見出し画像

「封印」 第九章 反乱



 大陸の中心部『中幻』の9割は砂漠で構成される。その砂漠の片隅の村で、激しい銃撃が起きた。
 中幻反政府軍の抵抗。彼らが立て篭もる最後の家に、国軍が突入した時と、アンサングが到着したのは同時だった。
「早く来て!」
 アンサングの携帯から、女の叫び声が響いた。それに続いて、銃声と、子供達の悲鳴が聞こえた。
 ヘリから飛び降り、アンサングは腰の拳銃を抜いた。
 死んだ反乱軍兵士の体が転がっていた。
 家の前には、生き残った家族達__老女と母親と子供達__強襲部隊の前に跪いていた。子供達が泣き叫び、それを母親が抱き抱えていた。
「待ってください、私達は関係ありません!」
 それを、公安長官と、イウェンが肩を並べて見下ろしていた。
 イウェンはアサルトライフルを肩に下げていた。弾倉を全て使い果たし、手に巨大なリボルバーをぶら下げている。その銃口が上がる前に、アンサングは拳銃をイウェンに向けた。
「撃つな! 証人だ!」
 イウェンの黒い瞳がこちらを見た。公安長が面倒くさそうに舌打ちをした。
「下がれ、アンサング」
 アンサングは力の限り叫んだ。
「長官! この人達はまだ情報源としての価値が…」
「既に尋問は終えた」
 長官が頷くと同時に、部隊の銃口がアンサングに上がった。イウェンはリボルバーの激鉄を下ろした。
「止めろ!」
 アンサングは叫んだ。しかし自分の銃を使う事は出来なかった。アンサングの命も声も意味をなさない事は分かっていた。
「お母さん」
「大丈夫だから」
 母親が子供達の体に覆い被さるように抱き寄せた。血走った目線がアンサングを貫いた。
「助けてくだ__!」
 イウェンの手が瞬く間に、家族の頭を撃ち抜いた。

 扉が開く音で、アンサングは目を開けた。新人が扉を開けていた。
「長官室へお願いします」
「…はいよ」
 テーブルに置かれた中幻反乱首謀者のリストをしまい、アンサングはスーツの上着を羽織った。
 アンサングが公安で働き始めて五年になる。北海の片田舎警察に入隊し、三年してから公安に入った。
 今まで上司の部屋に呼ばれて良い知らせだと思ったのは、公安に抜擢された時だけだった。その時は期待心が強かったが、公安に入ってすぐ、その感情は変わった。
 アンサングがまだ公安にいるのは、この公安自体が犯す闇の国家事業を、いつか暴露したいという心と、同時に国を守る為の必要悪であるという現実を理解する知識との間で、揺れ動き続けているからだった。
 情けない。
「失礼します」
 豪華な、重く硬い防弾ドアを開ける。
「お疲れ」
 長官は爪を削っていた。扉の影にはイウェンが立っていた。灰色のロングコートに長い髪。東威人の男は、アンサングを一瞥し、視線を長官に戻した。アンサングもその視線を追った。
「何ですか?」
 長官は爪を削り続けた。
「南耀で疫病が流行っている」
「知っています。新薬開発中の研究者をこの前射殺してましたよね?」
「連中の研究は南耀反乱軍の資金源になっている」
「反乱軍なら倒せても、疫病は銃弾じゃ無理ですよ」
「疫病は風土病だ。こちらには関係ない」
「ウイルスが進化したらどうするんですか?」
「進化するには、人の交流と、兵器化が必要だ。国境を閉じる事で、前者は防げる」
「後者が南耀にいると?」
 長官は爪切りをしまった。イウェンが一歩前に出た。大陸地図が机に広がる。
「バハイに、この疫病を逆手に取る奴がいる」
 長官の指は、大陸の中心首都イリスから、最南端の港バハイまでを滑った。大陸最大都市バハイは、大陸と大海を繋ぐ港としてあらゆる種の富と人と物資が交錯する。長官はそのバハイの出身だった。
「ダムナグ社の製薬活動と、南燿の難民を対象にした中幻地方政府の慈善活動を武力で妨害している。先週はダムナグ社の副社長が殺害された。組織を率いるのは、ライリーという元南耀軍人だ」
 イウェンから渡されるファイル。メガネをかけた中幻系の目鼻立ちの濃い中年。補佐はシエラという南燿原住民系の女。
「この二人を消せと?」
「結果はそうなるだろうな。まずは、南耀疫病の実態と反乱軍の実力観察」
 アンサングはファイルを机に放った。
「こいつと行けと?」
 イウェンの表情は動かない。長官はタバコを咥え、にやけるだけだった。
「お前ら二人がベストだからな」
 アンサングは首を振った。
「中幻テロリストの排除に行くのは問題ありません。仲間も家族も大勢殺されてる。でもこいつと行って向こうの民間人殺すのはごめんです」
「勘違いするな」
 長官は地図にタバコをねじつけた。
「戦争はもう始まっている。こちらが動くのが遅すぎたくらいだ。今ここで手を打たなければ、東威が中幻に本格的に軍事介入して西栄も北海も巻き込まれる。それこそ疫病の対応などできもしない。中幻には安定が必要だ。その為にはお前ら二人が必要だ。今すぐ。今夜に発て。バハイだ。必要な情報と人事物資は道中と現地で手配する」
「中幻政府はこの事を知っていますか?」
「まずは資料を読んだらどうだ?」
 再度、今度は長官の引き出しからから投げ渡されるファイル。 
 東威、西栄、南耀、北海、中幻。
 5年前まで、帝国大陸五地区の地政学的政治関係は拮抗状態にあった。
 しかし、南耀発祥の疫病サレスが大陸を席巻した時から、北海拠点のダムナグ製薬会社の名はどこでも見られるようになった。ワクチン開発の助成金を大陸中から受け、ワクチンの副作用に責任を持たない特権と共に、その影響力は止まるところを知らず、疫病よりも早く広く浸透した。
 ダムナグ社の勢力拡大はデトナイツ政権の支配権の拡大を意味した。
 結果疫病は終息するも、大陸の力のバランスは崩れ去った。
 元より資源の豊富でしかし戦乱の絶えない南耀は、西栄と北海の助成金により傀儡政権に近くなる。
 南耀には今、西栄の投資していた製薬会社の調査施設が南燿にはたくさんある。同時に北海の医療研究施設も林立している。
「原住民の住居侵略と、違法実験から、反乱は始まった」
 長官は吐き捨てる様に言った。
「問題は、その反乱を、中幻の奴らが支援しているというとこだ。生物兵器所有及び使用の可能性が高い。この新しい疫病は正にその発端にすぎないかもしれない。ダムナグ社の関係者も狙われ続けている。お前らは現地の職員の保護と調査の協力、そして反乱の防止に向かえ」
 アンサングはイウェンを見た。
「単細胞機械人にはそれで十分でしょうけど」
 イウェンは視線を返すだけで、何も言わなかった。アンサングはイウェンから目を離さず、長官に言葉を放った。
「現場の判断は、俺に任せてください」
 イウェンは長官を見た。ため息が聞こえた。
「いいだろう」
 アンサングは二人に背を向けた。
「準備します」
「目的を忘れるな」
 答えず、アンサングは部屋を出た。少しして、遥か背後でイウェンが扉を閉めるのが聞こえた。
「助けてください」
 撃たれる前に、そう叫んだあの母親の声と、怯え切った瞳の残像が、アンサングの中で何度も再生されていた。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門  #創作大賞感想  

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?