見出し画像

1年半の旅の終着、前向きに「日本へ帰ろう」と思えた場所 【ベトナム・ホイアン】

旅をしていると、時折どうしようもなく美しい時間に出会うことがある。同じようなことを感じたことが、これまでも何度かあった。何度も。

たとえばクロアチアのドゥブロヴニク、スプリット。石畳響く夏の音、小さな猫が私の膝に乗る瞬間。この夜が明けないで、と願ったこと。

オーストラリアのフリーマントル、ロットネスト。フィンランドのヘルシンキの教会の坂の上で、ひとり夏の風に吹かれたこと。

なんてことない日常の積み重ねが、人生を輝かせるのだと、私は非日常を積み重ねる旅の中で、何度も知った。思い知る。

きっと今日の、今の瞬間もそうなのだろうと、今が過去にならないうちに、刻一刻後ろへ流れ行く「いま」を掴みたいと、泣きたい気持ちで私は思う。

旅を続けていると、時折自分はどうしようもなくヒトリだ、と感じることもある。けれどそれは独りではないことの裏返しで、私はいつもひとり異国で誰かに話しかけてもらっていた。

ベトナムは、ありがたいことにとてもたくさんの人やコトに出会えた2週間だったな、と終わってもいないのに振り返る。

今日眠って、明日の夜眠ったら、目が覚めて私は成田にいるんだと思う。この数年、何度も空の上で眠った。星や月、雲の向こうに別のどこかがあることを夢見て、捨てきれずに何度も、何度も。

それももしかしたら、「満足」の域に達したのかもしれないぞ、と私は先月の香港、タイ、ラオス、カンボジア。そして今回のベトナム渡航で思っていた(にしても最近アジアが断トツに多いのはなぜなのだろう……)。

この1年半で、間違いなく私の人生は変わった。変えたのだ、と思いたかった。家を失くしても大切なナニカを手放しても、私は私で変わらなかったし、世界は相も変わらず綺麗だった。日はまた昇るし、季節もめぐる。めぐらないのは私が季節に逆らう時だけで、冬が春になったり、秋が夏になったり、梅雨が乾季に魔法をかけられたりしていた。

***

ねぇ、と小さな女の子に話しかける。この席で仕事をしなよ、とマスターが薦めてくれる。僕は先月まで3年日本で働いていたんだ、と「コンニチハ」「アリガトウ」がベトナムに響く。そばでは波の音がして、遠くにランタンの灯りがともる気配がした。みんな肩や足を出していて、極彩色の衣類を身に纏っていた。風は気持ちがいい、春夏のそれだった。

私はまだ旅をしている、と思う。そしてまだ続けたいのか、という問いを向ける。答えは随分前から知っていたのだと思う。

「そろそろ、ひとところにとどまって何かを温めよう」。生まなければ、いけないような気がしていた。生みたい、という気持ちを超えて(言っておくが、別に出産を直接意味したわけじゃない)。

人生において、移動や旅、新しいことに出会うことをやめる気は毛頭ないし、否正確にいえば、やめられる見通しが立たないぞ、と思っていた(なぜなら仕事が移動とほぼイコールになっているから)。

けれど私は久しぶりにひとところにとどまりたい気持ちを持ったし、ここまで自由に、気持ちもお金も時間も仕事も自由に。自由にさせてもらえたホイアンでの素敵な暮らしを噛み締められたから。もう、一旦いいんじゃないか、って思ったの。

いつもよりずっとずっと、日本に帰るのが楽しみだった。どちらかといえば、もう一刻も早く戻りたいくらいだった。多動を解放して1年と半分。やっと見える範囲での臨界点に達したのだと、私は風と夜に揺れるランタンを見て、思う。


いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。