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アズアズの森の真っ白なトラ『4.はじめはだぁれ?』〜007〜ショートストーリー



4 はじめはだぁれ?

 太陽がギラギラとアズアズの森を照らします。暑い暑い夏、この森に住むたくさんの動物もちょっとバテ気味です。一方、森の植物はというと葉を青々と輝かせ、その花や実は黄色や赤、オレンジ色や紫色など様々な彩をつけています。

 ジャージャー川のほとりで真っ白なトラとキツネが話をしていました。
「もうすぐリスさんの誕生日だね」
「あぁ、そうだな」
 トラの問いに素っ気なくキツネが答えます。それを気にも留めずにトラが話を続けます。
「誕生日にプレゼントをしようと思うんだけど、どうかな?」
 それを聞いて怪訝そうな顔でトラを睨むキツネ。
「なんでそんなことをするのさ?」
「そりゃ、リスさんが喜ぶと思うからだよ」
「なぜ、あいつを喜ばせなきゃいけないんだよ?」
「リスさんが喜べば、僕たちも嬉しくなると思うんだ」
「なんで?」
 キツネが「まるで信じられない」といった顔でトラを見つめます。
「ともだちが喜んでいると嬉しいじゃないか」
 トラが当たり前といった顔をして言います。
「だから、なんで? ……お前が喜んでいても、別に俺は嬉しくないぞ」
 キツネにはトラの言っている言葉の意味が理解できません。
「それなら、君はいま何か欲しい物はあるかい?」
 トラが尋ねます。
「そうだな、……俺は新しい藁が欲しいな。いま使っている物は、もう臭くていけねぇ。寝床に新しい藁の良い匂いが広がれば、ぐっすり眠れるってものさ」
 キツネは寝床に新しい藁が敷き詰められたところを想像してみました。目を閉じると、なんだか甘い藁の匂いが鼻にも届いてきます。太陽を浴びてカラカラに乾いた藁は、さぞ寝心地が良いことでしょう。キツネはニンマリと笑っています。それを見ていたトラも嬉しそう。
「ほら、キツネ君が嬉しそうだから、僕も嬉しくなったでしょ」
「それは、お前がお人好しだからだろ」
 ふんっ。とキツネは鼻で笑いました。
「ちなみに、お前は何か欲しい物はあるのかよ」
 キツネの問いに今度はトラが答えます。
「僕が欲しい物は、長くて立派な口ひげだよ」
 トラの答えにキツネは少し笑いながら答えます。
「あぁ、この前の「狩りに失敗して右の口ひげを失った」ってやつか。おまえ、まだそれを気にしているのかよ?」
 トラの顔をよく見ると、右の口ひげが数本しかありません。実は数日前に、トラは狙っていた獲物に反撃されて右のひげを噛みちぎられたのです。
「だって変だろう? 左は立派なひげが何本もあるのに、右は三本くらいしかない」
「しょうがないじゃないか、お前が狩りに失敗したのだから。そもそもウサギだろ? その相手は。……いやぁ、トラがウサギ一匹を仕留められないかねぇ? 俺たちとつるんでいてなまっちまったんじゃないのか?」
 トラはキツネに言われて、うつむいてしまいました。それを見てキツネは呆れた顔て首をかしげています。トラは小さな声で言います。
「……だから早くひげが欲しいんだよ。一応、口の周りにジャイロの実のすり潰したものを塗っているけどね」
 ジャイロの実というのは、怪我をした所に塗ると傷跡から再び毛が生えてくると言われている木の実です。
「それならお前はジャイロの実が欲しいのか? 口ひげなんか誰かにあげられるものではないからな」
「そうか、それなら僕はジャイロの実が一番欲しいということになるね」
 キツネはトラがプレゼントされたジャイロの実に囲まれて、せっせと実をすり潰し、右の口の周りに手で塗っている所を想像してみました。
「面白いね、今度は右のひげがたくさん生えてきて、右側がひげだらけになる。そうしたらバランスを取るのに、次は左の口にジャイロの実を塗る。そうなったら右塗って、左塗っての繰り返しだ。口の周りがライオンのたてがみのようになるぞ。面白い、それならジャイロの実をたくさん、お前に取ってきてやるよ!」
 キツネにそう言われてもトラは嬉しそうです。キツネもトラを見て嬉しそうに笑っています。
「ねっ! ともだちが喜べば自分も嬉しくなるでしょ?」
「あぁ、そうだな。なんとなくわかった気がするよ」
 キツネは笑いながらトラの意見に納得しました。
「ねぇ、リスさんが喜ぶ物ってなんだろう?」
 トラがキツネに尋ねます。
「やっぱり木の実だろ。クルミとか……、あいつに木の実をあげるか?」
「フルフルの実も甘くて美味しいよ」
「なら、それもあげるか。でも俺は、何かをあげるなら、あいつが一番好きな木の実をあげたい。何でも一番がいいに決まっているからな」
「リスさんが一番好きな木の実ってなんだろう?」
 ふたりは考えました。リスの口元にはしっかりと口ひげが生えているので少なくともジャイロの実ではなさそうです。
「調べようか」
 それからふたりはリスの行動を何日も監視しました。リスが何かの木の実を食べれば、その木の実をたくさん集めるのですが、リスはふたりの興味を知らず、毎日違う木の実を食べるので大変です。スキルネの丘のキツネの寝床は様々な木の実でいっぱいになりました。
 今日もリスの後ろを木々に隠れながら行動するふたり。
「はい! そこまで。……言いなさい。ふたりで何をしていたのかを」
 ふたりは、とうとうリスに見つかってしまいました。
「……」
ふたりはビックリして何も言葉が出てきません。リスが沈黙を破ります。
「食べる気?」
 リスがトラの目をすぅーっと真っ直ぐに見つめて言いました。
「まっ、まさか! ぼ、ぼくらが、きみを食べるわけがないだろう!」
 トラが慌てて、いつもより大きな声で答えます。
「冗談よ」
 リスが真顔のまま答えます。
「リスさんは最近、冗談がきついよね」
 と言うとトラは少し口をふくらませ怒った顔をしました。
「それなら、こそこそと何をしていたのよ。ここ最近、ずっと後をついてきていたでしょ?」
 トラとキツネは顔を合わせ、キツネがあきらめた様子で答えます。
「お前、もうすぐ誕生日だろう? だからふたりで相談して、お前が一番好きな食べ物をあげようという事になったんだよ。だけど俺たちは、お前が一番好きな食べ物を知らねぇ。だからこうして隠れて調べていたのさ」
「ごめんなさい、リスさん」
 トラも観念してリスに謝ります。
「そうなの、ごめんなさい。……ありがとう、ふたりとも」
 リスはふたりの予想外の答えに驚き、感謝をしました。
「とりあえず、ついて来いよ」
 三匹はスキルネの丘のキツネの巣穴まで歩いて行きます。
「なぁ、お前が一番好きな食べ物は何だい?」
 歩きながらキツネがリスに問いかけます。それに対してリスが考えます。キツネとトラは、リスの口から出る言葉をドキドキしながら待っています。ふたりが集めてきた木の実の中にその答えはあるのでしょうか? リスが足を止めて口を開きました。トラとキツネも足を止めます。
「それでは発表します、わたしが一番好きなのは……。ジャン! それは、カルバリの花の蜜です!」
 意外にもリスの口から出てきたのは木の実ではなくて花でした。ふたりは拍子抜けしています。
「んっ? 花って、木の実じゃないのかよ」
「実は最近、リスの仲間でカルバリの花が流行っているのです。カルバリの花の蜜は、吸うと最初は甘さが来るの、その甘さが口に広がって、次にほんの少し酸味が訪れる。そしてまた甘さが広がるの。だからとても後味が良いわ。わたしカルバリの蜜なら、いくらだって飲めるもん」
「そうか」
「そうなんだ……」
 それを聞いて、キツネとトラはがっかりとうつむきました。リスはまだふたりが木の実をたくさん集めていることを知らないので、正直にいま一番好きな食べ物を答えてしまいました。
 急にトラとキツネの足取りが重くなりました。リスはきょとんとした顔をしています。


 しばらくすると、キツネの巣穴が見えてきました。巣穴には物凄い量の木の実でいっぱいです。それを見たリスが驚きました。
「すごい、たくさんの木の実!」
 リスは嬉しくて涙をこぼしてしまいました。それを見ていたふたりの心はとても優しくなります。
「……ありがとう。こんなにたくさん木の実を集めてくれて。わたし、とても嬉しいわ!」
 リスはとても嬉しそうな顔をしています。それを見ていたトラとキツネも喜んでいます。
「あら、これはケリバンの実だわ! この実は毒があるのよ」
 リスがたくさんの木の実の中から、黄色くて細長い木の実を指して言いました。
「そうか? 毒があるのはルチールの実じゃなかったか?」
「ルチールの実は凄い毒だけど、このケリバンの実にも少しだけ毒があるのよ。間違えて食べると、一日中震えが止まらなくなるのよ」
「さすがリスさんだな。木の実に詳しんだね」
 トラが感心した顔でうなずきます。
「うん、お母さんや、お父さん。仲間にも教えてもらったからね……」
 そう答えたリスは、黒目をゆっくりと動かしました。何やら考え事をしている様子です。
「……ねぇ、一番初めにルチールの実を食べたのって誰なのかしら?」
 リスの問いに、キツネが答えます。
「ルチールの実を食べたら死んじゃうんだから、誰だがわからないだろう」
「それなら何でルチールの実を食べると死んでしまうとわかったのかしら?」
 リスの問いに、今度はトラがゆっくりと答えます。
「それなら、誰かの前で誰かがルチールの実を食べて死んだんだよ。それでその見ていた誰かが「あぁ、このルチールの実を食べたら死んでしまう。この実には毒があるのか」と知って、それを誰かに話しをしたのさ」
「誰か、誰かって、何を言っているんだ、お前は」
 キツネが茶化します。それを無視してリスが続けます。
「なるほど、それなら納得ね。……でも何でその誰かは知らない木の実を食べたのかしら? もしかしたら毒があるかもしれないのに」
「きっとそいつは食いしん坊だったんだろうよ」
 キツネが話に加わります。
「それなら何でアルガノの実は傷に効くってわかったのかしら? ジャイロの実だってそうよ。何でジャイロの実を塗ると毛が生えてくるとわかったのかしら?」
「そりゃ、傷が痛くて慌てて近くにあった木の実を塗ったら、傷が治ったのさ」
「そんな偶然とてもじゃないけれど信じられないわ」
「そうだね。きっと色々な木の実や花を傷に塗った誰かが居て「アルガノの実が傷に効く」と発見できたんだと思うよ」
 トラが真面目な顔をして言います。三匹は傷口に色々な実を塗っている状況を想像してみました。
「凄いな。なかには凄くしみる実も、傷が悪化する実もあっただろうに……」
 キツネも真面目な顔をして答えます。
「初めに何かをする。という事はとても勇気がいることね」
 リスがうなずきます。
「初めに誰かが何かを経験をして、その結果が誰かに伝わり、広まっていくんだね」
 トラが言いました。
「知識はそうやって積み重なっていくのか」
 キツネも言います。
「そのおかげで僕は口に安心してジャイロの木の実を塗ることが出来るというわけか」
 トラが言うと、キツネとリスが笑いました。
「ねぇトラさん。やっぱり誰かの言う通りよ。ジャイロの実を塗ると毛が生えてくるわ! 昨日より、砂一粒分だけ、トラさんのひげが長くなっているもの」
「それは本当かい? それならもっとジャイロの実を集めてこないと!」
 トラは喜んで顔をツンと上にあげました。
「砂一粒って何だよ? そんなの見てわかるかよ」
 キツネは笑っています。
「今日はありがとう。ねぇ、いまからみんなでジャイロの実を取りに行かない?」
「いいよ、賛成だ」
 キツネがリスの提案に微笑みます。
「ねぇ、キツネさんは何か欲しい物はないの?」
「俺か? 俺は新しい藁が欲しい」 
「それなら新しい藁も取りに行きましょうよ!」
 トラが頭を下げると、リスがぴょんとトラの頭に飛び乗ります。
「それでは出発だ」
 そう言って三匹は森を歩いて行きました。
「なぁ、お前の好きな食べ物ってなんだよ?」
 歩きながらキツネがトラに尋ねます。
「肉だよ。キツネの」
 そう言ってトラはキツネの顔をじっと見つめます。
「おぉい!」
 キツネが慌てて目を大きくしますが、トラは相変わらずキツネを真顔で見つめたままです。キツネはトラから身を引こうとゆっくりと動きます。
「ははは、冗談だよ」
 トラが笑うと頭の上のリスも笑いました。
「反則だぞ、俺やリスが「トラの肉が好き」と言っても冗談で済むけど、お前は冗談にならないもの。お前、最近きついよな、冗談が」
 キツネが口をとがらせて言います。
「そうかな。似てきたのかな、リスさんに」
 トラが頭の上のリスを見上げます。
「わたしは、キツネさんに影響されて口が悪くなったのよ」
 リスはすました顔で言うと、三匹は楽しそうに森を歩いて行きました。

 日が昇り、スキルネの丘でキツネが目を覚ましました。巣穴は新しい藁のいい匂いがします。
「今日、一日が始まって一番初めに眠るのは俺だ!」
 そう言って、今起きたばかりのキツネは再び新しい藁の中で寝てしまいました。

 おしまい

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