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読後感想 東浩紀著『ゲンロン戦記』

ゲンロン戦記。


お世話になっている方から薦められて読んでみました。
哲学でちゃんと食べていける人が、敢えて起業して10年。失敗を繰り返し、ようやく成功してもまた次なる山が連なり、一寸先は闇…というような、リアルな苦闘の記録です。

本質的ではないことこそ本質的

ウチも営利法人化して去年で10周年だったこともあり、身につまされることだらけでした。

私はどちらかというと、東さんというより、東さんをずっと支えてこられた上田さん(現 ゲンロン社長)的な立場で経営には関わってきたので(社長はやってませんが)、東さんの葛藤や、無意識に生じてくる理不尽さなど、全て体験したわけではありません。

ただ、本質的に金勘定から遠い人間が、経営者として切り盛りしなければならない場合の「あるある」が、我がことのようにささってきました...。
経営とは全く縁のない人が、初めて経営してみて、やってしまうこと全てやってきたんだな、と。

ウチは夫と会社をやってるんですが、夫君の本業は経営とは縁のない音楽家です。なので、より真に迫るというか、自分ごとすぎて泣けてきました(涙)

でも、さすが哲学者だなぁと思います。
なんだかんだ言って、ちゃんと原点に戻ってるところがすごい。

ひっちゃかめっちゃかの10年を敢えて公開する。そして、やっぱり「経済を回していく」こと、地味に領収書をエクセル化して、紙に貼ってファイルを棚に並べて整理していくこと抜きに、哲学を実践ことはできない、と断定する。

本質的なこと、例えば東さんなら哲学書を書くことはもちろん大事だけど、『一見本質的なことでないことこそ本質的』で、『本質的なことばかりを追求するとむしろ新しいことは実現できなくなる』と。

まさにその通りだと思います。

会社は本来、事務や管理がきちんとしていないと、ちょっとも回らない。だからそこにしっかりお金を割く。とはいえ、一見、事務や管理なんて、確かに本質的じゃないように見える。

東さんによると、「ぼくみたいなやつ」を集めていても結局はうまくいかない。ホモソーシャルは、仲間同士にはなれるけれど、支え合う共同体にはなりにくい

こういう部分はおそらく誰もが体験するところだと思います。ウチも最初は苦労しましたから、よくわかります。

東さんも言ってますが、ホモソーシャルな集団は、結局は足を引っ張り合ったり、各自が自己実現を通そうとしたりするため、引っ掻き回されることの方が多い。ホモソーシャルから脱却して、「ぼくみたいじゃない」支えてくれる人を周りに集めていって、はじめて役割も分担できるし、組織が有機的に回り始める。

実際には、地味に事務方をやってる人間がいるところは、どうにかこうにかでもやっていける。本質的じゃないことが実は本質的、ということにも通じる話です。

ちなみにこれは、自分の経験から常々感じていることですが、本当に仕事ができる人、いいものを作る人は、自己管理や事務仕事もソツなくこなします。いいセンスや意表をつく発想は、そのベースが大前提だし、きちんと仕事として成立させるには、そのベース〜一見本質的じゃないように見える本質的なこと〜の上にしか成り立たないように思います。

100万人のフォロワーより、100人との深い繋がりを

ほんとうに反資本主義的で反体制的であるためには、まずは「反スケール」でなければならない。

100万人のフォロワーではなく、面白がってくれる100人と繋がろう。

ゲンロンでの10年は、まさにそれだったそうです。

あくまでも経済にこだわり、「お金を払って」見にきてくれる人を大切にする。テーマや内容によって来たり来なかったりする人も当然いる。
スケールから離れて、地味に経済を回すことを考える

なるほど!と膝を打ちました。
実は、コロナ時代に入り、全くスケールなんか相手にしてこなかった人までがyoutuber化し、広告収入をいかに得るか苦心しているのを見てきて、気持ちは痛いほどわかるんだけど、なんだか腑に落ちませんでした。

本来アーティストは、自分のやりたいこと、やるべきことを作品にして、それを世に問う、というスタンスなのだと思うのですが、そんな彼らでさえ、お客さんの反応を気にしながらどう「ウケるか」をメインイシューとして考えているように見える(もちろん、全てのアーティストが、というわけではありません)。

みんなスケールに押しつぶされて、芸術の質どころか、鑑賞の質も落ち、結果画一化してしまうのでは、と密かに危機感を募らせていました。

スケールに飲み込まれず、地味に経済を回す小さな会社であり続けることが、実はすごく重要なことだったのか、と。

そういう意味では、自分たちがやって来たことも、間違いではなかったと改めて感じました。

コロナ時代のコミュニケーション

上述のような「反スケール」が、コロナ時代の新たなコミュニケーションのあり方の、大きなヒントになるのではないか。

東さんは、仕事もコミュニケーションも、思いがけない誤算〜誤配〜が起こるから面白いし、そこがむしろ重要だといいます。

私もなんなら人生「誤配」ということに尽きるなと思っています。
会社に関しても、自分が投げた一投が、全然違う形で返ってきたり、予想もしなかったグレードと波紋を伴った、という経験を何度も味わって来ました。

まさにそういった「一座建立」が面白くてやってたんだなと。

*****

「誤配」と「即興」が効かないオンライン中心のやりとりの中で、如何にして一座建立が起こりうるか。密のない非接触の世の中で、一体どんな文化が起こりうるのか。

まだまだ途上ではありますが、個人的には、超アナログ、ローテクなコミュニケーションと、オンラインなどの非接触との同居に、何か新たな可能性があるんじゃないかと思っています。

例えば、中世の男女のように、後朝の歌を交わして、お互いの気持ちを確かめ合う。人生の中で大切にしたいものは、アナログ、ローテクを駆使。ビジネスなど利便性が問われるものは、オンラインを活用する等々...。

きっとこれから、非接触中心の世の中はさらに進んでゆくでしょうけれど、人間が人間である限り、新たな文化が生まれると信じていますし、そのための自分なりの試行錯誤を、地味に続けていきたいと思っています。

おわりに


ゲンロンの10年と、自分の経験があまりにリンクしていたため、純粋な感想とは言い難く、色々と私見も思い出して、あちこち話が飛んでしまいました(苦笑)

学生さんやこれから企業を考える方も、まさに現在、経営で苦しんでいる方も、過去にそんな経験をされた方も、とにかくあらゆる人に、その人なりに引っかかるフックがちゃんと用意されています。

かなり悲惨な経験もされているのですが、その都度の正直な思いなんかもストレートに書かれていて、読んでいて気持ちがいい。

読後は不思議と元気が出る本。

オススメです。


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