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ツバメの来る日 第5章 断りの返事

(前章までのあらすじ~ 2,3か月経ち、職場で由美と再会する。驚き、近くに就職したことを知ってうれしくなる。職場で残業が続き、時々由美の視線を感じる。仕事による過労・体調不良を覚える。北陸の学生時代の友人中西から結婚したと便りが届く。かつての上司から娘と会って良ければ結婚を考えてくれないかと相談が来て、見送る。青木は自分の母親が由美の件を知人に頼んだと知って慌てる。由美の住所が分かり、用意していたラブレターを出す。由美と初めて電話のやり取りをする。由美は交際している人がいるが、一度会っても良いと返事をよこす。しかし、電話を続けても鈍い反応しか返さない。青木は秋山に相談する。青木のアパートでは時々住民の男女が痴話げんかをする。4か月が経ち、真意を確かめる最終的な手紙の準備をする。相談所のデートをする。相手に興味を感じず口裏を合わせる。)

 数日後、アパートで電話が鳴って出てみると、相手は何も話さないで、すぐに切れた。
 瞬間的に由美ではないかと思い、すぐに頭に入っている番号に電話した。すると、久しぶりに由美と話すことができた。
「手紙のことなんですけど、申し訳ないんですけど……」
「やっぱり無理ですか?」
「ええ」
 絞り出すような低い声だった。
「そうかあ……」
 青木は天井を見上げて、ため息をついた。
「やっぱり、彼氏がいることが原因ですか?」
「ええ、2人の人と同時にお付き合いはできないですから……」
 青木はしばらく沈黙して、言葉を探した。
「実は、もしうまくいくようだったら、本気で考えるつもりだったんですよ。当日に会って、プレゼントを渡そうと思って……」
 受話器を持ちながら、今までかすかに存在していた由美とのつながりが、この会話で途絶えることを予感した。
「私、交通事故、起こしちゃって、その後始末で忙しかったんです」
 由美はそう言ったが、満更作り話とは思えなかった。
「今は前の会社に、またアルバイトで勤めてます」
 青木は名残惜しくて、改めて由美に尋ねた。
「結論を出す前に、もう一度、様子を見てもらうことはできないかねえ?」
「でも、また、いいお返事ができないと申し訳ないから……」
 由美の言うことは理解できた。
 青木は、またため息をついた。
「もう会えないね。彼氏の方に気持ちが傾いているんじゃ、仕方ないね。元気でいてください。また、こっちは新しい人見つけなくちゃ」
 青木は、自分の気持ちを吹っ切ったつもりで言った。
「すぐに見つかりますよ」
 由美は、少しおどけた声で言った。青木は苦笑しながらも、青木を遠くに捨て去ったような由美の反応を辛く感じた。やはりもう、というより最初から由美の心は、自分からは遠いところにあったんだと改めて感じた。
 
 青木は電話を切ってから思った。
 この恋は、全く話にならない、みじめな片恋に終わった。自分はどうして、こんな貧乏くじを引いたのか。自分は図らずも、道化師役を演じてしまった。いつの世にも繰り返される男女の悲喜劇に登場する道化師役を、内心では冷ややかに見ていたのに。
 落胆のあとには、青木の心に怒りと悲しみがわき起こってきた。
 由美は、2人の男性とつきあうのは良くないと言ったが、それは常識的なことで、最初から考えればわかるはずではないか? どうやら、最初は軽い気持ちで二股をかけようとしたが、あれこれまじめに考え始めた。青木とのデートの約束を、はっきりと意思表示できずに、ずるずると先に引き延ばした。彼氏とは、いつでもしているらしいデートを、職場で何度も顔を合わせる自分とは、一度もしてくれなかった。
喫茶店でお茶を飲んで話をするたった一度のデート。そんなことは、青木は地元の見合いでも、相談所の紹介でも、何度も軽い気持ちでしている。しかし、それは青木にとっては軽くても、由美にとっては重いものだったか? 結局は、由美の倫理観が自分の仕掛けた誘いの言葉に勝ったと言うべきか。色よい返事を待ち続けた自分は、憂き目を見るに至った。
 
 青木は改めて、これまでの成り行きを振り返った。
 由美は、こちらの心情の強さを知ったのかもしれない。自分は親や親の知り合いや、職場の知り合いが関係してきて、彼らにせかされるように、追い立てられるようにしつこく電話してしまった。由美としては、今の彼氏とは友だちのように気楽に付き合えるが、結婚を意識して本気で心を傾けてくる青木のことは、気軽には相手にできないと警戒したのかもしれない。
 由美はまた、由美と青木を取り巻く職場の人間関係にも思いを巡らせたかもしれない。2人は共通の知人を何人も持っているから、由美が万が一、彼氏を捨てて青木に乗り換えることになれば、その小さなスキャンダルが皆の間に広まってしまう。
 振り返ってみると、ラブレターで心を打ち明けたときから4ヶ月かかって、ふたりの交際はあり得ないという結果を、自分が得たことがわかる。その期間は長く感じられた。待つことの辛さともどかしさをずっと感じ続けていた。
 一方で由美は、待たせる側の悩みを持ち続けたかもしれない。その期間の長さは、由美がこちらの心情をまじめに考えてくれたことの証明かもしれない。年頃の娘として彼氏と青木を比べる打算はあったにしても、青木の存在は由美の心の中に一定の位置を占めていたとすれば、その点では気持ちが救われる。
 青木は、由美を愛していない別の自分にできるだけ早くなりたい、そうすれば、随分と気持ちが楽になるだろう、と思った。
 
 季節は移り、秋の終わりの気配より、冬の始まりの気配の方が先に訪れた感があった。
 青木は仕事で北陸に出張し、電車を乗り継ぎ半日以上かけて目的の町に着いた。その地域では比較的人口の多い、経済や文化の面で中心的な都市だった。駅前でタクシーに乗って、雪の降る中を、用事のある建物まで向かった。窓の外には、その先に冬の日本海を想像させる寒々しい町並みの風景が広がっていた。
 これまで仕事でも観光でも、北陸に足を伸ばす機会は滅多になかった。そこで、その地域に住む旧友の中西に久しぶりに連絡を入れて、再会の約束をしていた。中西は以前に結婚して、その知らせを青木に送っていた。
 中西とは、毎年年賀状のやりとりはしていたが、卒業して以来10年もの間、一度も会っていなかった。
 昼の仕事を終えて、青木が夕暮れ時の金沢の駅で待っていると、見覚えのある顔が向こうから近づいてきた。中西は再会するならと、待ち合わせ場所に地元ではにぎやかな金沢の街を指定してきた。中西の自宅のある町は、金沢の隣の隣にあった。
 中西はその地方独特のアクセントで話し始めた。
青木は大学に入って東京暮らしを始めたとき、関東の外れの地方の訛りを恥ずかしく感じて矯正しようとした。しかし、同じ地方出身の若者でも、中西は北陸の方言を捨てなかった。
中西は一流の私立大学を出ていたから、今頃は都会で一流の商社マンとして働いていてもよさそうなところだった。しかし、結局郷里に戻り、長男として実家の豆腐店を継いでいた。
「豆腐作りって、朝起きるのが早いんや。毎日眠い目をこすって、やっとるわ」
 中西は電話でぼやいたことがあった。
 中西は、町の中心を流れる犀川に沿って、夜の街を青木の先に立って案内した。岸辺の物陰と町の光明を照り返す水面の輝きが目に心地よかった。
「ふるさとは遠きにありて思うもの、帰るところにあるまじや、と歌われた町の風情だね」
 失恋の痛手を抱え、旅情に誘われた青木は言った。
「そうか? 近くに住んどると、あんまり感じんわ」
 中西は笑った。中西は学生時代、小説を読むのが好きな青木と違って、漫画本をよく読んでいた。
たどり着いたのは、中西の中学の同級生が経営するカフェバーだった。
カウンターに座って、2人は昔話に花を咲かせた。
 
 下宿時代の風景が頭をよぎった。20代の若者たち。住宅街の狭い部屋。銭湯、コインランドリー、街角の大衆食堂、麻雀店、パチンコ店、覚えたばかりの酒の引き起こす失態の数々、夜中まで語り明かす恋愛と青春と若者文化。
青木は、中西も自分も10年の年月を経て健在でいることをうれしく感じた。
今、自分は80年90年の人生の歳月の中で、貴重な瞬間に立ち会っているのかもしれないと感じた。自分たちは限られた生の時間の中を、同じ速さで、同じ年令で、同時に生きている。住むところは違っても、生きる時代は共有している。毎日一歩ずつ歩いて、1年、10年と時間が積み重なっていく。同胞との連帯感のようなものを改めて味わった。
2人の話題は、懐かしい昔の学生時代から社会人の近況へと変わった。中西には、もう妻と子どもがいた。独身の青木は、自分のこのごろの様子を聞かれて、由美に振られた顚末をうつむきながら打ち明けた。
 
 そんなところに、20代らしい若い女性客が、泣きながらゆがんだ顔で店内に入ってきて、カウンターにうつ伏せになった。その女性は、ひとしきりマスターに何か訴えたあと、まもなく外に出て行った。
「あの子は、しょっちゅう振られて泣いてるんや」
 友人のマスターは苦笑しながら、あきれ顔で青木と中西に言った。
 青木は、マスターにも自分の失恋話が聞こえたかと思った。同時に、どこもかしこも同じか、と冷めた気持ちで思い、自分の傷心が、わずかにいやされるような気がした。はるばる訪れた遠方の土地で味わう旅情が、日常生活の閉じた感情を解放してくれるように感じた。
 深夜、ふたりは帰りのタクシーの中で酔った口調で、約束した。
「10年経って再会したんだから、また10年経ったら会おうや」
中西の自宅前にタクシーが乗り付けた。豆腐店の奥の座敷で、両親や妻子がこちらに顔を向けた。酔って上気した顔で、青木は愛想笑いをして形だけあいさつした。
 
 青木は翌朝、北陸の都市を離れると、今度は大阪に向かった。
 大阪にも北陸の都市と同じで、あまり来たことがなかった。観光ガイドブックを眺めて繁華街を歩き回り、活気に満ちた関西の大都会に驚いた。
 昔、学生の頃に好きだった万里が大阪に住んでいると、風の便りで聞いていた。
万里とはそれなりのやりとりがあり、交際を申し込んだが、結局は断られた。自分が一方的に思い詰めただけで、自分が相手を求めるほど、相手は自分を求めていないことがわかった。
卒業の時期が来て、別れのときを迎え、もう二度と会えないかもしれないと思い、青木は涙を流した。2人とも東京でひとり暮らしをしていたが、万里は大阪に転居し、青木は関東の実家に戻った。別れたあとも、青木はその面影を何年も忘れることができなかった。
 その万里に不意に会いたくなった。
恐らく、由美に振られた辛い感情が、そのきっかけになっていた。
別れるときには、万里には特定の交際相手はいなかったという記憶が残っていた。それでも、長い年月がすでに経っていて、相手が結婚していても仕方がないと思った。
 
 大阪の町を歩いて見つけた電話帳や雑誌で、風の便りで聞いていた住所や勤務先をさがした。しかし、万里の電話番号は分からなかった。突飛な行動に出た。数カ所、可能性のある番号に電話して、電話口に出た相手に、闇雲に万里という女性がいるかどうか尋ねてみた。期待する返答は、どの相手からも得られなかった。
 ビジネスホテルの1室で夜を迎えて、青木はため息をついた。目下の恋愛がうまくいかず、自分は愚かにも逃げ場をもとめて悪あがきをしているのか、いったい何をやっているのかと自嘲した。
 由美や万里、それに最近の小さな失恋の相手が心に戻ってきてつらくなった。初めて寝る部屋の天井を見つめ、涙がこぼれた。
 
 北陸の旅行から戻って、数日が経った。
青木は、由美が総務課のアルバイトの女性のところに来ているのを見た。不思議な生き物を見ているような気分だった。自分の心をかき乱す相手が、無頓着な態度で、そこにすわっていた。
由美は意識しているのかいないのか、青木の方を見なかった。青木は、もう由美に会いたくない、由美を忘れたい、由美に関わり合いたくないと思った。考えれば辛くなる。もう関係が途絶えているのに、由美は自分の前に姿を見せる。それは意図したわけではないかもしれないが、腹立たしくさえ感じた。
 
 由美から決定的な返事をもらってから一週間くらい、ひとりになったときに思い出しては静かに泣いていた。そんなことは、これまで何年もなかった。日中、職場の机についていると、前の晩に流した涙で、自分の目が腫れているのがわかった。そんな顔を周囲の人から見られて、何か言われるのを恐れた。
 総務課の人たちを見るたびに、由美がいた頃のことを思いだし、つらい気持ちになった。
 親友と母親には、事の顛末を打ち明けた。
 秋山は客観的な意見を口にした。
「でも、その人の心に、何かが刻み込まれたんじゃないの?」
 母親の口調も冷めていた。
「きっと向こうは、それほど好きじゃなかったんだよ」
 青木は、どの意見も黙って聞いた。
 休日には、どこかで面白いイベントがあると進んで出かけた。時間をもてあましていると由美のことを思いだして、辛くなるのを恐れた。何かしていないとたまらない気持ちだった。
 しかし、器にたまった水は、上からフタをして押さえつけようとしても、ある夜、一気にあふれ出した。
 自室で一人きりで、思いっきり声をあげて泣いた。アパートの一室で、誰にも自分の声を聞かれる恐れはなかった。我慢していた悲しみをすべて吐き出すように、思う存分に子どものように泣いた。
 青木は自分を見つめながら改めて思った。
 成人式を迎えて12年が経っても、8才も年下の娘に振られて、自分はこんな風に泣いている。同年代の者たちの何人かは、とうに結婚して子どもを育てているのに、自分はまだ青春の荒波の中にいる。恋は実らないまま、また年をとっていく。
 由美のような、本当に美しいと思える女性とは、どこかで見かけることはあっても、もう言葉を交わして知り合うことはないだろう。あの魅力的な女性は、もう永遠に自分の手に入らないとは、なんと嘆かわしく口惜しいことか。
 
 ある日、東京に住む気のおけない旧友が、青木の住む町に訪ねてきた。2人は、近くのゴルフ場の短い山間コースに出て、プレイを楽しんだ。青木は、静かに穏やかな気分で友人と遊び、由美のことも含めて近況を語り、また会う約束をした。問題は何も解決しなかったが、話を聞いてもらえるだけで、胸のつかえが少しだけ取れるような気がした。
 
 青木にとって暗い苦悩の日々が続いた。
 これまでの成り行きを自分なりに客観的に見つめた。
もう電話することはできないし、電話しても無駄だと思った。電話するまいと改めて決めた。
自分は、好きになる相手を間違えたばかりにとんだ苦労をして、とんだ道草を食ってしまった。もっと恋愛の駆け引きで、利口に立ち回るべきだった。時間も労力も損をしない方法は、他にあったような気がする。
 しかし一方では、微かな爽快感も味わっていた。由美と無関係になり、人間関係のしがらみから解放された気がした。これまでずっと、同じ職場で周囲の目を気にしながら、思いを寄せる由美への接触を考え続けてきた。そんな窮屈で煩雑で、心の安まらない境遇には、もう戻りたくなかった。
 青木は失恋の悲哀と失望の沼から、自分を救い出す方法を考え始めた。由美を好きだという気持ちを忘れてしまえば楽になれると、自分に言い聞かせ、そうなるように努力した。
 
 師走の声を聞く頃になり、私生活の感情の起伏とは無関係に、職場での仕事は続いた。
 無味乾燥な作業が続くと、退屈な代わりにそれは、失恋を忘れるために役に立った。多忙な仕事に取り組んでいるうちは、由美のことを考えずに済んだ。恋愛はしたくなければしないで済む道楽かもしれない。一方、目の前の仕事は生活に必要な収入に直結する、手の抜けない義務だと、無理矢理に考え込もうとした。
 由美は手の届かない過去の存在になった。見込みのある未来に目を向けた方がいい。代わりになる女性に目を向ける潔さと、それをためらう未練とが、胸の中で葛藤となって渦巻いた。
 青木の由美への働きかけを知っていた職場の上司大塚は、別の女性の見合いの履歴書と写真を持ってきた。どこからか、青木が断られたことを聞いて知ったらしかった。青木は、大塚が好みではなかった。人柄は良かったが、粘着質で融通が効かない風に見えた。     青木は、今のところ、別の女性に気持ちを傾ける心の余裕はなかった。その見合いの相手に興味も感じられず、程なく断った。大塚に対しては、何日か同じ職場で気まずい思いを味わった。
 
 ある日、青木は総務課の同期の村山に誘われて、繁華街の映画館で当時人気を博していた洋画を一緒に見た。
 青木は、自分が万が一、由美とつき合っていたら、村山との交際はどんなものになっていたかと想像した。自分は村山も知る職場の評判の美人に、周囲に内緒で手をつけた。由美はつき合っていた彼氏を振って、自分と付き合い始める。彼氏はひどく傷つき、自分と由美を憎んで、3人の間で小さな争いが起こる。彼女の女友だちは彼氏のことを知っていて、由美に考え直すように勧める。自分はやがて由美との付き合いを遠慮するようになる。村山も自分と由美のことを、最初は、灯台もと暗しで信じられない気持ちでいるが、一歩引いて観察するようになる。由美は気丈夫な性格で、個人的な問題を、村山のような身近な人間に干渉されるのを快く感じない。それからどうなっていくのか。
 青木はそうして思った。失恋の原因は第一に、由美の気持ちが気心の知れない自分より、交際中の彼氏の方に傾いていたことにある。第二には、自分も由美も共通の人間関係のしがらみに負けたことにあるのかもしれない。
 
 アパートの階下の部屋に住んでいた、騒がしいカップルは、同棲生活に破綻を来したのか、いつの間にか出ていった。代わりに、顔を見るたびにきちんとあいさつする、静かなアベックが入居してきた。
 
親の勧めでしかたなく、青木はその日、地元の仲人に会ってきた。仕方ない、世間の付き合いだ、義理だ。そう思って青木は、親の言いなりになった。付き合っている相手がいないんなら、仲人の厄介になれと親は言っている。相変わらずうるさい。
 その高齢の女性は、近くに思い当たる人がいると言っていた。しかし、母親を通して数日後、タバコを吸う人はだめらしいと青木に伝えてきた。
 
この頃また、経歴書の紹介で、青木は1日に2人の女性とデートした。
相手には内緒で予定を組んで、午前と午後に分けた。掛け持ちすることに疑問を感じたが、休日はなかなか取れない事情もあった。しかし、ふたりとも特に気持ちの動かない、普通の女性で、どちらも希望しなかった。
 
 職場では、また新しく入ってきたバイト嬢は、美人だが人妻だと分かった。もう一人の、独身だが色気のあるバイト嬢は、1,2度男から電話がかかってきたようだった。
あるとき、青木のところに、大学の同窓会名簿が送られてきた。あの万里は、大阪のフランス人男優の事務所で仏語の通訳をし、スタイリストをしているらしいと分かった。傍目には、華やかに活躍しているように思えた。
 翻って自分は何をしているか、と青木は考えた。仕事に追われ、時々見合いして、時に女に振られ、情けない身の上に思えた。
 土曜日の朝、母から電話があった。見合いは全部断るんだから自分で探せ、といつにない調子で責められた。
友人の秋山に夜中の12時頃まで、なじみの喫茶店でたっぷりと今の心境を話した。母も父も弟も、そろそろ何とか身を固めろという。恋愛のこと、結婚のこと、人生のこと。話題は尽きない。


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