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ショートストーリー集

10
5分程度で読めるお話です。 ジャンルは、ミステリー・童話・ブラックジャックなどです。
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記事一覧

暗闇の中で〜001〜ショートストーリー

 森の奥深く、一匹の鹿がゆっくりと足をたたみ腰を下ろした。月の光は木々の隙間から鹿が座っている場所へと光を注いでいる。風は緩やかに樹木を揺らし、ざわざわと音を鳴らしては北へ北へと通り過ぎていった。 「なぜ、時間が過ぎていくのだろう」  まだ成熟したばかりの若い鹿は、ただそれだけを考えていた。鹿の問いに森が答える。 「時が動かなければ、君たちも動かない」  その言葉の意味は鹿にはわからなかった。鹿が大きく息を吐く。 「なぜ、夜がくるのだろう」  森が答える。 「夜

最期の願い〜002〜ショートストーリー

「では、次の者入りなさい」  静まり返った冷たい廊下に低い声が響き渡る。 「失礼します」  男がドアを開け、会釈をして部屋の中に入ると、向かいの壁際にテーブルを挟んで五名の面接官が並んで座っていた。ずいぶんと広い部屋だ。その部屋には窓もなく、電灯もうす暗い。重苦しい雰囲気が漂っていた。部屋の真ん中には安っぽいパイプ椅子がひとつだけ置かれている。男は五名の面接官の視線を一斉に浴びながら、その椅子を目標に歩いた。 「座りなさい」  男が椅子のとなりに来るのを待って、中央に座ってい

からっぽ〜003〜ショートストーリー

 からっぽが道を歩いていく。人の形をしたその体は透明で誰も見ることはできなかった。  からっぽの目の前を女の子が歩いてきた。女の子はとぼとぼと歩いては涙をこぼしている。からっぽはそれに目もくれずに歩いている。  女の子は道の隅に置かれた長椅子に腰を下ろして、下を向いて更にたくさんの涙をこぼしていた。それでも、からっぽは振り返りもせずに歩いていった。  からっぽが道を歩いていく。すると赤い木の実が成っている大きな木の下で、二匹の小さなイノシシが空を見上げていた。二匹は交互に

スキャン~004~ショートストーリー

 ほんの数日前まで毎日遅くまで残業をして、少し寝たら朝になりまた仕事。休みもろくにとれず、上司と得意先には嫌味と愚痴を言われ何度も頭を下げる。それを二十年もの間くり返してきた。二十年もだ。  その結果、業績が悪化したというだけでクビになった。私の二十年が無駄になった。  私はそのことを妻には言えず、しばらくの間いつものように「行ってきます』と言っては、隣の駅の少し離れた公園で時間を持て余していた。  四日目に、それを見つけた。いつも座るベンチにコンビニやスーパーなんかで使っ

恩愛〜005〜ショートストーリー

 男は帰宅するとコートのポケットから小さな箱を取り出し、リビングのテーブルの上に置いて、そのまま妻が待つ寝室へと向かった。 「おかえりなさい」  ベッドの中から妻が声をかける。若くて綺麗な顔立ちだが、いくぶん青白い顔をしている女だった。 「どうだい調子は?」  優しい口調で男が答える。男は妻の顔を覗き込みながら、ゆっくりとコートを脱いで壁のハンガーにコートをかけた。 「うん、あいかわらず」  笑顔を見せる妻に男が微笑む。 「無理するなよ」  男はそのままベッドの隅に腰掛けた。

空の信号機〜006〜ショートストーリー

   信号が赤から青に変わり、黄色に変わってまた赤になる。毎日毎日、何十年とその繰り返し。それでも僕はそれに誇りを持っている。   だから、隣の信号機がほんの数秒早く、赤になることも許せなかったし、信号を守らずに進む車や歩行者が許せなかった。 「すべては安全のためだ。これは人の命にかかわることなのだから」  また一台、僕を無視してスピードを加速した車が交差点へと突き進む。それ見たことか、右側から来た車を避けようと、車は縁石に乗り上げてしまった。幸いけが人は居ないようだ。

アズアズの森の真っ白なトラ『1.つよいのだぁれ?』〜007〜ショートストーリー

1 つよいのだぁれ? アズアズの森にはたくさんの動物が住んでいます。ライオンやサル、鳥や昆虫まで様々な生き物が森や湿原、空や川などに生息しています。  森の北西にあるヒュルン湿原に一匹のトラがお腹を空かせて歩いてきました。そのトラの体は生まれつき真っ白です。 「あっちへ行けよ! お前は真っ白で目立つから、いつも獲物に気付かれてしまうんだよ」 「お前なんか、自分で食べ物を探して来い!」  仲間のトラたちは狩りに失敗するたびに、その真っ白なトラをみんなで責めたてました。  いつし

アズアズの森の真っ白なトラ『2.じぶんはだぁれ?』〜007〜ショートストーリー

2 じぶんはだぁれ? たくさんの動物たちが暮らすアズアズの森にも暖かい季節がやってきました。動物たちは日中になると太陽の下で、それぞれ日光浴をしています。  湿原のなかをチーターがもの凄い速さで野ウサギを追いかけていきます。チーターは軽やかに地をけり、水しぶきを上げて走っていきます。野ウサギも足には自信があるのですが、あっと言う間にチーターに捕まってしまいました。  それを物かげから見ていたリスとキツネが話しをしています。 「チーターって、凄い早いわね」  リスが興奮しながら

アズアズの森の真っ白なトラ『3.ともだちだぁれ?』〜007〜ショートストーリー

3 ともだちだぁれ? アズアズの森に秋がやってきました。森の木々は緑色から赤や茶色に変わっていき、動物たちもこれから訪れる冬の準備をする季節です。  森の南西にあるシャタン草原。最近そこに住むキツネの様子がどこか変でした。口をムスッと閉じて、いつも怒ってばかりいるのです。そのことを心配した友達のリスが真っ白なトラのもとへとやってきました。その真っ白なトラもキツネの友達です。 「ねぇ、トラさん。キツネさんって何か悩みがあるみたいよ」  リスが真っ白なトラに話しかけました。トラは

アズアズの森の真っ白なトラ『4.はじめはだぁれ?』〜007〜ショートストーリー

4 はじめはだぁれ?  太陽がギラギラとアズアズの森を照らします。暑い暑い夏、この森に住むたくさんの動物もちょっとバテ気味です。一方、森の植物はというと葉を青々と輝かせ、その花や実は黄色や赤、オレンジ色や紫色など様々な彩をつけています。  ジャージャー川のほとりで真っ白なトラとキツネが話をしていました。 「もうすぐリスさんの誕生日だね」 「あぁ、そうだな」  トラの問いに素っ気なくキツネが答えます。それを気にも留めずにトラが話を続けます。 「誕生日にプレゼントをしよう