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身軽になった気持ちと荷物、「まるで夢の景色のように」【タイ・バンブー島】

「それはまるで、夢の景色のように」と、船に乗った帰り道、星空へと変わっていく夕焼け空を見つめながら、心の中で何度も、なんども繰り返す。

昼から夕へ、夕から夜への、息を呑むような空、波、音の変化と調和。誰もいない無人島の海のビーチで、ひとり立ち尽くすのは私。止まらないのは、シャッターを押す指だけ。

降り注ぐ陽射しに肌を焼いていたのは、ほんの1時間ほど前のことだった。信じられないほど透き通った、海、うみ、なみ。まるでそれは、三ツ矢サイダーのように、となんとも表現力のない言葉だけが浮かんできた。

一瞬雲に隠れた太陽が、もう一度顔を出して、今度は島へと沈んでゆく。進む夕暮れ、マジックアワー、黄昏時。彼は誰、かわたれ……。

何かの映画のワンシーンのようだ、とひとりで何度もなんども、シャッターを切りながら思う。ファインダーを覗く眼が止まらなかった。眼でそのまま見ればいいのに、手でつかめないそれらを、どうにかして記憶や記録に残しておかなければ、と半ば強迫観念のように、カシャ、カシャ、という音がやっぱりバンブー島に鳴り響く。

島がまるごと国立公園になっているそこは、17時でどうやらすべてのスタッフや、観光客が引いてしまうようだった。私がチャーターしたロングテールボートは、18時にこの島を出る、と私に告げた。夕暮れは18時半前。空が移り変わっていく様に、それに連れて水面が、鳥の声が、波の音が変わっていくその様に、私はもう釘付けで。

気が付けば島に、私のボートだけ。マジックアワーの美しさに頭が呆けて、約束の18時をとうに過ぎていることに、夕暮れが終わってからやっと気が付く。

船頭のおじさんが、私が遅れているのを分かって、いいよと手を振ってくれたりする。

船に乗るまでに、その透き通った海を踏んで、膝上まで海に浸かりながら、はしごをたどって甲板に出る。ぴちゃり、と音を鳴らせるその下で、熱帯の魚たちがゆったり静かに、今日も変わらず泳いでいた。

ゆっくり、ゆっくりとその無人島を離れる、小さなボート。車のエンジンを改造して載せたという、どこか聞き覚えのあるエンジン音を響かせながら、海の向こうに見えているピピ・ドン島に向かう。

ここからなら、40分もあれば戻れるだろう。

遠くにはクラビ、ピピ・レイ島、モスキート島(なんて名前なんだろう)、ほかにも名前の知らない離島がたくさん並んで見えていた。

ここは、島に囲まれている島なのだ、とぐるり360度周りを見る。

青からピンク、オレンジ、赤、紫、蒼、紺。あぁ色が、変わっていって、星が光って、街に明かりが灯って、昼が、夜に。切り替わって、ピピ島はまた、違う島に。

変わってく。変わっていくなぁ、と、貸切状態の無人島から、正真正銘貸し切りのロングテールボートのエンジン音に見送られながら、アンダマン海を南に向かって進んでゆく、1月中旬のタイ。

美しい場所が、世界にはたくさんあるな、と真っ黒になった海と波を触りながら、噛みしめる。旅に出てもう久しい。家を失ってもう結構経つし、スーツケースとポシェットひとつで今回は機内持ち込みサイズだけで旅に出た。

もう少し、もう少しこの暮らしを続けたいな、と願ってやまない。できることなら、もう少し。そのためにもっと修行が必要ならば、どんなことでもやってみたい。と、やりたいこととやれることを数えながら、身軽になった荷物と私は、もう一度船を降りて、陸に立つ。


いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。