生きやすさについて夜、考えた結果私はこう思いました。
気楽に考えられるようになるためには自信をつけたいと思うのです。
自信がつくのはサバイバルで生き抜くことだとおもいますが、ぼくはわがままなので安全に自信をつけたいのです。
そうなると安全な場所作りから始めたいのですが、安全と言われている場所が本当に安全である保証ができないのでそんな場所はないと考えるのです。
だからたくさん安全な場所を作ることを考えます。80%安全が1個か70%安全が2個だと、後者がいいです。でも、安全な場所の構築と維持には労力がかかります。自分の労力に合わせて場所の分散と土壌の価値を高めることを常に続けるしかないのです。全部の場所が一度になくなることはないですし、万が一なくなってもこれまでの自分はできていたのだから、また一からやれるという考えをもっておきます。違和感のある場所は20%くらいの状態で維持と管理しておけばいいと思います。たまにはいい場所と思えるかもしれないので、完全に捨てることはしなくてもいいのだと思います。(お互いに)捨てるという概念は持たないほうがいいかもしれませんね。宙ぶらりんにしておくのが◯。記憶ってそんな簡単なものではないと思います。
一番労力をかけたい場所を家族にできるチャンスがあればそれは素敵なことです。だけど、本当に一番労力をかけたい場所がそこなのかわかる人は誰一人としていません。だから、考えるだけ無駄なのです。決めたことが正しかったかを考えることはむだです。ある程度良いのであれば、それはいいのです。決断に間違いは絶対にないです。100%に近いものが良いという価値観だとつらい経験をしてしまうと思うので、例えば80%も90%も100%も同じくらい良いという考えの方が強いと思います。あとは、想像力です。良い面ばかり見てしまったり悪い面ばかり見えてしまうことは人間なので当たり前なのです。だけど、そうではないよということを常日頃考えておくべきです。良いところと悪いところというのは自分の見方一つなので、本当はないのだと思います。よっぽど強い悪以外は、そんな考え方しちゃう時もあるよなと考え出すと楽ちんだと思います。そこの判断は技術で磨いていくしかないのと、生きる中で決まると思います。遭遇したときの認知を繰り返して処理を定着させるトレーニングが必要と思います。許容ゾーンを狭める考え方は、身を滅ぼすので大らかに考えることが大切だと思います。
長くなりましたが、結構いい考えができたと思いますのでおやすみなさい。