見出し画像

或る街の『群青』。


大学卒業を目前に控えている。四年住み慣れたマンションの一室に散らばった物たちが茶色いダンボールの中に消えて行く。最初は何もなかった床も壁も白い部屋が、様々なインテリアの色でこの四年で彩られていった。午前中の晴れた青い日だった。

5分前になったので、バックに必要なものを詰めて赤いコンバースを履く。しばらく履いてなかったが、何だか今日は凄く履きたい気分だった。集合場所に着くと友人が緑の叡山電車をバックに待っていた。今日はゼミの友人たちと大文字山に登山に行くのだ。登るのは三年振りだった。前に登った話はnoteに書いたので、そちらもよかったら見て欲しい。

ただひたすた山道を登って行く。最初は別の友人と、次は一人で、今度は三人で。同じ道でも新鮮だった。自分を含めたこの三人は別に最初から仲が良かった訳でもない。大学の前期がオンラインになり、暇だったからLINEで連絡を取って話すようになった。不思議と話が合った。お互い干渉しないし、踏み込む距離感を理解しているのだろう。それが居心地が良かった。後期から頻繁に遊ぶようになり、気付けばもう卒業である。進路のことを話したら二人とも京都に残るようだ。自分が進む道を選び、今住んでいる部屋から引っ越す為の準備をしている。皆んなの部屋に遊びに行っては、ゲームをしたり、出前で頼んだピザを頬張りながらくだらない話や真剣な話をしながら酒を飲んだ。その部屋にはもうダンボールだらけになって窮屈なのだと二人とも笑った。

頂上に着いて、晴れ渡る京都の市内をしばらく眺めたあと、哲学の道をクロスバイクを押しながら歩いた。喋ったり、黙ったり、休んでその辺のベンチに腰掛けては適当な話をした。もう覚えてもいないけど、話が尽きなかった。

南禅寺のブルーボトルで珈琲を飲んで、丸太町のタイ料理屋で夕飯を食べ、京大前の銭湯に行った。風呂に入りながら同じような話を何度も繰り返し話した。外に出ると、日が暮れて身体の内側から温まる感覚と梅の香りが何処からともなくした。もう、春はすぐ其処なのかもしれない。

このまま帰るのが勿体無い気がした。どうせ帰ってもやることないんやろ? デルタ行こうやと言ってまた歩き出す。似非関西弁も板についた。なんせ四年も居たのだ。言葉も関西弁の方が落ち着くようになった。それに何の予定が無い日は鴨川デルタにいつも居たのでその癖もついてしまった。

いつも座っていた茶色いベンチでまた話す。この日は三人でベンチに座った。思っていたよりこのベンチが広いことに初めて気付いた。一人の時は狭さを感じていたが、今は友人二人に挟まれても広く感じる。21時になり、白い月が灰色のもやで覆われている。向かいの方にギターの音と絶妙に下手な歌声が聴こえてきた。さらに遠くの方では季節外れの花火を楽しむ大学生たちがいる。誰も彼らを止めない。ただ、夜が過ぎて行く。


そろそろいこか」

「うん」


皆んなで立ち上がって、友人の一人がクロスバイクに乗って手を振りながら離れて行く。青緑のクロスバイクが夜の黒色に消えるまで見送った後、二人きりになった友人と出町柳駅を目指す。ギターの音も鴨川の水音も誰かの笑い声も全部夜に消えて行く。駅の入り口に立って、


じゃあ、卒業式で」

「ああ、お疲れ


と言って拳を作って軽く身体に押し当てた。相手も苦笑いしながら付き合ってくれた。照れ臭さなんて無い。こんな別れの挨拶があってもいいじゃないか。今まで押していた青色のクロスバイクに跨り走り出した。ライトが夜の黒を塗り替えて行く。ペダルを漕いでいるとアジカンの『或る街の群青』という曲をふと思い出した。中学生の時、ウォークマンに入れて何度も聴いた曲だった。


この街には色が溢れている。


画像1


荷物も無い、誰も知り合いがいない白いキャンパスのような状態から、色んなものを見て自分で描いていった。今の自分の部屋のように、鮮やかな『群青』で満たしてくれた日々が今日もこの街を塗り潰している。







僕の記事が気に入ってくれたらサポートお願いします!皆さんのサポートで新しい珈琲を飲みに行きます。