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35歳からのウソ日記47

2020年7月14日

最高のオークションだと気がついた。

オークションとは競売あるいは競り(せり)とも呼ばれ、販売目的で何らかの場に出された物品を、最も良い購入条件を提示した買い手(入札希望者)に売却するために、各々の買い手が提示できる購入条件を競わせる事である。

↑ これはコピペしました。

コピペとぺこぱは最高である。

オークションというとイメージするのは、有名な絵画を大金持ちたちが競い合っていたり、大間のマグロが今年はいくらで落札されたなどであって、どこか自分とはかけ離れたモノとして見ていた気がする。

金額も億という単位が動く。

万を動かすのにも慎重になる私とはやはり無縁であろう。

しかし、オークションという仕組みは実によくできていて、人間の欲望の掻き立て方を簡単に引き出してくる。

街中にあるATM以上に引き出してくる。

オークションというものを一気に身近な存在にしてくれたのがヤフオクではないだろうか。

私たち一般の人が売る側にも買う側にもなれるシステムは画期的だったと記憶している。

しかも何でも出品できた。

学生の頃は洋服などを安く落札しようと、他の落札しようとしているライバルたちの動向をチェックしていた。

終了間際となると激しい攻防が繰り広げられる。

もちろん自分の予算との戦いでもあるのだが、どれぐらい値を引き上げるかの駆け引きは少額の中でも行われる。

少なく金額を上げていき、相手の様子を伺うのか、それとも大きくあげて相手の勢いを完璧に失わせるのか。

勝ったときの喜びは大きい。

なぜなら勝った喜びと、欲しかったのものが手に入るわけだからだ。

負けたときのショックも大きい。

戦いに負けた上に、モノも手に入らない。

なので、結構ガンガン値を上げてくるヤツがいると、どうせ勝てないからと思い、そいつに少しでも高く買わせたくなり、自分の予算を超えた金額を提示するというイジワルもしたことがある。

そういう時は決まって、そいつがそれ以上こなくて自分が落札者になってしまう。

試合に勝って、勝負に負けたという感じだ。

後味は悪い。

先生の悪口を友達に話していたら、その先生が後ろにいたパターンくらい後味が悪い。

オークションというのは勝ち負けが存在し、そこには少なからずともお金が動く。

当たり前のことだとも思うが、私はテレビを見ていて勝ち負けがなく、お金も動かず、参加した人たちがみんな笑顔になるオークションを発見した。

それは、ダチョウ倶楽部さんの「どうぞどうぞ」である。

何か危険なことを誰がやるのかというやりとり。

俺がやるよ。と誰かが入札。

そうすると次は違う誰かが、俺がやるよ。と入札。

そして最後に上島竜兵さんが、じゃあ、俺がやるよ。と入札。

ここで待ってましたの「どうぞどうぞ」と譲っての上島竜兵さんの落札。

結果みんな大笑い。

どうですか。

最高のオークションではありませんか。

みんな「どうぞどうぞ」のやりとりコピペしてやったことありますよね?

それでは また あした で終わる今日 ということで。



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