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ゼレンスキーに花束を Квіти для Зеленського

ともこさんの井戸端ウクライナ解説 Vol.1
ー普通のおばさんだからいえることー


7月5日(金曜日)日本時間の午後8時、HANAさん主催のオンライン懇親会が開かれました。日本では都知事選の話題で持ちきりのなか、遠い異国からの報告に時間を割いていただいて、嬉しい限りです。

私にとってオンライン懇親会はおよそ2ヶ月ぶり。現在、ウクライナ全土は長時間の計画停電実施中なため、自宅からではなく、うちの近所にあるコワーキングスペースからの参加となりました。オンライン会議のときはいつも傍に控えてくれている猫たちもいないため、柄にもなく若干緊張して臨みましたが、HANAさんの提案で私が一方的にお話するのではなく、皆さんと一緒にお話する形で進行。地元関西や第二の故郷北海道から参加してくださった皆さんのお国言葉にうるうるしつつ、楽しくお話させていただきました。お忙しいなかご参加くださった皆様、本当にありがとうございます!


今回も、いつもどおり、事前に皆様からいただいていた質問に答える形で、幾つかのテーマについて私自身の実生活に基づいた解説を加えてまいります。今回から、メーリングだけではなく、NOTEでも公開させていただくことになりました。一人でも多くの方に目にとまり、現在のウクライナ理解の一助になれれば幸いです。

Vol.1のテーマは多くの質問をいただいたゼレンスキー大統領です。

ゼレンスキーに花束を

質問 ウクライナの人はゼレンスキー大統領をどう思っているのですか?

ウクライナは一枚岩ではない国ですので、ゼレンスキーに対する見方も、人によって違うのは勿論のこと、地域によっても世代によっても性別によっても違います。

私個人の見方でいうなら、ゼレンスキー大統領は、歴史上のあらゆる大統領、あらゆる政治家と比べても、最も短期間で一国の元首として成長した人だと思っています。ただ、急速に成長して急速に人気を獲得した分、戦争3年目に入ってから、急速にそれらを失いつつあるように見えます。

私の暮らすリヴィウはゼレンスキーが選出された2019年の大統領選でポロシェンコ前大統領を支持した地域。当然、戦争が始まるまでは、ゼレンスキー大統領に向ける目も厳しいものがありました。

プーチンの言動が怪しくなり、アメリカの情報筋が「プーチンは戦争を仕掛ける」とはっきり警告したときも、ゼレンスキーはまだ曖昧にかわそうとしていましたし、彼の提案に対する庶民の反応も冷めたものでした。

人々がゼレンスキーを見る目に変化が生じ、大統領としてのゼレンスキーを厳しい目で見ていた人たちが彼を見直すようになったのは、戦争が始まってからです。特に、最初の一ヶ月で、目に見えるほど成長しました。どう成長したかというと、「ウクライナの男性らしく」なったのです。

ゼレンスキーは元々「可愛いタイプ」でした。小柄で小綺麗でこじんまりした少年っぽい男性です。それが戦争開始後の数日で、髭に覆われ、顔からあどけなさが消え、体つきが男性的になり、日に日に精悍になっていきました。

また、毎日執務室や出先から動画メッセージをすることで、ウクライナ語の運用能力が劇的にアップしました。リヴィウの私たちはその頃、主に女性同士で「ゼレンスキーってあんなにウクライナ語上手かったっけ?」と言いあっていました。

ゼレンスキーは元々ロシア語話者。勿論、大統領に就任してからは、公式にはウクライナ語で話し、ウクライナ語を推奨していましたが、普段はロシア語で話してるんだろうなぁと思える、癖のあるウクライナ語で、西ウクライナのウクライナ語ネイティブからはしばしば揶揄されていました。

そのウクライナ語が、戦争後の数週間で急成長を遂げました。私はウクライナ人に日本語を教えていますが、「毎日5分で良いから、日本語で話すと良いよ。毎日続けると、必ず上手くなるから、ゼレンスキーみたいに」とおしりをたたいているくらいです。

つまり、ゼレンスキーはごく短期間の間に、ロシア語を話す都会的でこまっしゃくれた男から、堂々とウクライナ語を話すウクライナの男になったのです。

ゼレンスキーはアルジャーノンになるのか?

ゼレンスキーとザルジュニー(「ル・モンドより」)

戦争の始まりとともに急激に人気を高めたゼレンスキーでしたが、戦争2年目の後半くらいから、急激に人気が下降します。詳細な解説は別の機会に譲りますが、人気下降の最大の原因は、戦争の長期化そのものといえるでしょう。戦争直後、ゼレンスキーが精悍な色気を醸し出していたのは、敵の矢面にたって陣頭指揮をとる悲壮なヒロイズムが受け入れられていたからです。

しかし、2年半の戦争の結果、実際に敵の矢面に立った兵士たちが何人も戦死しています。徴兵をおしすすめたゼレンスキー自身は生きています。戦争が長引けば長引くほど、兵士や一般人の戦死者が増えていきます。これは、どんな政治スキャンダルよりも、戦争当事国の首長としてマイナス評価につながります。

戦死者だけではなく、国民生活そのものが窮乏化していることも、大統領の不人気の原因のひとつです。現在の計画停電についても、2022年の計画停電のときのように、「ロシアがインフラを攻撃したから(我々は大変な我慢を強いられている)」とは、もはや誰も考えていません。対応のまずいウクライナ電力や、国民のことを考えていない現政権にも矛先が向かうようになっています。

ゼレンスキーの人気が凋落した最大のきっかけは、ウクライナ軍総司令官のヴァレリー・ザルジュニーを解任したことでした。ゼレンスキーは解任後、ザルジュニーを英国大使に任命しましたが、ザルジュニーがなかなかロンドンに赴任しなかったこともあって、二人の関係、特に、ゼレンスキーのザルジュニーに対する感情が取り沙汰されるようになりました。

このあたり、ヨーロッパ諸国では反ゼレンスキー派が声をあげるようになっていますが、日本は一貫して(ウクライナではなく)ウクライナ現政権を支援しているので、日本のメディアには届いていないようです。ゼレンスキーは、ちょうど政権末期のゴルバチョフのように、すでに国内では人気が薄いものの、アメリカや日本の堅実派からの人気で持ちこたえているようです。

私自身は、個人的にはゼレンスキーを応援したい気持ちはあるものの、戦争2年目の後半頃から、彼を見るたびに「アルジャーノンに花束を」のチャーリーを思い出すようになりました。自分のキャパを超えて急激に成長したゼレンスキーが、チャーリーのように、急激に得た能力を急激に失うことになるのではないかとひそかに危惧しています。

関連記事
ウクライナ人の特徴(ウクライナ通信 2022年3月7日ブログ)

ウクライナ人のヒロイズム その2(ウクライナ通信 2023年3月8日ブログ)

これらの記事は、2022年のロシアの侵略直後に書いた私のブログです。当時は、今とは違う目でゼレンスキーを見ていたのを思い出します。また、今読み返しますと、私自身があの頃はまだ自分たちがどういう状況に置かれたのかはっきり認識していなかったのが分かります。当時はまだ、リヴィウには安全神話があり、キエフやハルキウの友人から、そこにいれば安全だから動くなと言われていました。

ゼレンスキーのこれまでと今後については、10月に公開されるオンラインブックで詳しく書いていますので、そちらも合わせて読んでいただけましたら光栄です。

おわりに ちょこっと近況

現在、ウクライナ電力による計画停電がどんどん長時間化しており、今日の我が家の停電時間は14時間。昨夜から深夜にかけて6時間連続の停電で、今夜もこの後、7時間連続の停電が予定されています。

昨日は爆撃もひどく、キエフでは小児科病棟が被害をうけて、子どもたちや病院の従業員さんたちが負傷したり、亡くなったりされています。リヴィウの地方紙では、リヴィウ出身の若い看護師さんが亡くなったという報道もありました。今回のキエフの爆撃はごく普通の人々が住むところだったので、私の知り合いも、窓辺においてあった鉢植えが飛んでいった、と話しています。

こういう報道があると、「停電くらいで愚痴っていちゃいけない」という思いが胸に湧き上がってくるのも事実です。前線の兵士と比べれば、被災して大怪我をした子どもたちにくらべれば、たかが停電くらい・・・と。

思えば、この2年半、ずっとこんな風に考えて我慢してきたんです、私達はみんな。特に、女性はそうです。でも、私達にとって、今回の停電がこれまでのどの攻撃よりも体にこたえているのも事実なんです。私は、2年半の戦争で眠れなくなり、アルコールに依存して2.5キロ太りました。それが、このところの、連日10時間を超える停電のなかで、胃が締め付けられるように痛くなり、2週間あまりで2キロ痩せました。脂肪の方はまだスペアが充分ありますが、睡眠不足が深刻です。

高層住宅ですので、停電の間は重い荷物を持って何度も階段を上がり下り。オール電化なので、電気がないときはシャワーも浴びられません。炎天下で仕事をして帰ってきて、最後の力を振り絞って電気のない階段をのぼり、部屋に。暗闇の中、猫たちにご飯をあげて、洗い物とお掃除をして、ソファに倒れ込んで仮眠。数時間後に電気がついたら、また仕事、という日々です。うちは4階で猫だけなのでそれでもマシな方です。10階で子供を育てている友達は、暑さ(上階の方が圧倒的に暑い)と階段での移動と子どもの世話でかなり参っていて、ウクライナ電力への怒りを爆発させています。

次号のテーマ

次号のテーマは、「ウクライナの東西問題について」です。戦争開始後、ウクライナにおけるウクライナ語の立場がどう変わったかについて、私自身の経験をもとにお話します。

お話し会のお知らせ

次回のお話会では、私の本のメインテーマである「戦争のなかの男と女」についてお話しする予定です。お時間があって、少しでも興味を持ってくださった方は、ぜひぜひご参加くださいませ。

最後まで読んでくださってありがとうございます。



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