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潜在支援者を見つけるためのオーストラリアのデータ活用:FIA DATA WEEK 2024 SESSION 6より

2024年5月6~10日に開催された、オーストラリアのファンドレイジング協会Fundraising Institute Australia(FIA)主催オンラインイベントFIA Data Week 2024に参加しました。

本記事では、同イベントのセッション6「What data can tell you about your potential audience?」にて、データの使用に関するオーストラリアの非営利セクターの最新トレンドと、Amnesty International Australiaの実践事例が共有されました。

登壇者は、国際的な人権団体として有名なAmnesty International AustraliaでAcquisition Specialistを務めるFrances Lee氏と、オーストラリアの非営利組織を中心にデジタルマーケティングや寄付キャンペーン等の戦略づくりをサポートするntegrityのClient Success Leadを務めるOphelie Lechat氏。


「データ」という資源が豊富に眠っている非営利セクター

まずLechat氏から、21世紀においてデータは、その価値の面から新しい石油だと言われているという話から始まりました。データは、利用方法を理解し活用できる人々にとって大きな報酬をもたらす未開拓の貴重な資産であり、新たな寄付収入の方法を見つけ、新規の潜在層にリーチし、新たなマーケティングチャンネルをさらに効率的にする必要がある時期において、データは将来的な戦略策定のために重要な材料となり得えると主張します。これは、ただ単に現在行っていることを改善するだけでなく、新しい方法を見つけることにもデータを役立てることができるということを意味しています。

そして、特に非営利セクターは、支援者やステークホルダーについての貴重な情報をたくさん収集しているケースが多く、他のセクターが羨むほどの豊富なデータを持っていることが特徴的であり、それらをいかに活用していくかが課題となっていると指摘します。

データは現代の石油資源であることを例えた画像(スライド資料より)

ntegrityでは、豊富なデータを用いた4つの主要な方法で、ファンドレイジングの価値を向上させているとLechat氏は説明します。

1つ目は、支援者の理解。今日最も価値のある支援者が誰であり、将来もそうであるのかを把握するためのインサイトを得ることができると言います。

2つ目は、パーソナライゼーション(個々人向けの最適化)。これにより、特定の支援者に対してより関連性の高いメッセージを送ることができ、より効果的なファンドレイジングが可能になると言います。既存の研究とntegrity社の経験の両方から明らかになっているのは、データを使用してコミュニケーションや提案を個別最適化することが、寄付率、定期寄付(継続寄付)、リピート寄付、アップグレードに大きな影響を与えるとLechat氏は付け加えます。

3つ目に挙げられたのは、予測モデリング(Predictive modelling)。これは、新しい支援者を獲得するために、類似モデルから離脱率を予測し、継続率を高め、長期的な価値を増加させるための最良の戦略を見つけることなどの全てを網羅するそうです。予測モデリングでは、データを上手く活用することで様々なシナリオをテストして、提案の受け入れ率、離脱率、ドナーのライフタイムバリュー(LTV、生涯価値)を理解するために非常に役立ちます。

最後には、寄付獲得と成長(Aquisition and growth)について。既存のデータやインサイトを活用して、最高のリターンを得られる活動に焦点を絞ることができると語ります。つまり、どのプログラムを続けるか、どのプログラムにリソースをもっと投入するか、将来的なリソースの投入先をどれにするか等、より良い意思決定ができるようになるということです。

ntegrity社がファンドレイジングの価値向上をさせる時の4つのデータ活用方法(スライド資料より)

また、Lechat氏が取り上げたBlackbaudとセールスフォースのレポートによると、90%の非営利団体がデータを収集していると言っているにもかかわらず、データを活用することに関して大きな課題を抱えているそうです。

具体的に紹介されたデータは、非営利団体の人達がデータを頻繁に意思決定に使用している、またはすべての意思決定に使用していると答えたのはたったの40%。
また、半数近くの49%は、自組織がどのようにデータを収集しているかを知らないという回答があったそうです。
それに加えて、70%近くが部署間でデータを共有するのが難しいと感じていると回答しています。ちなみに、ここでの部署間とは、ファンドレイジングとマーケティングのようにチームが明確に分かれているケースだけでなく、同じチーム内も含むとのことです。たとえば、個人寄付担当と法人寄付担当がデータを共有していないケースが挙げられていました。

セッションで紹介されたデータを活用できていない非営利セクターの現状を表すデータ(スライド資料より)

Amnesty International Australiaの実践事例

ケーススタディとして共有されたのは、Allyship(アライシップ)のキャンペーンでの取り組み。このキャンペーンは「反人種差別の同盟者(Allyship)になるためのガイド」を、日常生活で人種差別を経験している一般の人達、公共の場やオンラインで人種差別を目撃し、それにどう対処すればよいかわからない人達、そして近しい人達や友人、同僚から人種差別の話を聞き、それにどう対応し、支援すればよいか分からない人達のために広めたり、ガイドの中のエッセンスを発信する取り組みのようです。

当初、Allyshipガイドのキャンペーンは、他のAmnesty International Australiaのキャンペーンのベースラインであるコンバージョン率約4%と比べて、ピーク時には電話での定期寄付(継続寄付)のコンバージョン率が約10%に達する高い数字を記録したと言います。しかし、キャンペーンが進むにつれてコンバージョン率が低下し、コストが増加していったと振り返ります。その理由は、特定のグループのみをターゲットにしていたためだったそうです。

AllyshipのガイドをMeta、LinkedIn、Reddit等の様々なチャンネルでテストしたものの、その中で十分なパフォーマンスだったのはMetaだけだったそうです。Amnesty International Australiaでは、LGBTQIA+やアボリジニやトレス海峡諸島民などの先住民へのAllyshipガイドをここ最近で発行していますが、約1年経つとパフォーマンスが低下したとのこと。

そこで、新たな宣伝方法や広報チャンネルをつくる必要が生じ、そのためにも、どのような潜在層がどこにいるのかを理解する必要があったと語ります。この前段階のプロセスにおいては、Allyshipガイドの成功要因を理解し、何が効果的だったのか、時間経過と共にパフォーマンスが低下する要因を理解することが重要と認識し、新規層にリーチするために直ぐにテストに進まずに、リサーチ段階に重点を置いたそうです。

リサーチ段階のプロセス

そのプロセスが、3フェーズに分けて説明されました。

リサーチ段階の3つのフェーズ(スライド資料より)

まずは、Discover(発見)のフェーズ。この段階では、利用可能なデータのインベントリを作成し、そこから最も価値のある支援者セグメントを構築したそうです。これにより、最も成功可能性が高いものにリソースを集中させ、ギャップを特定することができました。
その後、データを検証し、より深く分析したことで、いくつかの定性的なインタビューデータや広報チャンネルの分析データ、そして新たな見込み支援者が発見されたそうです。それらは、デジタルおよび従来のマーケティングやファンドレイジング活動で既に使用されたものであったものの、既存のAllyshipガイドではリーチできていなかったものだったと言います。また、個々の部署のみで作業を試みると支援者の部分的な情報しか得られず、データのサイロ化をより強化させてしまうため、これは組織内の全チームの連携の結果でもあったと補足していました。

次に、Discoverフェーズの結果を使用して進むべき方向を決定するDefine(定義)のフェーズに進みます。ここでは、特定の高価値セグメントをターゲットにしたオーディエンスに対して適切な広報チャンネル、クリエイティブ、および戦術を選択します。ここで戦略を構築していきます。

最後に、データ戦略の実施や測定、最適化を行うImplement & Learn(実行と学習)のフェーズです。ほとんどの場合、キャンペーンとして実施されることが多いものの、時には最小限のプロダクトやサービスをローンチしてテストすることもあると言います。

3種のデータ群

3種に分けられるデータ群(スライド資料より)

まず、First Party Dataと呼ばれる「団体が直接収集したデータ」について説明されました。このデータ群の強みは、ほぼ一次情報であることが挙げられていました。たとえば、現在の支援者やメルマガ購読者のデータのことを指していますが、最新の情報が含まれていることが多く、パーソナライゼーションやロイヤリティを高める活動をつくるのに役立ちます。一方で、弱点として、自組織のデータのみを見ることになるため、範囲やスケールが限られることがあると指摘されていました。
特に、非営利団体はこのデータの宝庫を持っている場合が多く、初めから利用できるデータが沢山ある可能性があるため、それら有効活用することが推奨されていました。

Second Party Dataは、「信頼できる情報ソースやパートナーから共有されるデータ」です。例として、パートナーから提供されるメーリングリストが挙げられていましたが、日本の非営利団体に当てはまりやすい例を挙げるとしたら、パートナーから提供される個別の潜在支援者層やアプローチ先などになるかとは思っています。このデータの強みは、自団体の支援者層と共通の特性を持つ新しい潜在支援者層を発見できることです。その反面、データの移行や統合に課題がある場合が多く、First Party Dataほど信頼性が高くないという注意点にも言及されていました。

最後のThird Party Dataは、他の情報ソースから集約されたデータのこと。プラットフォーム等と協力することでアクセスできるデータで、非常に多くの人達にリーチでき、自組織の現在の支援者層やその類似の支援者層だけでなく、新規層に関するインサイトも得られます。しかしながら、FIA DATA WEEK開催の背景でもある個人情報のプライバシー保護の強化の動きによって、徐々に制限がかかってきていることが弱みでもあると言われていました。

なお、団体によっては、既存のデータを確認するだけで十分な場合もあると言います。それは既に、メール送信先のセグメント化、A/Bテストの実施と結果、有料広告の実施と結果、今までに作成したペルソナ、メッセージングや異なる画像のテストと結果、ソーシャルメディアでのフォーマットを変えたコンテンツの作成などを行っているケースです。

絞られたFirst Partyのフォーカスポイント

結果として、以下の6つの要素に焦点を当てました。ウェブサイトやアプリでの行動、ニュースレター購読者、支援者プロファイル、調査データ、SNSフォロワー、そして寄付取引の行動です。

絞られたFirst Partyのフォーカスポイント(スライド資料より)

上記6つのフォーカスポイントを起点に、下記のデータソースを調査していったそうです。自社の調査、見込み客の調査、法律の変化や経済状況や競合の動きなどの外部コンテキスト、追加の支援者インタビューを実施、チャネルとチャネルのパフォーマンスのレビュー、過去のキャンペーンのレビュー。

リサーチした6つのデータソース(スライド資料より)

ここまでのプロセスを経て、新規層を見つけると同時に、ターゲット層に関するインサイトを得て新たなアプローチをつくることができたと言います。
得られた学びとして、LGBTQIA+やそれに関連する社会課題に関心を持っていた人達が、Amnesty International Australiaがそのキャンペーンに取り組んでいることをあまり知らなかったことだそうです。

既存層と新規層のセグメント(スライド資料より)

ここまでが、新規層のセグメントやターゲティングまでを行ったDiscover(発見)のプロセスです。

出来上がったアウトプットとキャンペーン

Define(定義)フェーズでは、いよいよDiscover(発見)フェーズで取りまとめたデータや情報をもとに戦略を構築していったそうです。適したデータを見つけることにより、戦略づくりに有用なインサイトをいくつか特定したとLechat氏は語ります。

(スライド資料より)

新しい広報チャンネル(Tiktok)を通じて、ニッチなオーディエンス(新規層)とつながるために、見込み支援者層(上記のProspectingに記載されている属性)にあわせたメッセージを作成することに。

Allyshipガイドに含まれている様々なテーマにもとづいた小規模なキャンペーン(このケースでは、クリスマス)を実施して、テストを行ったそうです。

コンテンツは、過去のデータを分析して、Metaでのエンゲージメント率などのパフォーマンスが高かったオーセンティックな動画(過度な編集や加工が無くほとんどオリジナルの状態の動画)とクイズ形式のコンテンツを選び、このテストキャンペーンのテーマにあわせて新たなクイズ動画を作成したとのことです。セッション内の説明によると、SNS上のクイズ動画は、人々にスクロールを止めて考えさせる効果があると言われていました。

TikTokでは、メディア、エンターテインメント、ライフスタイル、社会的な活動などに興味を持つ若年層にターゲティングすることができ、既存支援者に類似する層もターゲットに含めたそうです。

作成されたTiktok動画(スライド資料より)

そして、このテストキャンペーンの成果は下記の通り。
リーチ数は570万(予測比の183%増)にのぼり、広告のクリック数は25,000(予測比の283%増)となり、クリック単価は0.77ドル(予測では2.87ドル)で、リードあたりのコストは9.59ドル(予測比61%減)でした。

なお、このキャンペーンはTikTokで実行し、Googleやプログラムディスプレイ広告を通じてデマンドジェネレーション(Google広告の一形態)で並行キャンペーンも行ったうえで、そこで獲得したリードをテレマーケティングやEメールでフォローしていったそうです。

テストキャンペーンの成果(スライド資料より)

しかし、ポジティブな結果ばかりではありませんでした。電話でのコンタクト率は22%(目標35~40%)と低く、クイズの広告への反応の中には、LGBTQIA+の権利についてネガティブな意見を共有するための迷惑投稿も多かったとのこと。

Lechat氏は、こうした反応があることを計画に予め織り込んでおくことが重要で、(各SNSに)通報機能があるので、もし迷惑投稿などがあった場合でも冷静に対応することを勧めていました。

雑感

Amnesty International Australiaとntegrityが行き着いたのは、Tiktokに動画広告を出して見込み支援者を増やすためのキャンペーンを行うことでした。この取り組みは、リードジェネレーション(見込み支援者の開拓・獲得)のためのキャンペーンであり、新規層を特定し、その層に刺さる新しいメッセージをつくることに焦点を当てていました。そのため、ハイクオリティで作り込まれた動画ではなく、TikTokの「For You」ページに自然に溶け込み、低予算でつくれて、プラットフォームに馴染むオーセンティックな動画(いわば、低品質の動画…)の方を求めていたと言います。

団体が今まで使ったことがないプラットフォームを使用することで、新規層にアプローチをするのは様々な団体が思いつくかもしれません。ただ、個人的にポイントだと思ったのは、今回のキャンペーン実施に至るまでに様々なデータ分析をもとに戦略をつくり、予算や手間を割き過ぎない方法で実行したという点です。これは、分析などをせずに、メンバーの感覚だけで戦略を立てるのとは全く異なるアプローチであることを理解しないと、ファンドレイジングにデータをうまく活用できないままになってしまうでしょう。

ちなみに、セッション内で、Amnesty International Australiaとのプロジェクトで、ntegrityが使用したフレームワークも共有されました。上の項目から順々に埋めていくのですが、私的には、何かプロジェクトが企画される際は目的設定から始めることも多い一方で、Targeting(ターゲット設定)が一番最初で、その次にObjective(目的/目標)とキー・メッセージをつくっていく順番になっていることが特徴的に感じました。

今回のプロジェクトの内容が入力されたntergtyのフレームワーク(スライド資料より)

なお、FIA DATA WEEK 2024で他に参加したセッションの記事も公開してあるので、ご関心のある方は、ご一読ください。


最後に

記事をお読みいただき、ありがとうございました。
私は、海外のソーシャルセクターに関する有意義な事例や知見を日本のみなさんにシェアしていけるように日々活動しています。

インターネット検索等だけで得られる情報には情報の質と量に課題があり、ファンドレイザーをはじめ海外のソーシャルセクターの人達とつながるためにカンファレンス(約15~25万円の参加費)をはじめとする有料イベントに直接参加したり、なるべく正確かつ信頼性のある情報源から情報を得られるように有料のレポートや書籍を購入しながら知見を集めています。

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記事をお読みいただき、ありがとうございました!もしよろしければ、サポートいただけると日々の活動の励みになります!これからも日本の非営利活動のお役に立てるように、様々な機会に参加して得た海外のソーシャルセクターの情報や知見を発信していきますので、今後ともよろしくお願いいたします!!