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アズアズの森の真っ白なトラ『2.じぶんはだぁれ?』〜007〜ショートストーリー

2 じぶんはだぁれ?

 たくさんの動物たちが暮らすアズアズの森にも暖かい季節がやってきました。動物たちは日中になると太陽の下で、それぞれ日光浴をしています。
 湿原のなかをチーターがもの凄い速さで野ウサギを追いかけていきます。チーターは軽やかに地をけり、水しぶきを上げて走っていきます。野ウサギも足には自信があるのですが、あっと言う間にチーターに捕まってしまいました。
 それを物かげから見ていたリスとキツネが話しをしています。
「チーターって、凄い早いわね」
 リスが興奮しながら言うと、キツネも感心した顔で答えます。
「うん、早いなぁ。あいつに追いかけられたら逃げ切れないだろうな……」
 キツネは自分がチーターに追いかけられるところを想像して少しだけ怖くなりました。
「とりあえず、この辺りはチーターがうろついていて危険だから他のところへ行こう」
 キツネの言葉に、二匹は場所を変えることにしました。
 それからしばらくすると、キリンの群れに出会いました。キリンは長い首を使って木の上のほうに成っている実を食べています。
「キリンはいいわね。あんな高いところにある木の実もわざわざ登らないで、そのまま食べられるんだから」
 リスが羨ましそうに言いました。
「あぁ、熟して鳥たちに突かれて落ちてくる前に、たくさん成っている木の実から好きな実を自分で選んで食べられるんだからな」
 キツネは興味なさそうに言います。
「首が長いって得だわ」
「でも、自分の足元に落ちている物を取るときは長い首が邪魔をして、後ろに下がらないとダメじゃないか」
 キリンが自分の首を直角に曲げて、足元の木の実を食べているところをキツネは見たことがありません。キツネの言葉にリスは興味を示さずに他のことを考えていました。
「わたしのすごいことってなんだろう」
「なんだよ、急に?」
 キツネがリスに質問をします。
「チーターは足が速いでしょ。キリンはとっても首が長い。わたしはなにが得意なんだろ?」
「あいつらは特別だよ」
 キツネが言います。
「そうだ! わたしは木登りが得意だわ」
 リスが得意げな顔をしてみせます。
「それなら、俺は足も速い。それにりっぱな尻尾がついている。……でも、リスはみんな木登りが上手じゃないか。そう考えると別にお前だけが凄いことでもないぞ」
 とキツネが言いました。
「それなら、キツネもみんな足が速いし立派な尻尾がつているじゃない」
 ほっぺたを膨らませてリスがキツネに反撃をします。
「それはそうだな。でも、チーターやキリンだって一緒だろ。チーターはみんな足が速いし、キリンはみんな首が長いじゃないか」
「それはそうね。……でも、わたしだけが得意なものってなんだろう。リスは他の動物に比べたら木へ登るのが得意だけれど、木へ登るのは別にリスだけではないわ。サルだってスルスルと木に登っていくし……。わたしだけ、凄いことってなんだろう?」
 リスが考えます。それでも自分が得意なものは木登りくらいしか浮かんできません。
「俺だって、足は速いけれどチーターには敵わないし。俺だけが凄いことか……」
 キツネとリスは考え込んでしまいました。それでも、いくら考えても何も浮かびませんでした。
 リスはキツネと別れると、真っ白なトラに会いに行きました。
「ねぇ、トラさん。わたしのすごいことってなにか知っている?」
「どうしたんだい、急に?」
 不思議な顔をするトラに、リスはいままでのことを話しました。
「そうか。リスは木登りが得意だけれど、リスの仲間はみんな木登りが得意か……」
 トラは上を向いて考え出しました。それでも、いくら考えても答えは出てきません。
「ごめん、わからないよ。……でも、ぼくもこれと言って自慢できるようなことは何もないよ」
「トラさんは強いじゃない。それに色が白いわ。それは特別よ」
 リスが言います。
「トラはここに居る動物の中では強いほうだけれど、別にトラは僕だけじゃないし。それに白いからって、凄くはないよ」
「あなたは優しいわ」
 リスが答えます。
「そんなことないよ」
 トラが訂正をすると、リスが言います。
「普通のトラならとっくにわたしたちを食べているのに、あなたは食べないでしょう? それは普通のトラとは違って、あなたが優しいからよ」
「でも、僕も他の動物は食べるよ」
 トラが無邪気な顔をして答えます。リスはその話には興味を示さず、話を元に戻しました。
「わたしには何もないわ。他のリスと一緒だわ」
 リスが寂しそうな顔をします。
「それは違うよ。君は他のリスとは違うんだよ」
 トラが首を振ります。
「なにが違うの?」
「なんだろ……。なにかが違うよ」
「トラさんは他のリスのことを知らないでしょう?」
「うん。きみ以外のリスとは話したことがないからね……」
「それなら、わからないでしょう」
「ごめん」
 トラはすまなそうな顔をして下を向いてしまいました。
「ねぇ、こんどずっとわたしを見ていてくれない? わたしが他のリスと居るところをトラさんに見てもらって、わたしが他のリスと何が違うのかを知りたいの」
 リスが好奇心を顔に浮かべています。
「わかった。ずっと見てみるよ」
 トラが元気に答えました。
 次の日、朝から夕方までトラがリスを観察しました。もちろん他のリスたちには気付かれぬようにこっそりと遠くから見守っていました。
「どうだった?」
 一日を終えて、リスがトラに聞きます。
「君は、他のリスと比べてたくさん話をするね」
 トラが感想を言いました。それでは物足りないといった顔でリスが更に聞きます。
「他には?」
「……」
 トラは言葉に詰まってしまいました。朝からリスの様子を見ていたのに、これといって特別なところはありませんでした。
「そっか。やっぱり他のリスと一緒か……。わたしはただのリスだわ」
 リスの心が沈んでいきます。
「ごめん。でも、よく見るといろいろなリスがいたよ。リスは木登りが得意だと思っていたのに木登りが下手なリスがいたりさ」
 トラはリスたちを見ていて感じたことをリスに話しました。
「アカサギの木に住んでいるリスのことね。あの子は木登りが苦手だけれど、とても優しいからみんながあの子に木の実を取ってきてくれるのよ」
 リスがトラに説明をしてくれました。
「他にもクルミをむくのが上手なリスや、いつもまわりをキョロキョロ見てばかりのリスもいたし。みんなリスはリスだけれど、よく見るとそれぞれ違っていたよ」
 トラの言葉に、リスがクルミをむくリス、キョロキョロしているリスのことを詳しく教えてくれました。
 翌日、トラとリス、キツネの三匹はザワザワ森へと遊びに行きました。
「この木はフルフルの木じゃないか」
 三匹の目の前に黄色の実が成っている大きな木が何本も並んでいます。
「フルフルの木の実は美味しいよね」
 トラがを木の実を見上げて答えます。
「とても美味しいわ」
 リスも木を見上げて答えました。
「そのなかでも太陽がよく当たって育ったところは、とくに美味しいよな」
 キツネがペロリと下を出して言いました。
「うん、とても甘くて美味しい!」
 トラとリスが同時に答えます。
「フルフルの実は黄色くて、少しやわらかい実が一番甘くて美味しいからな」
 キツネが言葉を続けます。
「カラカラ草原には大きなフルフルの木が生えているんだけれどなぁ。アルガノの木やラクハラの木だってカラカラ草原にはたくさん生えている。でも、あそこはライオンたちがいるからな……」
 キツネは残念そうに言いました。
「キツネくんは、いろんなことを知っているんだね」
 トラがキツネを見て感心した顔で言いました。
「そうかな」
 キツネは気にも留めずに、木の周りに落ちているフルフルの実を捜しています。それを見たトラとリスも話をやめてフルフルの実を捜しました。
 フルフルの実はよく見ると、大きかったり小さかったり、色も黄色に緑色が混ざっていたり、すこし黒くなっていたりと色々な形をしています。トラがふいに言葉をかけました。
「ねぇ、この実もさぁ。木に上のほうに成っている実をここから見ると全部一緒に見えるけれど、近くで見ると色んな形や色をしているよね」
「あぁ、それがなんだよ」
 キツネがフルフルの実をかじりながら面倒くさそうに答えます。
「同じじゃない? チーターが足が速いのと。リスがみんな木登りが上手なことと」
 トラの言葉にリスがきょとんとしています。トラが話を続けます。
「遠くで見るとみんな一緒に見えるけれど、近くで見るとみんな違うんだよ。だから君は他のリスとは違うんだよ」
「ねぇ、なんで、たくさんいるリスのなかでわたしがわかるの?」
 リスが質問をします。
「住んでいるところでわかる」
 キツネが答えます。
「それなら、森で会ったらわたしのことがわからないの?」
「いや、わかるよ」
 トラが答えました。
「なぜ?」
「雰囲気とかでわかるよ」
 トラが言いました。
「それなら遠くからはわからないんでしょ? ……それはわたしが他のリスと一緒だからだもん。他のリスと比べて、わたしには凄いところがないからだわ」
 悲しい顔をするリスに、トラはなんと言ってリスを励まそうか考えています。リスが話を続けました。
「でも、キツネさんは、いろいろなことを知っているから凄いわ」
「そうか?」
 キツネはきょとんとした顔をしていましたが、凄いと言われて嬉しくなってきました。
「うん。君はいろんなことを知っているよ」
 トラが更にキツネを褒めます。キツネが褒められて、にんまりとしました。
「なぁ、お前は他のリスに比べて勇気があるぞ。なにしろお前はリスのくせにトラと一緒にいるんだからな」
 ふいにキツネがリスに言いました。
「うん、そうだよ。ぼくに話しかけてきたリスは君だけだよ。それは他のリスに比べて君に勇気があるということじゃない?」
 トラの言葉にキツネも続きます。
「俺もリスのなかで話をするのは、お前だけだぞ。普通のリスなら俺を見たら逃げていくからな」
「そうかな。でも、凄いって言われても勇気なんて目に見えないし……」
 リスが首を傾げて言いました。
「それなら、俺がいろんなことを知っていることも目に見えないじゃないか。でも「いろんなことを知っている」と言われて嬉しいぞ」
 キツネの言葉に納得しないリスは上を向いてなにやら考えこみました。
「ねぇ、パルシアの木に登ってみることにしたわ。パルシアの木に登ったリスはいないもの。あの木に登ればわたしは凄いでしょ?」
 ふいにリスが言いました。パルシアの木というのは美味しい木の実こそ、その枝につけることはありませんが、アズアズの森の中では一番大きくて一番背が高い木なのです。
「危ないから止めておきなよ」
 トラが驚いた顔をして首を左右に振りました。キツネも同じように首を左右に振っています。
「勇気があるなら登れるはずだもん」
 リスはそう言って話しを聞きません。トラもキツネも何度も止めたのですがリスはパルシアの木へ行くと、二匹に「見ていてね」と言って木に登り始めました。
 リスがどんどん、どんどんと上へ上へと登っていきます。上のほうに行くにつれて風が強くなってきました。風は木の枝をゆらゆらと揺らしていきます。風の音が轟々とリスの耳元にも届きました。
 パルシアの木の三分の二を登ったところでリスが下をのぞきました。
「うわぁぁぁぁ……」
 木の根元にいるトラとキツネが自分の体よりも小さく見えます。すぐにリスは上を向きますが一度下を向いてしまったので恐怖がリスの心に取りついてしまいました。
「こわい……。どうしよう」
 もう上には登れません。それどころか下に降りるのさえ怖くて、リスは動けなくなってしまいました。
「おーい!」
 動かなくなったリスを見て心配したトラとキツネが下から声を掛けます。
「わたしには勇気があるもん!」
 リスは向きを変えて下へ降りることにしました。木登りは登るより降りるほうが怖いし危ないのです。「落ちたらどうしよう」その思いがリスにつきまといます。それでもゆっくりとでしたがリスが一歩一歩、確認するように足を動かします。
 下にいるトラとキツネも「リスが落ちたらどうしよう」と心配でなりません。トラがキツネに耳打ちをしました。
「キツネくん……」
 トラの言葉に、二匹はパルシアの木の根元にそこいらじゅうの落ち葉をかき集めました。
 木の上ではリスがときどき深呼吸をしながら、ゆっくりと下に進んでいます。風が強く木々を揺らすと少し休んで、また進むといった具合です。
 リスの強張った顔が下にいるトラとキツネにも確認できるような距離まで降りてきました。あと少しです。そのとき、リスは前足をすべらせてそのまま落ちてしまいました。下で待っているトラとキツネにはどうすることができません。リスは真っ逆さまに下へと落ちていきました。
 幸いリスは木の枝に当たることもなく下まで落ちてきました。落ちたところへ急いでトラとキツネが駆け寄ります。
「ケガはないかい」
 トラが声をかけます。
「うん。落ち葉のおかげで助かった。ふたりとも、ありがとう」
 リスの心臓は凄い速さで動いていましたが、すぐに立ち上がりました。二匹が急いで集めた落ち葉がクッションになり、リスはケガをしないですみました。
「無事で良かった。凄いよリスさん」
 トラが安心して声をあげました。となりのキツネもほっとしてその場に座り込んでしまいました。
「でも、一番上までは登れなかったわ」
 リスが下を向いてがっかりした顔を浮かべました。三匹は座って心のドキドキが治まるのを待ちました。
「僕、君を見ていて思ったんだけれど、僕は木へ登っていく、君を見ていて凄いと思った。とてもドキドキしたけれど、君の勇気や行動力は凄いと思った」
 トラがリスに言いました。
「でも、君が木から落ちたら。って思ったら、とても不安で怖かった。胸をだれかにつかまれているようでとても怖かったよ」
「すごく心配したんだぞ」
 めずらしくキツネが感情を素直に言葉にしました。
「だから、もう無茶なことはしないでほしいんだ」
 トラが話を続けます。
「ごめんなさい」
 リスがしんみりとした顔をして謝りました。
「前にリスさんが僕を優しいって言ったよね。僕より、君たちはふたりのほうが優しいよ」
 トラが言いました。
「俺は別に優しくもないし、「優しい」なんて言われても嬉しくないぞ」
 キツネが首をブルブルと左右に振って訂正をします。それを見てリスが笑うとトラも笑いました。
「ねぇ「凄い」って思うのは他のだれかが思うことだよね。パルシアの木に登る君は凄かったよ。でも、……よくわからないけれど、僕は君が凄くなくても、僕は君と一緒にいると楽しい」
 トラが恥ずかしそうに言いました。それを聞いてリスも、
「凄いって言われると嬉しいけれど、一緒にいて楽しいって言われるほうが嬉しいかも」
 と恥ずかしそうに言いました。
「お前はわがままだな」
 となりで聞いていたキツネがぼそりと言いました。リスが照れたように笑うと、トラも同じように笑いました。
「見た目が似ていても、みんな違うんだよ。見た目や匂い、しぐさや話す言葉。優しさと強さとかもみんなそれぞれ。君はひとりしかいないもん。キツネくんもそう。キツネはたくさんいるけれど、君はひとりだけだからね。それが、僕や君なんだよ」
 トラの言葉にリスとキツネは自分たちが探していた答えが何かわかったような気がしました。
「ねぇ、君が好きなことはなに?」
 トラの問いかけに少し考え込んでからリスが答えました。
「わたしは話をするのが好き」
「それなら、僕はたくさん話を聞くよ」
 トラが嬉しそうな顔をします。
「あぁ、それなら俺も聞いてやるよ」
 そう言うとキツネがトラと顔を合わせて笑みを浮かべました。
「ありがとう」
 リスは二匹にお礼を言いました。
 帰り道、リスは木登りのときに感じたことをトラとキツネに少しばかり大げさに話してくれました。トラは話を聞いて感心したり、驚いてみせるのでした。キツネはというと、ときどきリスの話をさえぎって冗談を言って笑わせたりしています。
 あんなに上のほうにあった黄色い色をした太陽が、地平線のすぐ上でオレンジ色に光っています。もうすぐ夜がやってきます。そのまま三匹は仲良く森へと帰っていきました。

つづく 3.ともだちだぁれ?


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