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アメリカの文化施設の寄付・会員プログラムの創意工夫8選

日本のファンドレイジング界隈では、国立科学博物館がクラウドファンディングで9億円を超える支援を集めたことが非常に話題となっています。今後、博物館を中心に文化芸術分野でのファンドレイジングが、より活発になっていくきっかけになるような事例だったと個人的に感じています。

海外諸国でも博物館や美術館等の文化施設(Museum)がありますが、来館者数の減少等により、新たなファンドレイジングの必要性に迫られています。

書籍「Museum Membership Innovation: Unlocking Ideas for Audience Engagement and Sustainable Revenue」において、アメリカの文化施設を中心に、海外の様々なMuseumsの寄付・会員プログラムの創意工夫のケーススタディが掲載されていたので、日本の文化芸術分野のファンドレイジングに携わるみなさんの参考になると思い、本記事で紹介させていただきます。


事例①会員の体験価値を高めるSummer Adventure:カーネギー博物館(ペンシルベニア州ピッツバーグ)

カーネギー博物館(Carnegie Museums of Pittsburgh)は、実業家および慈善家のアンドリュー・カーネギーが、1895年11月に始めたカーネギー研究所(現在のカーネギー美術館)が徐々に成長していき、カーネギー美術館、カーネギー自然史博物館、カーネギーサイエンスセンター、そしてアンディ・ウォーホル美術館の4つから成り立つ博物館の総称。

特徴

2011年、会員担当チームは、会員の夏の現地体験を向上させるために「Summer Adventure」と名付けたパイロットプログラムを開始した。当初は、4つの博物館それぞれでモバイルデバイスを通じてヒントを受け取り宝探しを行うものだったが、参加者はたったの24人。

しかし、会員担当チームは収集したデータをもとに、何が機能して、何が機能しなかったのかを分析。会員や来館者が博物館とつながるための複数の機会を提供することが重要であると考えた。加えて、それまでの夏のイベントやアクティビティには統一されたコンセプトが欠けていたことに気づいた。

それから、Summer Adventure専用のチャットボットとして、アニメーション化した創設者アンドリュー・カーネギーが受け答えをしてくれるAndy CarnegieBotを制作。イラストレーターのRon Magnes氏に依頼して、博物館周辺のピッツバーグの風景を、宝探しのための地図イラストとして作成。博物館への堅苦しいイメージから陽気なイメージに変える意図で、明るく風変わりなイラストをベースに会員体験のブランディングを統一させていき、夏の各種イベントを企画していくことにした。


アニメ化されたカーネギーが載った会員限定Summer Adventureのキービジュアル(博物館ウェブサイトより)

試行錯誤を年々重ね、宝探しをクリアした会員には景品を用意したり、宝探し以外にもトリビアナイト等の夏のイベントを追加した結果、2018年にはSummer Adventureのメインコンテンツでもある宝探しの完了率は、25%→43%に上昇。814人がAndy CarnegieBotの利用者は814人で、そのうち60%が女性であったことから、博物館の主要なターゲット層の一つでもある、子どもを持つ若い母親層に響くコンテンツである可能性を見出せたそう。

Ron Magnes氏のイラストを使った宝探しスタンプカードの表面(Cliff Knecht Artist Representativeの記事より)

2019年のSummer Adventureには、総勢1,038人が参加した。予想以上の採用率を示しました。前年のデータをレビューし、宝探し後の景品を無くし、宝探しのヒントを簡略化や館内スタッフからもヒントが参加者に伝えられる等の工夫をしたことで、宝探しの参加率は2018年比で136%増加となった。

参考にしたいポイント

特徴的なのは、2011年のパイロットプロジェクト実施時から2019年まで、このプロジェクトを放棄せずにデータを収集し、改善を積み重ねてきた点であると言える。2011年の開始当初は24人の参加者だった結果は、多くの組織では失敗例とみなして、プロジェクトを止める意思決定を下す可能性の方が大きい。カーネギー博物館の事例からの学べることは、一概に失敗と断じずに、「何が機能して、何が機能しなかったのかを分析すること」を第一歩とすることのように思う。

事例②ファンドレイジング・キャンペーンを活用して新規支援者を獲得:ヒューストン宇宙センター(テキサス州ヒューストン)

ヒューストン宇宙センター(Space Center Houston)は、アメリカ航空宇宙局(NASA)の公式ビジターセンターで、宇宙開発に関する展示やアトラクション、シアターがある。

特徴

人類発の月面着陸に成功したアポロ11号の当時のミッション・コントロール・センター(管制室)は、1985年に歴史財に指定されたが、保存維持のための資金不足により、2015年には維持管理状態が危機的状況になっている文化財にリストアップされた。

2017年、アポロ11号の月面着陸50周年が迫るNASAは、ヒューストン宇宙センターがリード役となり、歴史的な偉業を成し遂げた当時のミッション・コントロール・センター(管制室)を完全復元することを目的とした500万アメリカドル(約5億5500万円)のファンドレイジング・キャンペーンを開始した。

2017年7月20日、クラウドファンディング・プラットフォームKickstarterを使ってクラウドファンディングを開始。10ドル(約1,110円)のリターンのデジタルダウンロードから、1万ドル(約111万円)のリターンにはアポロ11号のディレクションを当時務めたNASAフライトディレクターのGene Kranz氏によるパーソナルツアー等、様々な特典が用意された。

結果として、クラウドファンディングの当初の目標金額25万ドルの倍に相当する50万6905ドル(約5,626万円)の支援が4,251人から集まった。そのうち、3851件が有効なデータ(さらに、わずか36人(0.9%)が既存寄付者で、19人(0.5%)が既存会員だった)として支援者管理データベースに新たに追加された。

その成功要因として、前年の2016年にスミソニアン博物館(Smithsonian Museum)がアポロ11号のアームストロング船長が着用していた宇宙服を保存・修復し、一般公開するための「ReBoot the Suit」というクラウドファンディングで、総勢9,477人から約72万ドル(約7992万円)の支援を得て、宇宙科学のファン・コミュニティやアメリカ国内外からも注目を集めていた社会的な流れがあった上で、他のプラットフォームでなくKickstarterを選んだことで、新規支援者および潜在支援者へのアウトリーチができたと分析されている。

また、クラウドファンディング開始前からSNSやメディア取材、メールマーケティング、街頭広告、デジタル広告等の複数の広報チャンネルを活用し広い広報周知を積極的に行っていった。それによって、約300のキャンペーン関連のニュース記事が掲載され、4億以上のインプレッションと180万ドル相当の広告価値を獲得。SNSコンテンツは2億人以上にリーチし、SNS広告でさらに2,300万のインプレッション(うち1,600万が国外インプレッション)を獲得した。

その甲斐もあってか、クラウドファンディングへの支援以外にも、近くのウェブスター市(Webstar City)から管制室復元プロジェクトに対して約350万ドル(約3億8850万円)の寄付・補助金が出され、クラウドファンディング以外の資金提供を誘発できたことは特筆すべき点であると言える。

参考にしたいポイント

2024年現在では、日本社会全体のクラウドファンディングの経験知が溜まってきていて新鮮には感じられないかもしれないが、「クラウドファンディングをクラウドファンディングだけでの単なる資金調達に終わらせていないこと」からは学ぶことが多いであろう。

アポロ11号関連という世界的な知名度の「コンテンツ」を持っていることや、前年のスミソニアン博物館のクラウドファンディングで社会的な関心や注目が集まっていた分野だったからこそ「追い風」があったことが大きかったとも考えられるが、広く多様な広報チャンネルを活用したことで、ウェブスター市から大口寄付と助成金の資金提供を得たり、新規層の獲得とそのセグメントを見つけることにつながったことに着目したい。アメリカ国外からの寄付や会員入会の可能性を見出し、現在はアメリカ国外の人達も対象である旨の記載が所々にある。まさに「クラウドファンディングを今後につなげた事例」の模範例と言えよう。

事例③無料会員制度DMAフレンズの失敗からの教訓:ダラス美術館(テキサス州ダラス)

ダラス美術館(Dallas Museum of Art、略称DMA)は、エジプトやギリシャ、ローマの古代美術からアメリカの現代美術まで幅広く展示していて、「芸術は全ての人に贈られるべき贈り物(Art is a gift meant for all)」の考えのもと、2013年に導入した入場料無料を2024年現在も続けている。1984年に現在のthe Arts Districtに移転され、建築家Edward Larrabee Barnes氏によって設計された建築も見どころの一つ。

特徴

どのような文化施設でも、「無料化」を一度は考えたことがあるのではないだろうか?

2013年、ダラス美術館は入場料だけでなく、無料会員「DMAフレンズ(DMA Friends)」を会員メニューに新たに導入した。登録に必要なのはメールアドレスのみで、他の会員メニューと同様に施設内でのカフェやグッズの割引、イベントへの無料参加権を得ることができるものだった。これは、複数年の資金提供が約束される助成金があったうえで実現したもので、同時に、個人や企業、財団からの寄付を得るためのDMAパートナーズプログラムという仕組みも導入。

DMAフレンズが始まって2年後、ダラス美術館はこのプログラムに10万人の来館者が登録し、そのうち96.8%が新規会員であることを発表した。しかし、有料会員数を見てみると、2014年には15,119世帯だったのが2015年には12,869世帯(15%減少)となってしまったた。2017年12月末、ダラス美術館はDMAフレンズを終了することにし、伝統的な有料会員モデルに戻すことにした。

参考にしたいポイント

「助成金を原資にして、無料会員制度を新たに導入する」という大胆で新たなアプローチを取った点は、お金の使い方の観点や、組織として新しい取り組みを行っていくという姿勢には、多くの組織の参考になるであろう。

一方で、新たな会員メニューの導入という大掛かりなアプローチだったため、仮説・検証を繰り返して改善する余地がなかったことが分かる。また、公表された情報から推測すると、「来館者数の増加」を主な成果指標にしてしまっていたことが伺え、会員等の長期的なエンゲージメントにつなげるには、誤った指標を設定していたか、適切な指標を設定できていなかったことが伺える。

ダラス美術館が10ドルの入場料を廃止して、無料にした後、年間来館者数は23%増加し、初回来館者数は35%増加。2019年に、来館者数が約80万人となりピークを迎えた。(その後、パンデミックの影響で来館者数は減少)

しかし、書籍「Museum Membership Innovation: Unlocking Ideas for Audience Engagement and Sustainable Revenue」では、ほとんどの博物館では同様の結果が得られていないという指摘がされている。ダラス美術館の事例からも分かる通り、無料化は低所得者層や若年層の来館を促進する可能性があるものの、潜在的な有料会員を食い荒らしてしまうリスクがある。それに加えて、関連研究では、文化芸術に関心を持つ人達にとって、料金等の金銭的なコストが主な障壁なのではなく、他の余暇活動に費やす時間の方が、来館への直接的な障壁になっていることも分かってきているという。

なお、ファンドレイザーの視点も添えると、ダラス美術館の事例は寄付者や有料会員にステップアップしていきやすい構造になっていたら、違う結果をもたらしたようにも思う。

次に、ダラス美術館の事例を教訓としたようなボストン美術館の取り組みを紹介したい。

事例④トライアル会員を設けて年会員にステップアップさせた戦略:ボストン美術館(マサチューセッツ州ボストン)

ボストン美術館(Museum of Fine Arts Boston、略称MFA)は、アメリカ国外の美術品も豊富にあり、特に浮世絵や陶器等の日本美術のコレクションが充実していることが特徴。

特徴

2020年の創立150周年に向けて、新たに多様な属性の人達やコミュニティと関係を築いていくために「MFA Late Nites」と呼ばれる夜間イベントを定期開催し始めた。初開催の2017年10月には、日本アートをテーマとして現代アーティストの村上隆氏の作品を期間限定で展示し、それにあわせて、6か月のトライアル会員XPassを発行した。

2017年9月14日のfacebook投稿でのXPassのアナウンス(ボストン美術館のfacebook投稿)

価格は1人40ドル(約4,480円)、2人で55ドル(約6,160円)という手頃な価格に設定された。
※同時期のレートにもとづき、1米ドル=112円で計算。

また、2017年10月1日~2018年4月1日というXPass自体の期間と人気アーティストの展示期間をあわせて、村上隆グッズの限定割引や一般公開前の展示の早期観覧の権利等の限定感の高い特典を設けたことや、先述のMFA Late NitesではDJやパフォーマー、屋外ビアガーデンや日本のストリートフード等の様々な体験型イベントおよびアクティビティが行われたり、XPass自体をQRコードを使用してメールで配信されるデジタル会員カードの仕様でデザインする等、若い新規層にとっての参加のハードルを下げる工夫がなされた。

そして、期間中に、年会費10%割引等の3回の一般会員入会促進のためのアプローチを行った結果、576人(新規59%、過去の会員7%)がXPassに登録し、そこから98人が新たに年会員に登録した。

参考にしたいポイント

「期間限定だし、この機会に試しに加入してみよう」と思えるような期間限定の新規層を惹きつけるようなコンテンツとあわせて運用することで効果を発揮する。また、一般会員へのステップアップ等の「その後」も見据えた戦略も予め入念に作り込んでおく必要があると言え、その導線設計が甘いとダラス美術館の事例のような失敗事例となってしまうことが容易に想像される。

事例⑤会員プログラムの刷新し、収益増とロイヤリティ向上を両立:ロングウッド庭園(ペンシルベニア州チェスター)

ロングウッド庭園(Longwood Gardens)は、年間150万人以上の訪問者を迎え入れるペンシルベニア州チェスター郡にある1,000エーカー(約4.047㎢)の広大な敷地を持つ美しい庭園である。

2007年当時、16,000世帯が利用するフリクエントビジターパスを、より充実した会員モデルに移行した。特典の拡充と会員体験にフォーカスしたことにより、2016年には会員登録世帯数が約65,000に達したという。しかし、この会員プログラムの成長と優れた顧客体験を提供し続けられるかに疑問を抱いたロングウッド庭園は、会員プログラムの刷新を決めた。

特徴

新しい会員プログラムは、2016年8月から開始した。刷新にあたり、「会員プログラムの完全な刷新」「リブランディング」「会員レベルと特典の再構築」「価格の引き上げ」という要素が盛り込まれた。アクティブな会員は新しい会員レベルに移行されたが、会員価格が約40%増加したこともあり、開始後の会員減少が予想されていた通り、導入8ヶ月後には会員世帯数58,000世帯に減少。しかし、この減少は短期的なもので「現在(おそらく書籍の執筆時期の2018年~2020年)」は69,000世帯に達したという。

新たな会員レベルは、「Garden1」「Garden2」「Garden5」「Gardens Prefered」「Gardens Premium」の5つのレベルが一般会員にあり、さらに上位のLongwood Innovatorsがある。今までの特典の一部を上位の会員レベル限定の特典にすることで、会員が上位レベルに移行しやすい設計となっている。結果として、上位レベルの会員からの収益が増加し、会費収入で運営費用の大部分を賄えるようになった。

2024年8月時点での会員限定特典の表(ウェブサイトより)
2024年8月時点での会員の割引特典の表(ウェブサイトより)
2024年8月時点での会員の入場特典の表(ウェブサイトより)

参考にしたいポイント

書籍に記載されていたポイントとして、「提供する特典の価値を再評価」して、「上位レベルの会員に移行しやすい会員プログラム設計」にしてあることが挙げられている。会員プログラム刷新のプロセスを通じて、会員体験を向上させなかったり、コストがかかりすぎる特典を廃止するために、提供する特典の価値が過小評価または過大評価されていて、提供する特典の価値の再評価が重要であることが理解できたという。

また、新しい会員プログラムをつくるプロセスの初期段階では、詳細な現状分析を行ったことを付け加えておきたい。
第一歩として、データマイニング研究の手法を用いて、当時の会員行動と訪問パターンが分析された。その結果、全体の会員世帯数は増加しているものの、新規会員数とその割合は減少しているというネガティブな傾向が明らかになり、庭園へのアクセスが会員加入の主な動機であることが確認された。さらに、新しい会員レベルへの関心と適切な会員価格、最も重要な特典を把握するために、4,000人以上の既存および過去の会員を対象に、3つの会員モデルがテストされたとのこと。

こうして出来上がった新しい会員プログラムによって、ロングウッド庭園は収益を増やし、会員により良いサービスを提供しながら、会員のロイヤリティを今も向上させている。

事例⑥大人の夜の社交場というリブランディングとクロスセルにつなげる設計:科学博物館エクスプロラトリアム(カリフォルニア州サンフランシスコ)

物理学者フランク・オッペンハイマー氏(「原爆の父」と呼ばれるロバート・オッペンハイマー博士の実弟)が1969年に設立したサンフランシスコの海沿いにある科学博物館エクスプロラトリアム(Exploratorium)。人間の知覚を通じて科学の原理を体感できる展示が特徴的。

Photo by Bruce Damonte

特徴

他の博物館・美術館等の文化施設の夜間イベントと異なり、デートスポットとしての利用等の「大人向けの文化的な夜間体験」というブランディングとともに2013年にAfter Dark会員を新設した。同時に、当時の既存会員をDaytime会員に改名し、明確に区別をした。2019年時点で、1,853人のAfter Darkメンバー(636の個人会員と1,217のデュアル会員を含む)を獲得し、会員プログラムの約11%を占めるようになった。
After Dark会員の価格帯は、個人会員59ドル(約9,499円)で、大人2名対象のデュアル会員は99ドル(約15,939円)となっている。

Exploratoriumウェブサイトより

科学博物館が子どもやファミリー層のためだけの場所でないことを打ち出し、大人の新規層の来館を増やすことに成功した。また、一人の会員がDaytimeにも加入することで、より一層の会員体験を得ることができる特典設計になっている。

参考にしたいポイント

「大人の夜の社交場」というリブランディングは、サンフランシスコの中心部で海沿いという立地を活かしているため、自身の文化施設の立地によって取り入れるかを判断すると良い。また、昼と夜で会員プログラムを分けて、クロスセルしやすい制度設計にしている点に着目したい。

※クロスセル:顧客が購入しようとしている商材に関連する別商材を提案し、一緒に購入してもらうこと

THE SAN FRANCISCO Peninsulaより

事例⑦リサーチ結果に囚われず会員が潜在的に求めている機会をつくる:デンバー自然科学博物館(コロラド州デンバー)

恐竜の化石や宇宙探査、地質学、動物学等の様々な科学と自然史をテーマにした常設展示があるデンバー自然科学博物館(Denver Museum of Nature & Science)

特徴

デンバー自然科学博物館には、館の定期利用の割引等がある会員と博物館のミッションやプロジェクトに共感し支援するギビングクラブの2つの会員制度がある。一般入場券と会員価格の両方を引き上げる計画を始めた際、会員調査を行い、当時の会員制度や特典はニーズを満たせていると思える調査結果だった。

しかし、会員担当チームは知的好奇心を持つ会員達にとって特典を再設計できる余地があると考え、ギビングクラブの価格を500ドル(約80,500円)から(改訂前価格から66%増)とし、フレックスチケット(Flex Ticket)という特典を追加した。

フレックスチケットとは、追加料金のかかる展示会や20ドル以下のショーやプログラムに参加できる使い捨てチケット。予約不要で一般チケットが売り切れていてもフレックスチケット所有者は入場可能。ギビングクラブのメニューによって発行される枚数が異なる。(例:500ドルからのCuratorには14枚、750ドルからのExplorerには18枚、1500ドルからのNaturalistには20枚)

料金の値上げ後、ギビングクラブの約10%が退会したが、会員プログラムからの収益は約15万ドル増加となった。

Denver Museum of Nature & Scienceウェブサイトより

参考にしたいポイント

会員特典として利用し放題の期間を設けるだけでなく、費用対効果を踏まえて、会員ランクごとに回数利用券の配布枚数を分けることで導入しやすくなると思われる。

また、会員調査で現状のままで問題なかったという結果だったにもかかわらず、ギビングクラブの特典に再設計する余地があると批判的思考ができた会員担当チームの姿勢を見習いたい。

事例⑧「社会的証明」を活用した会員参加:アーカンソー美術館(アーカンソー州リトルロック)

アーカンソー美術館(Arkansas Museum of Fine Arts)は、州内で最も歴史のある美術館で、州内外のアーティストによる絵画や彫刻、写真、工芸品などの幅広いコレクションを有している。アールデコ様式の建築が特徴的だったが、2016年から大規模な改修が行われ、2023年に近代美術館としてグランドオープンした。

特徴

2014年、アーカンソーアートセンター(当時の名称はArkansas Arts Center)は、「影響力の武器」等の書籍で有名な心理学の第一人者ロバート・チャルディーニが提唱した6つの影響力の武器の一つ「社会的証明」の概念を活用することを考えた。

※社会的証明:自分の考えよりも多数派の他人の考えを正しいと判断し、意思決定をすること

まず実験として、会員の家の前にセンターへの支持を示す庭看板(Yard Signと呼ばれるアメリカ等の庭先に立てる看板)を設置することにしたという。準備として、会員データベースを分析し、最も多くの会員が住んでいる地域の郵便番号を特定。当時のMember ExperienceのマネージャーSpencer Jansen氏は、「現在の会員に所属感を与え、非会員にはアーカンソーアートセンターの会員になりたいと思わせたかった」と語っている。

次に、センターは会員に庭に看板を1ヶ月間設置する許可を求め、目的は会員がセンターへの「愛を示す」ことであると強調したメールを送った。結果的に、625人の会員に連絡し、144人が庭に看板を設置することに同意した。ターゲットとなった郵便番号の地域一帯で、人々が自宅に行き帰りする際に、「I’m a Part. Because Art.」の看板がほぼ全ての通りに掲示されているのを目にせずにはいられない状態をつくり出した。看板が掲示されている間、センターはターゲットの郵便番号が登録されている非会員に対して10ドルの会員割引等を含めたダイレクトメールキャンペーンもあわせて実施。

使用された看板とダイレクトメールの一部(書籍より)

当初、反応率はわずか0.44%と低調に見えたものの、キャンペーンの最終的な結果として、会員収入で計3,325ドル(約339,150円)となり、年次基金寄付、献金等で計3,785ドル(約386,070円)の副次的な成果まで生み出した。

中には、キャンペーン時に初めて入会した会員が翌年にメンバーシップをアップグレードしたうえ、2014年以降で合計515ドル(約52,530円)を寄付したケース。キャンペーン時に入会してから毎年更新し、現在(おそらく書籍の執筆時期の2018年~2020年頃)までに3,510ドル(約358,020円)を支払っている会員。さらに、10年以上も入会してなかった多くの長期未加入者を入会させることにも成功したという。
※2014年当時で多かったとみられる1アメリカドル=102円で計算

社会的証明は、たしかに「影響力の武器」であったと証明した事例と言える。

参考にしたいポイント

家の庭先に看板を設置してもらうのは、慣習的にアメリカに会ったやり方ではあるが、「社会的証明を活用して会員に協力してもらい、新規入会を促す施策」を検討することは、日本の非営利団体であっても考えられるであろう。

たとえば、ファシリテーター養成等の認証制度を事業として行う非営利団体があるが、ファシリテーター認証と会員入会を連動させるケースが具体例として挙げられる。


最後に

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