見出し画像

親として望むのは、君がどんな生き方をするかではなくて、君がいまこの瞬間を幸せに感じながら生きていくことだけ。

夜。家に帰ると娘が「パパー! 会いたかったー!」とお出迎えしてくれた。
玄関に駆け寄ってきて、足にしがみついてくる。
ダイニングからは、カレーの香ばしいにおいがした。

今日は一日中、バタバタと忙しくてクッタクタになったけど、家に帰って来られたことが本当に嬉しかった。

娘は、いったいいつまでこうして、ぼくを必要としてくれるのだろう。「パパと遊びたかった!」と言ってくれるのだろう。

娘の寝かしつけを終えた今。となりで寝息を立てている姿を眺めながら、それでもぼくは思う。

娘とぼくは、他人同士なんだと。

あ、別に変な含みはなくて、間違いなく血のつながった親子。親子ではあるけど、娘の人生は徹頭徹尾彼女自身のもので、ぼくはその中に含まれる一部でしかない。
それは、ぼくの人生が他の誰のものでもなく100%ぼくのものであるということと、同じだ。

ぼくはよく思う。
親としての自分を過信してはいけないって。
娘は、ぼくの願うような人生を歩む義務も義理もないし、ぼくには娘の人生を僕の思うように左右する権利もない。

いまは、まだ6歳と小さいから、親の影響力が大きく見えるだけ。彼女自身が成長とともに、人生における選択肢をたくさん持ち始めれば、比例するように親の思うようにはいかなくなるのだろう。


学生時代や、フリーランスになりたての頃。
ぼくは、親の心配が、親の思う人生を歩まそうとさせる強制力のようで煩わしかった。

そのときによく思った。

ぼくの人生は100%ぼくのものだ、と。
親の心配の種を拭うために、生きてるわけじゃないと。

娘を眺めながら、思う。
君の人生は100%君のものだ、と。

ただひとつ。親として望むのは、君がどんな生き方をするかではなくて、君がいまこの瞬間を幸せに感じながら生きていくことだけ。

なにが君にとっての幸せなのかは、自分で見つければいい。ぼくには、君の幸せの形を決めつける権利はない。

ぼくと君は、別々の個人同士で。
君の人生は100%君のものだ。思いっきり、楽しむといい。

では、また明日。

ーー✂ーー
👉 記事を書いてる三木智有ってどんな人?
👉 子育て家庭のためのお部屋のコーディネートに興味ある人はコチラ
👉 お部屋づくりのコツが知りたい方はこちらのマガジンをどうぞ
👉 人気の記事だけ読みたい、という方はこちら


最後まで読んで下さり、ありがとうございました! スキ・フォロー・シェアなどしてもらえたらとっても嬉しいです。 ぜひまた見に来てください!!