YS 1.21 自分の練習を
ヨガの最終目的地までのチェックポイントを教えてくれたのが、前回のスートラ。親切にどうもと思いつつも同時に、先は長そうだなとも思います。今回は、そんな方へのアンサー・スートラ。
※前回分は、こちら『YS 1.20 できるできないより、やるやらない』をご覧ください。
ヨーガ・スートラ第1章21節
तीव्रसंवेगानामासन्नः॥२१॥
tīvra-saṁvegānām-āsannaḥ ॥21॥
ティーヴラ サンヴェーガ ナマァーサナ
「Those who have an intense urge attain asamprajnata samadhi very soon.」(1)
(非常に強い熱意をもつ者は、アサムプラジュニャータ・サマーディを速やかに実現する)
インテグラル・ヨーガ (2) では特に解説をつけてないくらい、伝えたいことが明確なスートラです。一生懸命頑張りなさいということですが、もうちょっと読み込んだり、考えたりしてみましょう。
まず、非常に強い熱意というのは、真面目さと誠実さがベースにあることが大事だよと書いているのは、フォーチャプター (1) です。ここでいう真面目さとは、実践・練習にどう向き合うかという姿勢のこと。ということは、情熱をもって真面目に誠実にやっているならば、実践・練習の内容は私たちに委ねられていて、それでも十分にサマーディの近づくことができる。
だから、自分に必要な実践・練習をしようぜと思います。ヨガの実践・練習を続けていくうえで、いわゆるアドバンスと言われるようなアーサナができなければいけないなんてことは、全くない。たまに、ヨガしたいけど身体が固いからという声を聞くので、このスートラを根拠に、そんなことはどちらでもいいんだよと伝えたい。
難しいアーサナの練習に夢中な人に対して、それはヨガじゃないという声もたまに聞くけど、それも、そんなこともないよと思う。私はわりとアサナを練習してきた方だと思いますが、前提としていっぱい身体を動かして燃やさないと、いろんなことがたまってしまうから動きの多いクラスが必要だったんですよね。だから続いたんだと思っているし、続いたら、否が応でも、身体は変わるし、できることが増えるのは、当然よねと思います。そして、自分の身体や呼吸、心を細かく観察する目が育っていく過程は、どんなヨガをしても合流するポイントなんじゃないかと思います。
動きの少ないヨガクラスだったり、アーサナをやらずに言葉でリードしてくれるクラスだったり、アーサナでなく、プラナヤマ、チャンティング、キルタンだったり、ヨガが用意してくれた方法には選択肢があります。その中で、自分やあの人やその人が、それぞれに必要な道を選べばいい。どれを選んでも、前回のスートラが教えてくれた最終目的地までのチェックポイントをなぞっていくことになるし、強い熱意はどうしたって練習を加速していくわけですから。
他人の練習にとやかく言いたくなる人は、スートラ1.18 の〈誤解〉について考えてみたらいいのではないかと思う。
あともうひとつ、解説を読んでいて吹き出してしまったのは、我慢できなくてじれったくなってしまうのと、熱意も違うからねと書いています。身に覚えがあります。気を付けます。はい。
そして、前回、前々回と、サマーディの話をする上で高名な賢者のたとえを教えてくれたフォーチャプターですが、今回のたとえは、なんとシヴァ様! 彼ものっぴきならない情熱をもって頑張ったから、その結果として、神さまになれたそうです。そして覚えているでしょうか、その神さまの段階も最終目的地までの途中過程のひとつであると、スートラ1.19 で書いているわけです。なんだかもう、ヨガ、いろいろすごい。
ハリーシャ (3) は、ヨーガ・スートラのパタンジャリは、このスートラで、君の情熱次第だよと言いたかったんじゃないかと解説しています。だから、そこまでないならないでもいいの、ただ時間がかかるだけ。そこだって、自分で選んでいい。ヨガの最終着地地点である、心の作用が静かになる状態を目指すために必要なのは、アヴィヤーサ(修習)とヴァイラーギャ(離欲)の2つです。覚えているでしょうか。
これを読んで思い出したのが、先月9月に、陰ヨガで有名なポール・グリリーが、スピリチュアルなサイドを学んだという故・本山博先生の設立した施設の集中講座に参加した時のこと。講義をしてくださった先生の1人が本山先生に教わった時には、呼吸法と瞑想を毎日このくらいの時間行いなさいと言っていたのが、徐々に頻度と長さが減っていったんだよと言ってました。続けることが大事だからというのが理由ですが、その先生は「そんなでは全然足りないのでは!?」と思ったそうで、変わらず当初教わった頻度と長さで実践・練習を続けたそうです。そういうことだろうなと思います。誰かに押しつけられるとかでなく、自分でやりたいと思って、まずは真面目にこつこつすること。そして、その練習を自分で精査する誠実さをもつこと。
練習って頻度が大事だと思うので、今週もサンスクリット語でスートラを読むのをお忘れなく。サンスクリット語は、声に出したときに身体のどこで響くかを計算されて作られた言葉だということなので、音読して、どこをふるわせているかを観察するのもいいですよ。
なにせ、この音声を録音させてくれたインド人のマンディープの声が素敵なので、一緒に発音するとパワーもらえると思うんです。聞いたことない方は、特に、ぜひに。
さて、ここから今回のスートラが紹介したアサムプラジュニャータ・サマーディへの近道の補足へと続きます。次回のヨーガ・スートラ第1章22節は、こちらから⇩
※ 本記事の参考文献はこちらから
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