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人生で一番泣いた“うれし泣き”


前回の続きとなってます。未読の方は見てみて下さい~。

【初段試験】

当時中学生、初段試験の当日。

毎月の練習試合で顔を合わす見知った人もいました。
同い年とはいえど自分よりも遙かに好成績を残すような猛者達に囲まれて、心中とても穏やかではありませんでした。

緊張とあがり症で足に上手く力が入りません。
水をそんなに飲んでいないのに、何度もトイレに行きたくなっては往復します。

“頑張れ”

何度も呟いて自分を鼓舞します。


そうこうしている内に名前を呼ばれて会場入りしました。

畳に入るときにお辞儀をし、左足から入り、中央へと足を進めます。
対戦相手と向かい合い、審判の「礼っ!」という声に反応して「お願いします!」と大きな声で言いました。
視界の端で他の人が笑っているのが見えます。


臨戦態勢がお互いに整い、一瞬睨み合ってから・・・

審判の「はじめ!」という声と共に、「よし来い!」とか「オス!(お願いします)」等のかけ声をするのです。


記憶が間違っていなければ勝ち抜き戦だったような気がします。
私はもうボロボロで、最後の方まで残り続けた記憶があります。
それでもただ諦めたくなかったので、たった一人で気合いの込めた「かけ声」だけは止めませんでした。


試験が終了し、合否を決める間の休憩時間は生きた心地がしませんでした。
試合の結果が全てですから、どう考えても絶望的だったのです。

程なくして会場に選手全員が呼ばれました。

「これから合格発表をします」

その時の私は自分がもう落ちたものだと思い込み、だいぶ上の空で今後のことを考えていました。


しかし審判から告げられたのは「合格」という言葉だったのです。

正直、全然嬉しくなかったです。
こんなボロボロの試合結果で、今までの試合でも功績も残せないでいるような落ちこぼれがこれで合格・・・?
まるでおまけのような扱いだと勝手に惨めになり、静かな怒りを覚えて逆にどうでもよくなりました。


他の皆が和気藹々と帰り支度をするために更衣室に向かいます。

途中で気さくな子が「おい、やったな!合格だって!」と背中をバシーッと叩きながら声をかけてきたのですが、ちょっと苦笑いを返しながら「そうだね~」と返すしかできません。

「え、テンション低くない?せっかく合格したのに・・・なんで?」

「いやだって・・・私の成績見たでしょう。ボロボロだったよ。これで合格って言われて素直に喜べないっていうか・・・」

「いいじゃん、貰っとけって!また試験受けるとかめんどくさすぎだし。お前はホント真面目だよね~」

「まぁ、それはあるよね。・・・多分気が抜けたんだと思う。ありがとね」

そう言って別れて、私は更衣室の人気の無い奥の方を陣取りノロノロと着替えを始めました。
同じ室内の入り口付近は、興奮しきった選手やその家族が声を上げて喜んでいるのが聞こえます。

・・・とりあえず、早く帰ろう。

そう思ったとき、誰かが更衣室の中に「おつかれさまー!」と入ってきました。
遠くの方で「あー、違う」「君じゃない」という声を出しながらどんどん近づいてきます。

そしてとうとう私の前に来て、目が合った時に

「あー!見つけた!」

と、知らないおばさんに指をさされました。

「アンタよアンタ、探してたのよ~。握手いい?」

と勢いよく近づいて私の手を取ります。
突然のことに気圧されてしまって、「・・・はあ」「・・・どうも」くらいしか言えずにキョトンとしていました。
私よりか小柄で小さいその人は、私以上に大きな声で続けました。

「何よその反応は!嬉しくないの~?」

「いえ、あの、すみません・・・。なんだか、気が抜けたみたいで・・・」

「何それ面白い子ね~!もっと喜んでもいいのに!」

「いや、でも・・・自分の成績で受かったのがちょっとビックリしました。なので、なんか・・・拍子抜けしてしまったというか。おまけを貰ったような気分で・・・」

「アンタね、それは違うよ。何でもないどうでもいい子を受からせるはずが無いでしょう」

「・・・え?」

急に真面目になって、怒られるのかと身構えました。
その人は私に言い聞かすようにゆっくりと話し始めます。


「私は今日の試験を審査する人の嫁なんだけどね、まぁ子供が受けるから見に来てたってのもあるんだけど・・・私はアンタのことはじめからずっと見とったよ」

「自分で気がついてるか知らないけど、今日の試合で“お願いします”“ありがとうございました”をハッキリ言ってるのはアンタだけだったんよ。そしてね、試合が始まってからの“よし来い”とかいう気合いの言葉、あれも一番声が出ていたのはアンタだった」

「審査で話し合う部屋にお茶入れで入ったとき、“かけ声と威勢のいい子がおった”ってあの人達だって言ってた。試合は負けたものが多かったけど、今日の誰よりも印象に残ったんよ。あの人達が“この子は伸びる”って言ってた。私はね、それをどうしても伝えたくて探してきたんよね」


それを言われて、私は胸にこみ上げるものが来て、お礼を言おうと口を開きかけた瞬間―――
堪えきれずに顔をくしゃっと歪めて、下を向いて声を押し殺しながら号泣しました。
呼吸困難に近いぐらいにしゃっくりをあげて、顔を真っ赤にして泣いた。

当時は家庭の事情から、家族と私は上手くいってませんでした。
学校でも道場でもからかいの対象だったので、毎日生きるのに大変でした。

「あなたを見ていた」

その一言で掬い上げられたようでした。

声を押し殺していても異常な程に泣いている私を見て、目の前の見ず知らずの人はギョッとして大慌てで慰め「どうしたの?」「なんで泣くんよ~」と、苦笑いをしながら頭を抱きしめるようにして抱え込み背中をさすってくれました。


「アンタぐらいが真剣だったんよ。だって確かにね、あなたは今までの成績も、今日の試合の結果もお世辞には良いとは言えない。他の子達は確かに実力がある。だから笑ってヘラヘラして“どうせこんな試験簡単に受かるし”とかいう態度で来てる。気持ちが大きくなっているから、相手に対して挨拶もお礼も言わない。私は正直、最近の柔道のこういうところが嫌いなんよ」

「それをどうしても伝えたくて探し回ってた。・・・いきなり変なオバチャンが話しかけてごめんね」


“すみません”

“ありがとうございます”

それを言いたかったのに、しゃっくりが収まらなくて全然言えませんでした。

――――――――――――――――――

人前であんなに泣いたのは今まで生きてきてこの一回だけです。
泣くのを我慢しながら生活していると、いざ「泣く」とき泣き方がわからなくなり、下手すぎて本当に呼吸困難のようになることを知りました(笑)

あの時は本当に、見ず知らずの方に心配をおかけしました。

あれから約20年は経ちますが、今でも忘れられない出来事です。

悔し泣き、孤独や悲しみの涙。
人前でもひとりでも、そういう「泣く」はゼロじゃないと思いますが、嬉しくて、感極まって泣くというのってなかなか無いですよね。

こういう人がいてくれたからか、私は社会人になってからも後輩達に「頑張れ」と声をかけながら全力でフォローにまわるのを苦と感じません。
辛かったこともありましたが、若い頃からこういった経験ができたことは本当に宝だと思っています。


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