ライナス

太陽で融けた剃刀、眉尻にあてがう。施術を受ける者はひだまりのベッドに仰向けにされ、目を閉じている。

刃が肌を擦る感覚が右手に伝わってきた。額やこめかみに余っている数十年分の表情の余波を左手でのばしながら、痛みだけを想像した。

痛くないですか。
ぜんぜん。
左手の甲に刃をおしあてて、剃った毛を拭う。毛は黒かったり白かったりする。

母が化粧箱から取りだした剃刀で、幼いわたしのもみあげを剃るのを思いだした。貝印の剃刀の刃には、桃色の桜がデザインされている。

恥ずかしいことをするようになってからだった、タオルケットを抱かずに寝られるようになったのは。必要のなくなったものをそっと切り落とすことが本能的に身繕いの順序となっている。

ふとみれば、左手の甲に赤い線が走っていた。横に切るより縦に切るほうが死ねると言ったともかちゃんの言葉を思いだす。手の甲の骨ばったところで刃を縦に動かしてしまったのがわるい。うっかりじぶんのことを。

かわいた血と舌で契約した。ひらいた傷口から新しい血がにじむのをよろこぶのがあなた。かわいた涙のあとを、涙のあとといえばきれいだが目糞だと言われたことをおもいだし笑う。拭ったまぶたの切れ目から新しい涙がわくのをよろこぶのがあなた。まだ涸れない水の余りを入り口に注ぎこんでよろこぶのがあなた。ここから逃げてあたたかい場所と時間に隠れてしまうのがあなた。

五本指ハムスター✌🏻🐹✌🏻