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日替わり

309
日記。
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2023年1月の記事一覧

焼く必要のないたまご

到着してこんにちはと言った私にまず、あの人がまだたまごを焼いているから代わりにあなたがここのごみを拾って、そう言ってきたので、歌を歌い舞いを舞いながら詩情を探した、もうすぐ季節の変わる月がくるから。

まずごみを拾うのはたまごを焼いている人でもわたしでもなくおまえではないでしょうか。たまごを焼いている人はたまごを焼く必要、あるのでしょうか。たまごを焼くために一時間早く来る必要、あったのでしょうか。

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ライナス

太陽で融けた剃刀、眉尻にあてがう。施術を受ける者はひだまりのベッドに仰向けにされ、目を閉じている。

刃が肌を擦る感覚が右手に伝わってきた。額やこめかみに余っている数十年分の表情の余波を左手でのばしながら、痛みだけを想像した。

痛くないですか。
ぜんぜん。
左手の甲に刃をおしあてて、剃った毛を拭う。毛は黒かったり白かったりする。

母が化粧箱から取りだした剃刀で、幼いわたしのもみあげを剃るのを思

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予感

くちにだせないことを
ここに書きます。

子どものころよく感じていた
これからなにもかも
ひとつ残らず消えるという感覚が
なぜかいま
もうそんなこと忘れたはずなのに
もどってきている。
この星の水の循環。

これじたいは正しい感覚だけれど、
特段こわがるようなことではない。
あのころは、愛おしいことを、
すべてのいとおしいこと、
家族のこと、朝のこと、
音や光のことを、
すべて変わらないまま残した

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くるくるのいぬ

家の横から高架につきあたるまっすぐの道のずっと先のほうに、散歩される白い犬が見えた。犬は、飼い主に連れられて前に歩くのだけれど、ぼくたちのほうが気になるようで、一歩進んではふり返り、また一歩進んではふり返っていた。四足がすべてひとまたぶん前に進んだことを一歩として数えるならね。ふり返るのと歩くのを同時にするので、いぬはくるくる回転しながら遠くなっていく。

となりにあなたがいるから、いぬにはそれが

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手袋

手袋をつけません。手が包まれて自由でないかんじが苦手だからです。ふとしたときに細かい作業をしようとすると困ります。鍵をあけるとき、携帯電話を触るとき、鼻をかくとき、困ります。

一年前の真冬の夜も手袋をつけずに自転車に乗ろうとしたら驚かれたのでした。寒空に服を着ずに歩いてるくらい驚かれたので、そこではじめて、ああ手袋は体が寒い気温のときはつけるものなのだとわかりました。

時は過ぎます。
それは前

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ここより

線をまたいだ。
ここよりまえとあとで
なにかちがう。
とても怖いことだとおもう。
ぼくはずっと
おなじままがいい気もする。

だからといって
時間はとめられないし、
すべては変わりゆく、
朽ちゆく、消えゆく、
さいしょに還ってやりなおし、
永遠に同じ夢に
とどまろうとする気持ちは
はやくに捨てたら
楽になる気持ちだ。
捨てずに持っていても自由よ。

言葉を信じたら
葉っぱが全部裏返るような
海が全

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わさび

ねりわさびをしこたま食い
涙を流す。
心臓の音がする。

壊れているけど、これ、とカッターを差し出してきたのはまだ子どものような若い男性社員だった。あの人の好みだと思った。

カッターの刃をしまうところに行き止まりがなく、どこまでもしまわれてしまう。やがて刃の根元が反対側から飛び出してしまう、危ない壊れ方をしているカッター。

開店直後、客が押し寄せる。会計に並ぶ客が列を長くしやすいように縦長の形をしているのかこの店はと思わせられるほどだった。

アイス

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なにがサンキューなの

「するとこのようなかたちで端末に本の置かれている棚の番号が出ますので、その場所に向かいます。本は表紙が下になるように積まれています。これを一冊とって……」

と言ってこちらに見せられた本の表紙は裸の男性がとんでもないポーズをしているイラストでした。

「表紙についているバーコードをスキャンします。ピッと……」

ピッ
「Thank you」
突然のThank youは端末から流れた音声だった。

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ひとり

雨の落ちすじを
今更変えることはできない。
さいしょから決まっている、
雨はぼくたちに降ることを
さいしょから知っていて
やってきてます。
いままでの愛を
過去にさかのぼって
くつがえすことはできない。
うえからしたに流れるのが水。
たとえぼくが空から降って
舞い降りた光だとしても
いままでの愛と暮らしを
くつがえすことだって、
感じることだってできない。
たとえ翼ですべてを包み
慰めることができ

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世界でいちばん

文字のない絵本が
三年生全員に配られた。
自分勝手に物語を
つくっていいのだって。

最初のページは男の子と
一本の樹だった。
ページをめくるごとに
男の子から少年、青年、壮年と
年月を経てゆき、
最後のページは
ひとつの大きな切り株に
腰を下ろして頭を垂れる老人。
外国の有名な絵本である。

生徒たちが勝手に作った物語は
教員たちに審査され、
その結果
私の提出したものが一番になった。
その科目

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ゆく河の

欄干の毎日きまったところに
鳥のとどまるのを見る
昔からそこにいたような
目をしている
私よりさきにいなくなる

日が沈んだすぐあとの
群青色の窓を
かつ消えかつ結びての
うたかたで希釈する
肩や背中の皮膚と手のひら

じぶんのきもちばかり
ぶさいくなりぼんで結ぶ
擦りきれた指の味

全人類のカルマ
触れて
みんなじぶんのきもち
じぶんのきもち
あなたはあなたの
わたしはわたしの
それでいい。

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わたしの部屋

帰ってきてからひざを抱えて
今日あったいやなことを、
これまであったいやなことを、
だれも悪くないということを、
みんなの幸せを喜べない
わたしが悪いということを、
ひとつひとつ火にくべて、
あの子たちの笑い声を聞いて
体の内側に流れた
まぶたから下腹まで流れた
なみだの落ちたあとを
数時間ぶんさかのぼって、
そこからまた数時間先の
のろしをながめた。
一時間もそうして、
本当に大切な人以外の、

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こごえる

こおりはこおるの連用形名詞なのに
別の漢字が宛てられている。
凍るという字、こいつは
けっこうくせものだぞ。

凍る、凍てつく、凍える、
けっこうなくせもの。
あれもこれも自分の好きにしてる。
でも氷だけは
自分の字を宛ててもらえなかったんだね、
かわいそう。
ざまあみなさい。

ちかごろ
昼間のぬるんだ冬から
夜になるとひどく寒い。
きょうはほんとうに
こごえるという気がした。
それで、
こごえ

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