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遠野巡灯篭木’24 Food Moment #2 里山が育む恵み-岩手・遠野の食文化を訪ねて

遠野巡灯篭木’24 フードプロデューサー 
若生和江さん・男沢悦子さん

 本年の遠野巡灯篭木のフードプロデュサーとして参画いただいた若生和江さんと男沢悦子さん。和江さんは遠野の隣の集落である江刺の出身、悦子さんは遠野の出身。この土地ならではの気候風土との関わり、昔ながらの暮らしの中に受け継がれてきた食文化について、生まれ育った場所として岩手を知るお二人にお話を伺った。

気候風土を生かした保存の知恵

 山地と川に恵まれた岩手独特の風土。豊かな里山の集落で育った和江さんは、自身を「山の楽しみを知るやまんば」と喩え、山との暮らしを独自の感性で語る。

 「自然は自然、自分は自分ではなく、地続きでずっと繋がっているような感覚です」。和江さんにとっての山は、「特別な山ではなく、自分たちが住んでいる場所にある、ごく身近な山」であるという。「すごく大きな存在ではなく、その場所にあるものとして、山を尊敬し、季節の自然を慈しむ感覚が、昔の人々にはあったと思います」。

 季節の山菜や茸を楽しんだり、炭を焼いたり、葉っぱを拾ったりと、山を楽しいと感じられる瞬間が、かつての暮らしにはたくさんあった。自然と共に生きる里山の暮らしには、その土地の気候風土を生かした、巧みな保存の知恵が息づいていた。春には山菜、夏には野菜、秋にはきのこ。これらの旬の食材を塩蔵したり、乾燥させたりすることで、厳しい冬を乗り越えるための四季の食料を蓄えてきた。

 遠野で生まれ育った悦子さんは、大人になって上京し、再び、生まれ育った故郷の土地に戻ってきた。「子供の頃からお漬物は大きな丼に盛られていたので、東京でたくあんが小さな皿に盛られているのを見て、とても驚きました。昔は、近所に漬物自慢のおばあちゃんが必ずいて、集まりがあると、お漬物を持って来てくれたものです」。漬物は保存の知恵。採れすぎた野菜も、塩蔵することで長期保存が可能になる。昔の家には、漬物の樽を置いておくための専用の部屋があり、たくあん、白菜、大根など、様々な種類を一冬かけてずっと食べていたそうだ。

 また、遠野の寒い冬を利用した保存方法も独特だ。秋に収穫した野菜を深く穴を掘って土中に埋め、凍結を防ぎながら保存する手法は、まさに自然の冷蔵庫である。また、食材を凍らせて乾燥させる「寒じめ」も、冬の寒さを利用した伝統的な保存方法だ。「寒じめ大根は、茹でた大根を水にさらして天日干しにするのですが、最も寒い時期に干すことが、カビを防ぐ上で重要です。昔のおばあちゃんたちは、経験と勘を頼りに、寒さの到来を予測し、最適なタイミングで大根を干していました。また、大根をさらす水も、昔は沢からの綺麗な水でさらしていました」。

 冬に向かい四季を蓄える岩手の保存食には、自然の恵みを最大限に活かすために、季節の気候と密接に関わりながら、その土地に根ざした食文化を築いてきた人々の暮らしの知恵と豊かさが垣間見える。

photo by Ryo Mitamura

人と人との繋がりから生まれる郷土料理

 地域に受け継がれる保存の知恵について、和江さんはこう語る。「例えば、地域の集まりに持参するお漬物は、単なる食べ物ではなく、人々のコミュニケーションを深めるための大切なツールだったのかもしれません。美味しいものを味わいながら、作り方を教え合う。気候風土に適した保存方法も、人々がより美味しく食べるための工夫を重ねた結果と言えるでしょう」。

 郷土料理は、「人から人に伝えられてきたもの」だと和江さんは話す。「レシピサイトで調べるようなものではなく、誰かと一緒に作ったり、食べたりしながら、自然に受け継がれてきたもの」であり、「料理そのものだけでなく、それが生まれた背景や、それを守り伝えた人々の繋がりがそこにはある」のだと和江さんは言う。 

 昔は、近隣住民が協力して田植えを行い、その合間に「小昼(こびる)」と呼ばれる軽食を共にした。お漬物や焼き餅、小麦粉に卵、重曹、砂糖を入れて混ぜたものに、くるみやゴマを乗せて蒸したがんづきなど、小昼は、共に暮らす人々の心を繋ぎ、共同体を築く上で重要な役割を果たしていた。

 また、岩手では、来客への歓迎の意を示すために、餅や、もち米を蒸したおふかしで出迎える習慣がある。「作る大変さを知っているからこそ、その料理をいただく時、味だけでなく、そこにかける人の思いを感じ、喜びを分かち合えます。誰かのために心を込めた料理もまた、郷土料理と言えるのではないでしょうか」。

 江刺と遠野のように、隣接した地域でも、それぞれ独自の郷土料理が発展している。「江刺と遠野でも文化の違いに驚くことがあります。江刺発祥の甘いものといえば、くるみ豆腐ですが、遠野ではけいらんやひなまんじゅうが親しまれています」。食材や調理法が似ている地域でも、全く異なる料理が生まれる。人々の移動や交流によって、郷土料理も様々な影響を受けながら変化してきたのだろう。例えば、ある地域の特産品が別の地域に持ち込まれ、新たな料理が生まれることもある。「ずっと不変だと思っていた郷土料理も、人との出会いや交流の中で、新しい要素を取り入れながら進化していくのかもしれません」。

 名もなき人々の手によって生み出された、名もなき料理の数々は、季節や機会にあわせて食べ継がれることで郷土料理として土地に根を張ってきた。郷土料理の背景には、自然や気候風土だけでなく、文化の継承と変化を担ってきた人々の繋がりがある。

photo by Ryo Mitamura

遠野の郷土料理

 家族や地域の中で受け継がれてきた遠野の食文化。観光資源として、悦子さんが働いていた伝承園をはじめ、多くの施設で郷土の味を楽しむことができる。遠野巡灯篭木’22のライブ会場でひっつみを振る舞い、その腕前を披露した悦子さん。東京に出て、再び故郷にもどってきたことがきっかけで、遠野の食文化に改めて触れ、伝統的な技術を学ぼうと思ったという。

 鶏で取った出汁に、人参、ごぼう、茸などを加え、一晩寝かせた小麦粉の生地をちぎって浮かべたひっつみは、遠野で親しまれる郷土料理の一つ。悦子さんによると、ひっつみは、「作り置きができ、お腹に溜まるので、農作業の合間に食べたり、ご飯が貴重な時にも重宝された」日常食であるという。「おばあちゃんの作るひっつみは大きな団子餅のような生地で、あまり好きではなかったですし、『ああ、また今日もひっつみか』、と思うような、そんな料理でした。一度東京に出て、また遠野に戻ってきた時に、アルバイトをしていた食堂で食べたひっつみが、薄くぺらぺらした生地で、スープが驚くほど美味しく、ひっつみの素晴らしさを再発見したんです。それ以来、料理上手の方に学びたいと思い、郷土料理の世界に足を踏み入れました」。伝承園のキッチンでも働いていた悦子さんは、「ひっつみをちぎるのはもう何十年もやっています。ちぎり方にこれといった決まりがあるわけではないので、皆さんにも気軽にチャレンジしてみてほしいです。」と笑う。

 ハレの日の料理にも遠野の土地柄が伺える。「遠野は山に囲まれ、どこへ行くにも峠を越えなければなりませんでした。そのため、魚は手に入りにくく、乾物や干物をよく食べていました。秋田から来るニシンや、大船渡、釜石から来る干物、塩漬けのマス、みりん干しにしたサンマなどです。昔はマスの方が安価で手に入りやすかったのです。荒巻鮭は高級品でしたが、家庭でも作ることがありました。塩をして干すことで、荒巻鮭になるのです。お正月まで大切に保管し、新年を迎えてから味わいました。新鮮な魚はご馳走で、我が家ではナメタガレイを必ず年越しに食べていました」。

 「お正月や冠婚葬祭には、必ず煮しめが登場します。筑前煮よりもおでんに近い味付けかもしれません。具材は、油揚げ、車麩、椎茸、大根、わらび、人参、ごぼう、焼き豆腐、こんにゃく、じゃがいもなど、様々です。具材の数は7個、9個、11個といった奇数にするという決まりがあります。ですので、材料は必ず数えてから購入します。また、お葬式の際には、昆布を結ばずに煮ることが習わしでした」。

 遠野ならではの特徴的な郷土菓子もある。その一つがけいらんだ。元々は、農作業が落ち着く秋仕舞いの行事食として親しまれていた。餡子を包んだもち米粉の団子を茹で、お湯に浮かべていただくもので、鶏の卵のような形をしていることからその名がついたと言われている。餡子が貴重だったため、お祝い事など特別な日に食べるのが習わしとなった。遠野は団子の大きさはつくる人によって違いはありますが、ウズラの卵くらいの比較的小ぶりなものです」。 悦子さんが語る遠野の郷土料理には、家族で囲む食卓の暦と、ハレの日の風景が見え隠れする。一つ一つの料理に、労を惜しまず、手間暇がかけられている様子が伝わってくる。「日々の何気ない暮らしのなかで食べているものが、一番素晴らしいものなのかもしれません」、と悦子さんは言う。それこそが、郷土料理の奥深い魅力の一つなのかもしれない。

photo by Ryo Mitamura

里と山、人と自然が織りなす恵みの食文化

 自宅で畑を耕す悦子さんは、夕暮れの時間が好きだと言う。なだらかな峠に囲まれた遠野の風景を覆うように、空高く、夕陽が山並みを染める様子に心を泳がせてみる。そこには里の力強い暮らしを支える田畑が広がり、日中の農作業を労うような涼しい風が吹いているのだろう。 

 和江さんに初めてお会いした日、名刺代わりに手作りの実山椒のおにぎりと黒文字茶をいただいた。山で採れた黒文字を洗い、天日に干して、鉄器で煮出したお茶は、新鮮な柑橘のような香りと適度な渋みがあり、山の清々しさが体を通り抜けるようだった。

 和江さんは、岩手の土地を指し、「土に地力があるんです。食べると元気になる力が食材に宿っている」と語る。「岩手のお米は格別に美味しい。でも美味しいお米を作るためには、山も水も綺麗でないといけない。どこかだけ切り取って、綺麗にしても仕方がないんです。岩手にいると、そういう感覚が身に染みてくるのです」。

 岩手・遠野の食文化は、豊かな自然と人々の暮らしが深く結びつき、育まれてきた。それは、自然の摂理の中で生きる知恵を凝らし、食材の恵みを最大限に活用し四季を紡いできた豊かな地域性そのものであるとも言える。また、日々の暮らしの中で、料理は単なる食事ではなく、人々の絆を深める触媒でもあった。食文化を受け継いできた人々の活き活きとした繋がりこそが、この土地の郷土料理を今に紡いでいる。

photo by Ryo Mitamura

若生和江

奥州市江刺在住。
岩手の食文化や郷土料理を伝える「岩手県食の匠」。岩手の「山のごっつお」を届ける「やまんば工房」を主催。また、ケータリング、岩手の食文化を子供たちに伝える講演や実習など地域や学校での活動にも従事。山と里をつなぐ自称やまんば。
https://www.facebook.com/kazue.wakou

撮影:山口雄太郎

男沢悦子

遠野市在住。
これまで「伝承園」や、Next Commons Labが遠野で主催したカフェにて料理やメニュー開発を担当。遠野生まれ、遠野育ち。東京で暮らし、遠野へUターンした経験から、遠野の郷土食の魅力を再発見し、今に伝える活動を続けている。遠野巡灯篭木’22のライブ会場で好評を博した「えっちゃんのひっつみ」は悦子さんの提供によるもの。

撮影:山口雄太郎


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