見出し画像

幸せな数日間を過ごしていた【オーストラリア・バイロンベイ】

誰も居なくなった家の中を通り抜ける風は、なんだかいつもより涼しい気がして、ベッドの広さも際立って見えた。

同じ街に戻って旅をする。ことは、こんなに楽しいことなのか、と私はまた新しい人生の遊びを見つけた気分でこの数日間を過ごしていた。

バイロンベイ。

いつかどこかに、腰を据えて暮らしてみたいと。私はこの旅を妄想するよりもずっと前から、思っていた。

遠くから吹く風。刻一刻と変わる海と空の色。ゆっくりと歩く人に、見たこともない太鼓の音色に合わせながら、踊る人たち。

こんなインテリアに囲まれて暮らしていきたい、と思わせる2階のテラス席のカフェに、ここにあるもの全部買っていい? と誰かに聞いてみたくなるようなショップ。

通りを歩けば間口の狭い魅力的なコーヒー屋さんや、パン屋さん、ピザ屋に、スムージー。あぁ、そういえば3日連続で食べてしまったあのキヌアボウルの味は、果たしてこれからの人生、再現できる日がきたりするんだろうか。もしできないなら、やっぱり私はもう一度あそこへ行かねばならない。

美味しいハンバーガーを頬張りながらお寿司を少しだけつまんだり、公園で隣り合わせた家族と少しだけ走り回って遊んだり。

灯台の上を泳ぐハンググライダーに思いを馳せたり、私もあんな風にサーフィンしたい、と夢中で沖を眺めて学んだり。

もちろんビールだって、ワインだって。

手を伸ばせば触れられる距離にいる人の、目を見つめて、笑って。

***

そんなことたちは、これまでの人生で、私はたくさんしてきたはずだった。そう、いつも通り。私の旅にとっては、ぜんぶ、いつも通り。

のはずだったのだ。

きれいな海が見たいと思って、海沿いの街を中心にこの1ヶ月半以上を過ごしてきた。ケアンズ、ゴールドコースト、パース、フリーマントル、ロットネスト。言ってみれば、シドニーだって海沿いの街だ。

長く旅に出る前も、ハワイやグアム、サイパン、バリ(なんてミーハーなんだろう)、イタリア、クロアチア、スペインでだって、どこでだって、私は「海が見たい」と思ってきたの。

けれどどうしてだろう。「やっと見つけた」「これが見たかった」と私はバイロンベイで思っていた。

いつもいつも、どこにいても、何をしても、探していた青と緑。

深い青でもなく、透き通るようなブルーでもなく、クリームソーダのような、淡くて不思議な、その水たまり。寄せては返す波は強くて、気を抜くと本当に「死ぬのかもしれない」と思う。(実際、一度死を意識した瞬間があった。このタイミングの判断をミスると、きっと私は沖に持っていかれて二度と戻っては来れないだろう、と思った足のつかない海の中)

溺れそうな、色の連続。

もうここに溺れてしまえたらどんなに素晴らしいか、と思わせる。少し危ない、私たちにとっては、きっと中毒性のある、あの景色と空気、人、人……。

***

一人で旅をすることは、とても楽しいことだと私は思う。どこへ行ってもいい、行かなくてもいい。360度が自由な世界で、笑い合う人も、見つめる先も、誰も知らない。私だって、知らない。明日から何をするかなんて、別にいつも決めてないのだ。

けれど、でも。

「あなたとの出会いは世界を変えうるのかもしれない」と、同時に私は思っていた。

居なくなった世界がモノクロになることは決してないとは思うけれど、ここにあなたが居てくれたとしたら、私はきっともっと楽しいのに。

ねぇ、もう一度、会えるかしら。

バイロンベイ。もう一度行きたい。そう思いながら、いつまでもここにいるわけに "今は" いかないと分かっているから。空港へ足を向けて、そろそろ次の国へ行きましょうよと心が言う。


ニュージーランド。まだ一度も足を踏み入れたことがない。

もう少し行けば、南極だ。私はまたそこで、「ここが好き。ずっと探していた」とでも思ってしまうのだろうか。

とにかく、幸せな数日間を過ごしていた、私。まぶたの裏に焼き付く、押し寄せる波と、青ピンク紫オレンジetc...グラデーションの美しさ。隣で笑う、愉しい人。

さよならバイロンベイ、またすぐに、来るわ。


いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。