「狂うひと」

メッチャ読み応えのある本だった。

昔、元妻が酷い統失を発症した時期に、島尾敏雄の「死の棘」を読んで、激しく共感したものだったが、その主人公である妻・島尾ミホの生涯を辿る評伝である。

島尾敏雄・ミホ夫妻、それぞれの日記や手紙、草稿、ノート、メモ書きなど、膨大に残された資料から、2人の関係と家族(2人の子供)、そして愛人の存在を紐解いていく作業だが、もうマジで凄まじい。

ある夫婦の愛憎の極北といっていい。

簡単にいうと、ある日、夫・敏雄の日記に書かれた、一行・十七文字を盗み見たミホが、精神のバランスを崩して、激しく狂気に陥り、敏雄は贖罪の意味でもミホに寄り添う。
しかし、ミホの狂気は止まることを知らずに、激しい発作を繰り返し起こし、敏雄を責め続けて、敏雄も狂気を垣間見て、2人で精神病院に入院する。
ミホは電気ショックなどの治療を受けて、徐々に寛解となって、敏雄と共に小説を書くようになる。
それから、敏雄は鹿児島・宇宿町に買った自宅で突然、脳出血となって還らぬ人となって(69歳没)、ミホは2007年に、鹿児島・奄美市の自宅において、87歳で同じく脳出血で没するまで。

敏雄の日記に書かれた一行の十七文字は具体的に何だったのかはわからないが、愛人の存在がわかる内容だったことは間違いないだろう。ミホはそれを機に、激しく狂うことになる。一旦、敏雄への尋問が始まると一晩中それが続く。

元々、ミホは、実の親に早くに死なれて、すぐに別の両親の養女となっていて、そこでは、一度も叱られた記憶がないというから、幼少期の育ての親との関係に、後に狂気に陥る萌芽があるのではと思う。

敏雄が死んで、年柄年中、喪服で過ごしていたミホだが、ここまで来ると、もう何が正常なことで、何が狂気の行動だったのかもわからなくなる。著者は、「絶対的な夫婦愛は後年、ミホが作り上げようとした神話だった」と書いてるし。敏雄もまた、全てをあからさまに書くことで、愛のある夫婦を作り上げて演じてる一面もあったようだ。

夫婦には、長男・伸三(写真家)と長女・マヤがいるが、マヤは、言葉を失い(失語症?)、52歳で早逝している。幼い頃から、あれだけ夫婦の諍いと母の狂気に接していれば、いろいろとトラウマになってしまうことだろうと思う。

敏雄もミホと出会う以前から、女性関係にだらしがない面があって、梅毒を移されたりしてる。ミホが子育てと家計のやりくりに苦労している時、外に出て遊んでたりするのだ。敏雄には、特攻隊で出撃命令を受けて飛び立つ準備をしていたが(その時にミホに出会う)、直前で終戦となって死ねなかったという負い目が、ある意味で自暴自棄的に女遊びに走るということに繋がったこともあっただろう。

2人の自宅に愛人が訪ねて来た時(仕事の言伝だったが)、ミホが発作を起こして、彼女に馬乗りになって組み伏せて、地面に顔を押し付けて首を絞めて、暴力を振るい、敏雄は何もできずに傍で佇んでいるということもあった。愛人が泣き叫ぶ。「敏雄さんがこうしたのよ!よく見てちょうだい!あなたは2人の女を見殺しにするつもりなのね!」。

南の島にやって来た特攻隊崩れの王子様のような背の高いイケメン男と、憎悪や嫉妬などの負の感情を知らずに幼児のように純粋な心のままに成人した島の女の、度を過ぎた甚だしい愛憎迸る人生…。その結果、生まれた文学は、やっぱり読む者の心を激しく撃つね。

映画もあるので観たい。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。