遠い夢のお話

これは、遠い夢のお話です。
どこまでも果てしなく、うっすらと水の張られたその場所は、空を映す巨大な鏡のようでありました。

見渡せど見渡せど、360度地平線だけが広がっています。
私はその水の中を、素足で歩いているのです。
一歩進む度、水に映った空が歪みます。

歩けども歩けども、同じ景色だけが広がっています。
刻々と変わっていくのは空を流れる雲と、それを映すこの水だけでありました。

私は疲れも知らず歩き続けています。
この先で何が待っているのか、はたまた誰が待っているのか、私はもちろん知りません。
でも、歩き続けなければならないと、そう思ったのです。

しばらくして、一本の長い長い白線を見つけました。
白線は水に引かれています。水が揺らめくたび、白線も揺らめきます。
私はその白線を前に、スタートラインに立つ陸上選手のように立ち尽くしました。
どこまでも続くこの白線を超えることはできないと、そう思ったのです。
右を見ても、白線の先は見えません。
左を見ても、もちろん白線の先は見えません。
きっと、白線の向こうとこちらは、まるで世界が違うのでしょう。

白線に沿って歩いてみるか、それともこの場所で待ち続けるか、私は考えました。
とはいえ、そう悩むことはありませんでした。
ここで待っていればいいと、私の心が言ったからです。

私は待ち続けました。
私の待っているそれは、もう間も無くやってくるような気がしたのです。

やがて、白線の向こうから誰かがやってくるのを見つけました。
その姿を見て、私の心臓はドキンドキンと鳴り出しました。
あまりにも大きく鳴るものですから、胸が苦しくなってきました。息も上手にできません。

なぜなら、白線の向こうからやってきたその人は、私が待ち望んでいたその人でありました。
もう一目だけでも会いたいと思っていた、まさにその人だったのです。

遠く歩いているその人も、私に気付いたようです。
一瞬立ち止まると、私に向かって手を振って、精いっぱい早く歩いてやってきます。

白線を超え、迎えに行きたい衝動を必死で抑え、私はその人が来るの待ちました。
歩き続けたあの時間より、それはそれは長く感じるものでした。

永遠にも思える時が過ぎ、その人は私の前までやってきました。
変わらない笑顔で私を見ています。

けれどもどうしてか、声を聴くことができません。
そういえばこの場所は、何の音もしませんでした。
水の跳ねるぱしゃりという音も、風のそよそよという音も、どんな音も聞こえなかったのです。
ただ高鳴り続ける心臓の鼓動だけが、私の中で響いていました。

そんなことは構わないのです。
今は、些細な問題に過ぎません。
だって今、私の目の前には、その人がいるのですから、それだけで十分なのです。

私達はひとしきり再開を喜んだ後、手を繋いで、白線に沿って歩きました。
何も喋ることはありません。
ただ手を繋いで、それから時々顔を見合わせて笑うだけ。

その人の輪郭や、目の形、鼻の高さ、口の大きさ、ほくろの一つ一つまで、見落としたくはありませんでした。
懐かしい、その姿でありました。

私達はずっとずっと、歩き続けました。
どこまでもどこまでも、歩き続けました。

その人の手の温かさだけが、全てだったのです。
いつかは醒める夢の中で、確かに私は幸せでした。

これは、遠い夢のお話です。

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◆日時◆
4月中毎日22:45頃
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【脚本】たかはしともこ(@tomocolonpost)
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