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アズアズの森の真っ白なトラ『3.ともだちだぁれ?』〜007〜ショートストーリー

3 ともだちだぁれ?

 アズアズの森に秋がやってきました。森の木々は緑色から赤や茶色に変わっていき、動物たちもこれから訪れる冬の準備をする季節です。
 森の南西にあるシャタン草原。最近そこに住むキツネの様子がどこか変でした。口をムスッと閉じて、いつも怒ってばかりいるのです。そのことを心配した友達のリスが真っ白なトラのもとへとやってきました。その真っ白なトラもキツネの友達です。
「ねぇ、トラさん。キツネさんって何か悩みがあるみたいよ」
 リスが真っ白なトラに話しかけました。トラは群れから離れ一匹でこのシャタン草原に住んでいる体の色が真っ白なトラです。
「どうしてだい?」
 トラが目の前の小さなリスに優しく声をかけます。リスのお尻には大きなしっぽがクルクルと巻かれていました。
「だって、いつもイライラしていて嫌味ばかり言うのよ」
 リスは身振り手振りでそれを表現しています。
「キツネくんって、いつも嫌味を言うじゃないか」
 トラが真面目な顔をして答えます。
「そうなんだけれど。時々、考え込んだような顔をするの。なにか様子がおかしいのよ」
 そう言いながら、リスも考え込んだような顔をしました。
「それなら、会いに行ってみるかい?」
「うん!」
 トラの言葉に待ってましたとばかりにリスが声を上げました。トラが首を下げると、その頭にリスがピョコンと飛び乗りました。
 キツネが住む巣穴はシャタン草原の東にある日当たりの良いスキルネの丘にありました。キツネの巣穴に二匹が顔を出すと、キツネは慌てた様子で言いました。
「なんだよ、何しに来たんだよ!」
 キツネは巣穴の外をキョロキョロと見渡しています。
「ねぇ、キツネさん。なにか悩みでもあるの?」
 リスが口を開きました。
「なんでもないよ。ほっといてくれよ」
 そう言って、キツネは巣穴の奥に戻ると後ろを向いてしまいました。
「どうかしたのかい?」
 トラが尋ねます。
「とにかく帰ってくれよ!」
 やはり、なにか様子が変でした。
「せっかく友達が心配してあげているのに、なんでそんな言い方をするのかしら!」
「お前なんか友達じゃないよ!」
 キツネのその言葉に、リスが悲しい顔をすると、そのまま怒って帰ってしまいました。
「なにか話があったら、いつでも言いなよ」
 トラがそう言って巣穴から出て行こうとしたときに、キツネがぼそりと言いました。
「……なぁ、お前はトラのくせに、なんで俺たちといるんだよ?」
 キツネは悲しい顔をしています。トラは振り返るとキツネに言いました。
「友達だからね」
「なんだよ、友達って」
 キツネがトラの顔をのぞき込みます。
「君たちは僕の友達だよ。一緒にいるととても楽しいもの」 
 トラの言葉に、キツネはうつむいてしまいました。
「……仲間に言われたんだ「お前は、なんでリスと遊んでいるんだ」って」
「リスさんは友達じゃないか」
 トラが言います。
「リスは食いもんだよ」
 キツネはつぶやくように言いました。
「……みんなが俺をバカにするんだ。獲物のリスと遊んでいるなんて「お前はキツネの笑いものだぞ」って」
「君はリスさんを食べようと思っているのかい?」
 トラが聞いてみます。
「いいや、あいつを食べようなんて思ったのは最初だけだよ。いまはそんなことは考えてはいないさ。……でも仲間にバカにされるのは嫌だ」
 寂しそうな顔をするキツネにトラが言いました。
「そうか。僕もリスさんと居る時は、なるべく木の実を食べているよ」
「なんでだよ?」
「うん。マナーかな。リスは他の動物を食べないだろう。それなのに僕が他の動物を目の前で食べていたら怖い思いをすると思うんだ」
「トラなら、リスやおれたちキツネだって食べるんだろう?」
 キツネが尋ねます。
「あぁ、昔は両方とも食べていたよ。でも最近は、なんだかリスを食べるのが嫌になってさ」
「おい! リスを食べるのが嫌って。キツネは今でも食べるのかよ」
 キツネが声を張り上げました。トラは笑って言います。
「キツネも食べなくなったよ。君も僕の友達だからね」
 トラが優しい顔を見せました。
「お前なんか友達じゃないよ……」
 キツネは照れくさそうな顔をしています。
「そっか。じゃあ、あそこに居るキツネを食べちゃおうかな」
 トラは巣穴の外でこちらの様子を伺っている数匹のキツネの仲間を見渡しました。
「おい! やめてくれよ。あれは仲間のキツネなんだよ」
 キツネが慌てて言いました。
「冗談だよ」
 と言って、トラが笑いました。キツネが質問をします。
「なぁ、木の実なんか美味しいのか?」
 トラが顔をくしゃくしゃにして答えます。
「うん。木の実は、にがい」
 トラの困ったような顔を見て、キツネは笑ってしまいました。
「また来るよ」
 そう言って、トラは巣穴を後にすると急いでリスを追いかけました。
 それから数日後、仲間と行動していたキツネは偶然、リスに会いました。他の仲間にリスが見つかったら大変です。すぐに食べられてしまいます。
「おい、すぐに逃げろ。俺の仲間が近くに居るぞ!」
 びっくりしたリスはキツネの言うことを聞いて、キツネたちが居ないザワザワ森の方角へと急ぎました。
 それから少しもしないうちに、こんどは真っ白なトラがキツネの元へやってきました。
「ひさしぶりだね、キツネくん」
「あぁ、ひさしぶりだな」
 キツネが、ぶっきらぼうに答えます。キツネの仲間が警戒するように、それを遠巻きにして様子を見ています。
「ねぇ、リスさんを見なかったかい?」
 トラが質問をしました。
「リスなら森の方へ行ったよ」
「えっ! どこの森だい?」
 トラが驚いた顔を見せました。
「な、なんだよ急に」
 キツネの質問に、トラがなにやら不安そうな顔をしています。
「……うん、ザワザワ森で数匹のオオカミがうろついているという話を聞いたばかりだからさ」
「なんだって! リスが行ったのもザワザワ森だよ」
 二匹は顔をあわせると、急いでザワザワ森へと走り出しました。二匹の胸が不安で高鳴っていきます。二匹は急ぎ足で走りました。
 二匹がザワザワ森に着くとオオカミの群れがリスを取り囲んでいました。リスはオオカミに捕まってしまったのです。オオカミの輪の中央でぐったりと倒れているリス。まだ息はあるようです。
「そのリスさんを放せ!」
 オオカミの背後でトラが声を張り上げました。すぐにオオカミが後ろを振り返ります。
「なんだこいつ、真っ白だ。真っ白なトラだぞ。しかもお供にキツネを連れている。なんとも弱そうトラじゃないか!」
 オオカミたちが一斉に笑い出しました。
 トラは白い毛を逆立て鋭いキバを出してオオカミたちを威嚇します。キツネも精一杯の威嚇をして見せました。にらみ合う両者、トラが小さな声でキツネに耳打ちをしました。
「いいか、ぼくがオオカミの輪の中に飛び込んで、リスさんを口でくわえてから君に投げる。そうしたら君はリスさんを受け取り、そのまま逃げるんだ。わかったかい?」
「……あぁ、わかった」
 キツネが小さくうなずきました。それを見てトラは力いっぱい後ろ足を蹴り上げると、一瞬でオオカミの輪の中に入り、すぐにリスをくわえてキツネに向かってふわっと放り投げました。キツネは優しくリスを口でキャッチします。呆気に取られているオオカミは口をぽかんと開けて、目を丸くしています。トラが険しい顔をしてキツネに向かって怒鳴りました。
「連れて逃げろ!」
 それでもキツネは足がすくんで動けませんでした。キツネの体からじわじわと汗がふき出してきました。
「急げ!」
 トラが前足を地面に叩きつけました。バタンと大きな音が森に響きます。
「はっ!」
 我にかえったキツネは、すぐさまリスを口にくわえたまま走り出しました。オオカミたちも我にかえりました。キツネが森のなかを飛ぶように走ります。トラがオオカミの隙をつき、輪の中から逃げだすと走っているキツネの隣に駆け寄りました。木の根や倒れた枝を器用に避けながら疾走する二匹、それを追いかける五匹のオオカミの足はとても速くて、今にもキツネたちに飛びかかりそうな勢いです。
「絶対に振り返るなよ!」
 そう言うと、トラが立ち止まり、くるりとオオカミの方を向いて大きな声で吠えました。
「カァーァオォォ!」
 五匹のオオカミも立ち止まって、トラを睨みつけます。
「キツネはくれてやる。でも、お前は逃がさないぞ!」
 オオカミがじわりじわりとトラに近づいてきました。お互いにじっとにらみ合っています。そして、そのなかの一匹がトラに飛びかかると、つぎつぎとオオカミたちがトラに向かって飛びかかっていきました。
 キツネは無我夢中で走ります。なんとかリスを連れてスキルネの丘の自分の巣穴に戻ることができました。キツネはケガをしているリスを藁の上に寝かせると、急いで巣穴を出て行きました。
「待っていろよ!」
 リスはぐったりとしていて、それに答えることはできませんでした。急ぎ足で湿原を駆け抜けるキツネ。キツネはアルガノの実を取りに行ったのです。アルガノの実は、とてもしみるけれど傷によく効くお薬です。でも、アルガノの実は恐ろしいライオンが住むカラカラ草原にだけ生えていました。キツネはそんなことは考えずにただカラカラ草原へと急ぎました。
 しばらくするとキツネはアルガノの実をたくさん口にくわえて戻ってきました。キツネの体にはライオンの前足で引っかかれた傷がいくつもついていました。
「なんで……。なんでだよ。なんでこんなことになっちゃったんだよ」
 キツネはリスの傷ついた体に、丁寧にアルガノの実を塗っていきます。
「ごめんな、ザワザワ森にオオカミが居るなんて知らなかったんだよ。……なぁ、頼むから死なないでおくれよ。お前が死んだら嫌だよ」 
 それでもリスは苦しそうに息をして目を閉じたままです。
「目を開けてくれよ……。頼むよ。……おれ、あいつのところにも行きたいんだよ」
 キツネはひとりで残ったトラのことも心配でたまりませんでした。キツネの目から涙がこぼれてきました。
 ただならぬ騒ぎを聞きつけ、キツネの巣穴に他の仲間のキツネが集まってきました。
「お前、なんだってリスを助けてあげているんだよ? そんなやつ食べちまえばいいじゃないか」
「お前が食べなければ、俺たちが食ってやるよ」
 キツネたちは巣穴の前で騒ぎ立てました。
「うるせぇな。こいつは俺の友達なんだよ」
 リスの隣でキツネが声を上げます。それを聞いたキツネたちが笑い出しました。仲間のキツネたちの笑い声を聞いたキツネは巣穴の中で更に声を荒げました。
「いいか! このリスは、この前ここに来た真っ白なトラとも友達なんだ。こいつを食べようなんて思う奴は覚悟しろよ!」
 キツネたちはリスの弱さを知っていますが、それ以上にトラの怖さを知っています。集まったキツネたちは、しょんぼりしながら帰っていきました。
 キツネの大きな声でリスがゆっくりと目を開きましました。
「おい、目を覚ましたのか!」
 リスが「うん」と、うなずきます。キツネに笑顔が戻りました。
「よかった! なぁ、だいじょうぶか? おれ、おれ、悪いけれどトラのところに戻らなくちゃならねぇんだ。あいつひとりでオオカミと戦ってんだよ……」
 キツネが涙をこぼして話します。
「……ありがとう。行ってきて、トラさんを助けてあげてね」
 リスが弱々しい声で答えると、痛みをこらえて笑顔を見せました。
「あぁ、行ってくる」
 キツネは前足で涙を拭うと、キリッと前を向きました。
「……ねぇ、わたしたちって友達なの?」
 巣穴から出ようとしていたキツネにリスが優しく声を掛けました。
「あぁ、そうさ。お前は俺の大事な友達だ!」
 キツネは照れくさくてリスの顔は見られませんでしたが、顔を赤くして大きな声でそう言いました。
「ふたりで戻ってきてね」
 リスがキツネに言いました。
「お前も絶対に死ぬんじゃないぞ。必ずトラと帰ってくるから待っていろよな!」
 そう言うと、残ったアルガノの実を全部くわえてキツネが走り出しました。キツネは恐ろしい五匹のオオカミのことを考えずに、ただトラのことだけを考えていました。
「頼むから、待っていてくれよ」
 キツネが草原を突き抜けてザワザワ森へと一目散に走ります。キツネの頭の中に次々とトラがオオカミたちにやられている姿が浮かんできますが、それを打ち消すようにキツネは風を切って走っていきます。
 トラと別れてからそんなに時間は経っていないはずです。それでも元の場所にはトラは居ませんでした。
「どこに居るんだ!」
 そのとき西の方角から獣のうなり声が聞こえました。 
「あっちだ!」
 キツネは森の中をまるで空を飛ぶように走ります。流れる風がキツネの体を通り過ぎていきます。しばらくすると、トラの匂いがわかりました。キツネは更に急ぎます。
 やっと、トラを見つけました。真っ白なトラの体は、いまは真っ赤に染まっています。口元、背中やお尻にまで、オオカミたちに引っかかれた傷や噛みあとがありました。残りの三匹はトラが倒したのでしょうか、いまトラの目の前に居るオオカミは二匹でした。
「キャルルルゥ!」
 ふらふらになってもトラがオオカミに向かって精一杯の威嚇をします。しかし、オオカミはひるむどころかトラに一歩一歩近寄っていきます。もうトラには二匹を相手にする体力は残っていませんでした。次の瞬間、オオカミは二匹いっぺんにトラに飛びかかりました。
 トラが諦めかけたそのとき、突然キツネがその内の一匹のオオカミに飛びかかり、空中でその首に噛みつきました。ふいをつかれたオオカミは声をあげて苦しそうに頭を左右に振りますが、決してキツネは首から離れませんでした。トラはそれを見て少しばかり微笑むと、もう一匹のオオカミの首に噛みつきます。
 苦しそうに二匹のオオカミが悲鳴を上げて頭を何度も左右に振っています。トラの方はそのまま地面にオオカミを押さえつけました。オオカミは何も出来ずに尻尾をパタパタと動かすのみです。キツネはというとトラに比べて体重が軽いため、オオカミが首を左右に振るたびに自分の体を地面に叩きつけられました。それでもキツネはオオカミの首を放しません。
 やっと勝負がつきました。そこに立っていたのは勇敢な真っ白なトラと心の優しい金色のキツネでした。
「ありがとう、キツネくん」
 トラがゆっくりと言いました。
「あぁ……」
 キツネは照れくさそうにそう言うと、アルガノの実をトラに差し出しました。
「これは傷によく効く木の実だよ。口で噛んでから体に塗るといいよ」
「ありがとう。でも君も体中が傷だらけだよ」
 トラはお礼を言うとアルガノの実を自分の傷ついた体に塗っていきました。キツネも隣で自分の体にアルガノの実を塗っていきます。
 二匹はすぐにリスのところに戻りたかったのですが、もう体力は残っていませんでした。二匹は少し休んでから帰ることにしました。
 見晴らしの良い草原で二匹が少し離れた場所に腰を下ろします。もうすぐ太陽が今日の役目を終えようとしています。
「お前、やっぱり強いな」
 キツネが前を向いたままトラに言いました。その顔はとても晴れやかでした。
「うん。真っ白でもトラはトラだからね」
 照れたようにトラが微笑みます。
「でも君が来てくれなかったら、僕はオオカミにやられていたよ」
 それを聞いたキツネはトラを見て言いました。
「それなら、俺が一番強いんだな。リスはオオカミにやられて、オオカミはトラにやられた。で、そのトラを俺が助けたわけだ」
 キツネはすました顔をしています。
「そうだね」
 トラが笑います。しばしの沈黙のあとキツネがぼそりと言いました。
「……おぃ、俺もずっとリスは食べてないよ」
 トラがキツネの顔をのぞきこむと、キツネは照れくさそうに下を向いてしまいました。
「そうか。僕と一緒だね」
 トラがそう答えると、キツネがトラを見つめて真面目な顔をして言いました。
「いや、違う。お前は俺たちキツネは食べないと言ったけれど、俺は食えるものならトラを食べてみたい」
 キツネの言葉に、トラは笑みを浮かべました。
「オオカミは倒せても、トラは強いぞ」
「それなら、いまのお前みたいな手負いのトラを狙うさ」
 そう言ってキツネが笑いました。
 二匹は体力が回復するのを待って、キツネの巣穴へと戻りました。巣に戻るとリスが藁の中から二匹を出迎えてくれました。リスはキツネが用意したアルガノの実のおかげでかなり回復していました。
 その日は、かなり窮屈だったけれど、三匹でキツネの巣穴に泊まりました。
 それから数週間後、三匹はすっかり傷が癒えて元気になりました。キツネもあのことがあってからはイライラした様子もなくなりました。
 三匹がジャージャー川のほとりで話をしています。
「で、キツネさんの悩みってなんだったの?」
 リスが不思議そうな顔をしています。
「なんでもないよ。元々悩みなんかなかったからな。俺が小さなことで悩んだりするとでも思っているのか?」
 キツネがすました顔で言うと、トラが含み笑いを浮かべました。それを見てリスが言います。
「なんか隠しているわね? まぁいいわ。キツネさんも元に戻ったし、なんだか前より優しくなったような気もするしね」
 キツネはふんと鼻で息をすると、その場に腰を下ろしました。
「じゃあ今日は、みんなでオオカミを倒す方法を考えましょうか」
 リスの提案に他の二匹が賛成しました。
 それから三匹で、あれやこれやと考えて何とかオオカミを倒す方法を見つけたのでしょうか。日が暮れると三匹は笑いながら森の奥へと帰っていきました。 

つづく 4.はじめはだぁれ?

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