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アズアズの森の真っ白なトラ『1.つよいのだぁれ?』〜007〜ショートストーリー

1 つよいのだぁれ?

 アズアズの森にはたくさんの動物が住んでいます。ライオンやサル、鳥や昆虫まで様々な生き物が森や湿原、空や川などに生息しています。
 森の北西にあるヒュルン湿原に一匹のトラがお腹を空かせて歩いてきました。そのトラの体は生まれつき真っ白です。
「あっちへ行けよ! お前は真っ白で目立つから、いつも獲物に気付かれてしまうんだよ」
「お前なんか、自分で食べ物を探して来い!」
 仲間のトラたちは狩りに失敗するたびに、その真っ白なトラをみんなで責めたてました。
 いつしか真っ白なトラは群れから遠ざけられ、ひとりで暮らすようになったのです。そしてこのアズアズの森へとやってきたのです。
「お腹が空いたなぁ……」
 ひとりぼっちのトラは森に入り、獲物を探すことにしました。しばらく歩くと獲物の匂いがしてきます。トラが獲物に気付かれないようにゆっくりと匂いのほうへ近寄っていくと、大きな木の根元でキツネとリスが何やら言い争いをしていました。
「わたしは木を登ることができるわ。キツネさんは木に登ることができるの?」
 小さなリスは目の前の大きな木を見上げると、キツネにそう言いました。
「お前なんか木に登る前につかまえて食べてやるよ」
 キツネがすました顔で言います。リスはそれを気にもとめずに続けます。
「ムリよ。わたしはとっても素早いもの。あなたにつかまる前にスルスルっと木へ登って、そこから木の実を投げて、あなたを倒す事だってできるんだから」
 それを聞いたキツネは怒りました。
「なんだと! お前は俺より強いと言うのか? いいか、俺は動物の中で一番強いんだぞ」
「あなたなんか簡単に倒せるわ。それにキツネより強い動物なんかたくさんいるわよ」
 リスがつんとした顔で平然と答えます。
「俺より、強い奴なんかいるものか!」
 キツネは鼻をふんっと鳴らせて怒っています。
「じゃあ、あなたはライオンやトラ、ヒョウやオオカミよりも強いと言うの?」
 リスの問いにキツネがもっともらしい顔をして答えました。
「あぁ、強いとも。なにしろ俺はやつらの弱点を知っているからな。例えばライオン、あいつはたてがみを引っぱれば動けなくなるんだぜ」
「そんな話、とても信じられないわよ」
 自信満々に答えるキツネに、リスはあきれて笑い出し、疑いの目でキツネを見ます。それでもキツネはムキになって答えます。
「トラだって背中に登れば首が短いあいつらのことだ。なにも手出しはできないさ。いいか、一番強いのは俺だ。二番目がライオン。お前なんか、ずうっと後ろの方だ」
「キツネがライオンより強いだなんて……」
 リスは相変わらず笑っています。
「そんなに言うなら、お前が強い奴をここに連れて来いよ。そうしたら俺がやつらを倒してやるさ。まぁ、その前にお前なんかそいつらに食べられてしまうけどな!」
 こんどはキツネがお腹を抱えて笑い出しました。リスが強い動物を連れて来られないことを知っているからです。
「あぁ、いいわよ」
 リスが言いました。キツネは意外な答えにびっくりしています。
「じゃあ。さっきから、そこの木の陰でわたしたちを見ているトラさんに、あなたは勝てるのかしら?」
 キツネはリスが指を挿した木の陰を何気なくのぞきます。すると真っ白なトラが木の陰からゆっくりと現れたのです。
「ト、ト、トラだー!」
 キツネは驚いて飛び上がったまま、後ろに倒れてしまいました。
「悪かったね。盗み聞きするつもりはなかったのだけれど、つい話が面白くてさ……」
 真っ白なトラは、そう言いながら二匹の前に腰を下ろすと、真面目な顔で話しを続けます。
「一番強い動物か。興味があるね。この三匹の中では僕が一番強いと思うけれど……。でも、キツネくんの方が僕より強いというのかい? あれなら僕の背中に乗ってみるかい?」
「い、いいえ。と、とんでもありません!」
 キツネはひどく脅えていましたが、慌ててそう答えました。
「大丈夫だよ。僕はお腹が空いているけれど、君たちを食べるつもりはないからね」
 トラのその言葉に、キツネは少しだけ安心しました。
「それより、いったい一番強い動物は誰なんだろう?」
 三匹は考えました。
「それならライオンが一番だ! なにしろ、あいつは百獣の王だからな」
 キツネが自信を持って答えます。
「でも、わたしはライオンが狩りで失敗している所を見たことがあるわよ」
 と、リスが言いました。
「じゃあ、そのときに逃げ出した動物が一番強いのかな?」
 トラが尋ねると、リスが顔に自信を浮かべて答えます。
「それなら、シマウマね!」
「バカだなぁ。シマウマが一番のはずがないだろう」
 キツネはそう言うと鼻で笑います。
「それなら、いったい誰なんだろう……」
 三匹はしばらく考えてみました。その結果、ゾウ、ゴリラ、ライオンが候補にあがりました。でも、その中から一番を決めるのは大変です。
「うーん、決まらないなぁ……」
「それなら、直接本人に聞きに行けば良いのよ!」
 リスがみんなに提案をしました。
「や、やめとけよ。ライオンなんかに会いに行ったら、すぐに食べられてしまうぞ」
 キツネは慌てた顔をしてリスを止めます。
「大丈夫よ「一番強い動物は誰なの?」って、聞きに行くだけなんだから」
「俺は行かないからな!」
 キツネが強い声で答えます。
「あら、やっぱりキツネさんは強くないのね」
 リスにそう言われて、意地っ張りなキツネは渋々と着いていくことにしました。
「それでは、出発しようか」
 トラがかけ声をかけると、まずゾウを探しに行くことにしました。
「ゾウはジャージャー川のほとりによく集まっているぞ」
 キツネの言葉に三匹はジャージャー川へと向かいました。一緒に歩いていてもリスは小さいのですぐにトラとキツネから遅れてしまいます。それを見たトラが首を下げて、自分の頭の上にリスを乗せました。
「ありがとう、トラさん」
 リスがトラの頭の上でお礼を言いました。
 しばらくすると、一匹のゾウを見つけました。川のほとりでとても大きなゾウが水浴びをしています。ゾウは長い鼻をつかって大きな体のいたるところに水をかけています。その長い鼻の横には立派な牙がありました。真っ白なトラはさっそくゾウに聞いてみました。
「ねぇ、ゾウさん。動物の中で一番強いのは誰だと思います?」
 ゾウは胸をはって答えます。
「もちろん、わたしが一番強いわよ。何しろここではわたしが一番大きな生き物なんだもの」
「それなら、ライオンにも勝てるの?」
 と、リスが聞きました。
「ゴリラにも勝てるのか?」
 キツネも声をかけます。
「当たり前じゃないの。彼らに、こんな長い鼻があるかしら? ゴリラもライオンも自慢の鼻でふき飛ばして、五千キロもあるわたしの体重で踏みつぶしてやるわよ!」
 そう言うと、ゾウは鼻をグルングルンとふり回し始めました。三匹は実際にゾウが戦っているところを想像してみます。あんなに長い鼻をぶつけられて、あの体重で踏みつぶされたら、それこそ一溜まりもありません。
「うん。それなら、ゾウさんが一番だね!」
 三匹はそろって答えました。それを聞いてゾウはそれ見たことかと微笑み、さらに鼻をグルングルンと大きく回しました。それはまるで、いまにも鼻が取れてしまいそうな勢いです。
「ありがとう、ゾウさん」
 三匹はゾウにお礼を言うとその場を離れました。次はゴリラです。三匹の頭の中ではゾウが一番強いと思っていたのですが、みんなに聞いてみないと不公平です。
「ゴリラはザワザワ森に住んでいるぞ」
 キツネが得意げに言いました。ザワザワ森は風が吹くと、いつもザワザワと木々が揺れて不安をかきたてる不思議な森です。
「今のところ、一番はゾウだね」
 トラが言うとリスが答えます。
「そうね。あの鼻の威力は凄いわ」
 リスはそう言うと、何度もうなずきました。
「それに、あの牙は……」
 そう言いながらキツネが身震いをしました。はたしてゾウより強い動物がいるのでしょうか? 
 ザワザワ森を歩いていくと、向こうからゴリラがやってきました。さっそくトラが聞いてみます。
「ねぇ、ゴリラさん。動物の中で一番強いのは誰だと思います?」
「俺が一番に決まっているだろう。何しろ俺には凄い力がある。それに手が使えるんだ。この手で何でも粉々にできるんだぞ」
 と言うと、ゴリラは自分の胸をいさましく叩きはじめたのです。
「それなら、ゾウとライオンにも勝てるのか?」
 今度はキツネが聞きます。
「あぁ、勝てるさ」
 三匹はさっきまでゾウが勝つところを想像していたので、とても納得がいきませんでした。
「でも、ゾウさんは「ゴリラなんて自慢の鼻でふき飛ばして、五千キロもある体重で踏みつぶしてやる」って言っていたわよ?」
 と、リスが言います。
「なんだと! あいつらに手があるかい? 俺はゾウの鼻をつかむことができるんだぞ。ゾウの鼻をつかんでグルグルとふり回して、遠くの山までふき飛ばしてやるさ!」
 怒ったゴリラが右腕を空に突き上げグルグルと回しました。
「ライオンにも勝てるの?」
 リスが聞きます。ゴリラはリスを見据えて答えます。
「ライオンなんかメスが狩りをするんだ。自分は何もしないのさ。あいつの唯一の自慢と言ったら口の中の牙だけだ。その牙を俺のパンチで粉々にすれば、すぐに逃げ出すに決まっているさ!」
 ゴリラはそう言って、太い木の枝を拾い上げると目の前で真っ二つに折って見せました。
 三匹は実際にゴリラが戦っているところを想像してみました。たしかに手が使えるというのは、とても有利です。それにゴリラには凄い力もあります。
「うん。それなら、ゴリラさんが一番だね!」
 三匹はそろって答えました。ゴリラは、またまた自分の胸を勇ましく叩きはじめました。リスは、あんなに力を入れて胸を叩いたら痛くないのかしら。と思いました。
「ありがとう、ゴリラさん」
 三匹はゴリラにお礼を言うと、次にライオンの元へと向かいました。ライオンが住んでいるところは、アズアズの森に住む者ならみんなが知っています。ライオンは太陽がギラギラと照らすカラカラ草原に住んでいました。そこはライオンが住む恐ろしい草原です。
「今のところ、一番はゴリラで二番はゾウよね」
 トラの頭の上でリスが言います。
「……あぁ、でもやっぱりライオンが一番だよ」
 草原に近づくにつれてキツネは脅えはじめました。普通の動物はなるべく恐ろしいライオンが住むカラカラ草原には近づかないようにしていたのです。
「やっぱり、俺は帰る!」
 と言うと、キツネは慌てて森の方へと逃げ出してしまいました。
「逃げるなんて、やっぱりわたしの方が強いわね」
 リスが自慢げに言います。
「うん。そうだね」
 トラが笑みを浮かべましたが、その顔はどこか緊張しているようにも見えました。
 残されたトラとリスは更に歩き続けました。二匹はいつの間にかカラカラ草原へと入っていました。
「なんだ、お前たち!」
 いきなり岩の上からライオンがもの凄い勢いで、二匹の元へとかけ下りて来ました。トラもリスも一瞬のことで身動きが取れませんでした。
「僕たちは、動物の中で一番強いのは誰かを調べに来たのです」
 恐ろしい顔をしたライオンを前に、トラは慌てて言いました。
「なんだと、そんなもの俺さまに決まっているだろう!」
 ライオンは機嫌が悪そうです。それでもリスは平然とした顔で言いました。
「でも、ライオンって狩りをするのはメスの役目なんでしょう? それは、あなたが弱いからじゃないの?」
 するとライオンは真っ赤な顔をして怒りだしました。
「な、な、なんだと、きさま! 俺さまが弱いだと?」
 ライオンは怒りでブルブルと震えています。
「えぇ、そうよ」
 それでもリスが平然と言います。
「それなら、いますぐお前たちを食ってやる!」
 そう言うと、ライオンは大きな口を開けて近づいて来ました。トラが慌てて声をかけます。
「だって、ゾウさんが言っていましたよ「ライオンなんか自慢の鼻でふき飛ばして、五千キロもある体重で踏みつぶしてやる」って……」
「なんだと、それは本当か!」
 二匹のすぐ目の前でライオンがたてがみまで真っ赤にして、二匹を鋭い顔で睨みつけています。
「本当です。ゴリラさんなんて「あいつの牙を自慢のパンチで粉々にしてやる」とも言っていました」
 トラは怒りで今にも爆発しそうなライオンに、すまなそうな顔で言葉を付け足しました。
「俺さまをバカにしやがって、いますぐゾウとゴリラを食ってやる!」
 そう言うと、ライオンはあっと言う間に走りさり、ゾウとゴリラを探しに行ってしまいました。その場に残された二匹は力が抜けて座り込んでしまいました。
「やっぱり、ライオンが一番強いのかしら?」
 リスが言うと、トラは少し考え込んでから口を開きました。
「動物の中で一番強いのは君だよ」
「なんですって?」
 リスは自分が一番強いと言われて、びっくりしています。
「だって、あのライオンを前にしても、君はちっとも脅えていなかっただろう? 僕はトラのくせに本当はとても怖かったんだよ。あの大きな口で襲ってきたら、どうしようって……」
 トラは下を向いてしまいました。それを見てリスが言います。
「私も怖かったわよ。でも、安心していたの」
「なぜだい?」
 トラの問いかけに、リスが微笑みながら答えます。
「それは、あなたがいたからよ。小さなリスだけなら、きっとすぐに食べられていたわ。でも、立派なトラが隣にいてくれたから、私はこうして生きていられるのよ」
「……僕なんか、ちっとも立派じゃないよ。みんなと違って僕は色が白いからね」
 トラが悲しそうな顔を見せました。
「なに言っているのよ。あの生意気なキツネだって、あなたを見て脅えていたじゃない」
「うん……」
 トラは、うつむきながら返事をします。トラは自分の真っ白な体が大嫌いでした。この体のせいでいつも仲間からバカにされ、友達もできずにずっとひとりで生きてきたのです。
「トラはトラよ。それにわたしは白いヘビや白いフクロウだって見たことあるわ。別にそんなの普通のことよ。だってトラはトラだもん」
 リスがトラの顔を真っ直ぐに見つめて言いました。
「トラはトラか……」
 真っ白で産まれてきたことをなんど嘆いたことでしょう。いまトラの心が初めて軽くなりました。
「トラはトラよ」
 そう言いながら、リスがトラの頭の上にピョコンと飛び乗りました。
「トラはトラか!」 
 トラが自分に言い聞かせるように言います。リスもトラの頭の上で元気な声で答えます。
「トラはトラよ!」
 トラは、とても気持ちが軽くなり「ガァオォォー!」と、大きな声で叫ぶと、胸をはって歩き出しました。
「ねぇ、一番早い動物って知っている?」
 トラの頭の上でリスが声をかけました。
「それは、チーターじゃないのかい?」
 トラが答えます。
「いいえ、うわさで聞いたんだけれど、とても寒いところに住んでいるペンギンと言う動物が一番早いんだって。なにしろ冷たい氷の上も一瞬ですべって行くらしいの。そこは、おしっこをしたら凍っちゃうくらい寒いところなのに……」
「いったい、どんな動物なんだろうね」
 二匹には見たことも聞いたこともない動物だったので、まったく想像がつきません。
「私が知っているのは手が鳥の羽のようで、口はとがっているんだって。しかも、その口で魚をひとくちで食べちゃうそうよ。それに水の中もずっと潜っていられるらしいわ」
「それは凄いね。あのライオンだって川を泳ぐときには顔を水から出しているのに。もしかしたらライオンより強いのかもしれないね」
 トラはペンギンと言う動物を想像してみました。鳥の羽にとがった口。鳥のようなのに氷の上をすべっていく?
「ぜんぜん、わからないや」
 トラが困った顔をして頭を傾けました。リスが笑って答えます。
「それなら、こんど一緒に会いに行きましょう」
「いいよ! あたたかい毛に代わったら、一緒に探しに行こうか」
 するとリスが急に真面目な顔をして言いました。
「でも、出かける前に、おしっこをしていかないとダメだわ。凍ってしまったら大変だもの」
 トラが笑うと、リスもつられて笑い出しました。
 それから、二匹はペンギンという動物のことを考えながら仲良く森の奥へと帰っていきました。

つづく 2.じぶんはだぁれ?


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