラが一歩引いたような視点になる。こうしたほうが「覗き込んでいる」ような印象になり、誰かが見ているような不安な感じが出る。
 エアダクト(?)に入ったところで逆ズームが使われたり、昔ながらのスリラーの技法がふんだんに活用される。

 さてさて老人の家に侵入し、いろいろあって地下室へ……。ここで老人の狂気じみた「秘密」が明らかにされる。ここで、老人は「被害者」の立場から「加害者」へ。3人組の強盗ももともと「貧困」があって仕方なく……という前景があったから、この2つが組み合わされ、「どっちが善でどっちが悪なのか?」という観る側の視点は強盗側に傾くようになっている。この構造の作り方がなかなかうまい。
 もっとも、老人ももともと娘を失って……という本当に被害者という立場があっての話。全員がなにかしらに「問題」(全員が「加害者」「被害者」両方の属性を持っている)を抱え、加害者、被害者の視点がぐるぐる変わるような作りになっている。こういう複雑さを88分のストーリー、1つの舞台の中に込める脚本の腕はかなりのもの。

 老人の秘密を知り、脱出しようにも小さな家はさながら要塞。出たくても出られない。見る前はこの小さな家で、登場人物たったの3人で物語は転ぶだろうか……と思っていたのだが、実際見るとかなり面白い。小さな家の中でいくつもの危機、危機脱出の展開が描かれ、息もつかせぬ緊張感がある。
 盲目老人は、さながら『座頭市』のごとく近接戦闘を繰り広げるし、窓から侵入されたと気付いたらすぐに板で打ち付けて対策、その他侵入者を予期して様々な仕掛けを用意している。
 地下のシーンでは完全に真っ暗な状況が作られる。俳優の瞳にハイライトすら映らない異様な画だ。俳優は本当にまったく何も見えない中での演技だったと思うのだけど、どうやって演技プランを立てたのだろう。
 老人の相棒、犬もをいい感じに凶暴さを打ち出している。老人が盲目である代わりに、犬が機動的に強盗を追い詰めてくれる。「小さな家」と思いきや、実際見るとものすごい広がりを感じさせる。
 『ドント・ブリーズ』はほぼ家の中、1つのシチュエーションのみでそこから外に出ない作りになっている(回想もないので、本当に外に出ない)。だがずっと追っていてもぜんぜん飽きないし、むしろ「外の光景」というノイズがなく、主人公が直面している危機に集中できる作りになっているし、なにより閉塞感とそれが醸し出す息苦しさがいい。あんな小さな家のみで使えるギミックも限られているのに、88分、かなりぎっしりと詰まったエンターテインメント作品になっている。本当に見事なワンシチュエーションもの映画になっている。
 やっぱり秀逸なのはスティーブン・ラング演じる盲目の老人。いわゆるホラー的な存在……ジェイソンやフレディのような“見た目の恐さ”はない。ぱっと見にはちょっと体格のいい老人。これが物語が進むごとに次第に恐さを感じるようになっているし、ある地点、老人の狂気が判明した時点で立派な“ホラー映画に出てくるヴィラン”になる。あとはスティーブン・ラングの俳優としての存在感。新しいタイプの怪物になったと思う。

 エピローグはちょっとビターな後味になっている。なにしろ、主人公は空き巣に入ったわけだから。“ハッピー”では決して終わらない。そもそもの前提でハッピーになり得ない構造になっている。落としどころとしては正しいと思う。
 映画のラスト、主人公が逃亡する後ろ姿で終わるわけだが、なんとなく映画最初の老人の後ろ姿と重なるような気がして……。

 1つ、気になったところといえば、基本、夜で明かりのない室内の話なので、ブロックノイズが多すぎて……。これはブルーレイとかで見ると鮮明に映るのかな? 配信だとちょっと映像がきついシーンがあった。
(単に家の回線の問題かも知れない)

10月12日

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