『告白』(美容室がテーマの自作小説)
(この記事を読む目安:9分)
こんにちは、とみやまです。
自己紹介のときにも書きましたが、私の趣味に「小説作成」というものがあります。
ふだんはペンネームを使って書いているので、残念ながらここでは作成した小説は公開していません。ところが、今からおよそ一年前、とあるコンテストに応募したときに出した小説は、なぜか本名で作成していました。
今回は自分の趣味を紹介する一環として、そのとき応募した小説を下に貼りつけます。
応募要項として文字数は5000字以内でしたが、締切まで時間がなく、かなり焦って作成した記憶があります。今読みなおすと、修正したい箇所がたくさんありますが、当時の自分はこんなだったと戒めの意味もこめて、応募時のままコピペします。お見苦しいところもあるかと思いますが、ご了承ください。(笑)
小説のタイトルは『告白』です。美容師、美容室がテーマの小説です。
告白
心地よい水の音が耳元で奏でられ、男性の白くて細い指が私の髪と髪の間をすーっと通っていく。
「好きです」
男性が驚き、私は自分の言葉が違う意味でとられたかもしれないと気づいた。
「あっ、そういうことじゃなくて、こんなに気持ちがいい洗髪はじめてだったもので。あなたの洗い方、好きです」
「そういうことでしたか」
真意が伝わってほっとした。私はまた心地の良い音と指に包まれる。
私がこの美容室に来たのは、3日前に届いた1通のはがきがきっかけだった。
仕事帰り、自宅の郵便ポストを開けるとそのはがきはあった。『HIBAオープン記念! スタンダードコース無料お試し券』と大きく書かれたそのはがきからは、どこか懐かしい香りがした。このはがきを『HIBA』という美容室に持っていくと5000円のコースを無料で体験できるらしい。場所を見るとそれほど遠いところではない。そろそろ髪を切らないとなぁと、くすんだ黒髪を鏡で見て思った。
はがきに書いてあるバス停でバスを降り、そこから少し歩くと『HIBA』と書かれた看板を見つけた。やや古びた店の扉をそっと開けると若い男性が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
かなりのイケメンだ。多分私よりも若い。すらっとしたその男性の白い肌は、着ている黒いシャツのせいで余計に映えていた。私は持ってきたはがきをその男性に見せ、無料券が届いたと伝えた。男性は少し黙り込み、クンクンとはがきのにおいを嗅いだあと、微笑みながらどうぞと席を案内した。外見と違って店内はかなりきれいだ。店内を見回していると「ここは僕1人でやっているんです」と男性が言った。確かに、普段行く美容室とは違い人が少ない。初めて来たが、なんだか落ち着く。
「まずは髪を洗いますね」
椅子が倒され、顔にタオルをかけられた。
こうして私の施術が始まった。
シャンプーで優しく洗う男性の手付きに夢心地になる。心がやすらぎ、それでいて私の中にエネルギーが満ちてくるのを感じる。
森の中を流れる川のせせらぎのような水の音。心なしか、森の香りもほんのりしてきた。その香りは、3日前に届いたあのはがきのにおいと同じだ。
「洗髪終わったので起こしますね」
椅子が起こされ、ふと窓から外を見て、私は息を呑んだ。――窓から見える景色は、まさしく森だった。
「えっ、外……」
困惑したように言うと、フッと男性が笑うのが鏡越しに見えた。
「きっと、姉のいたずらですね」
あねのいたずら……?
言葉の意味を考えていると「今日はどんな感じにしますか?」と聞かれたので、考えるのをやめた。
「思い切って短めにしたいです」
そう言うと男性がヘアカタログを持ってきて『ショートカット』のページを見せてくれた。「こんな感じで」と私が指さすと、男性は軽く一礼してカタログを片付けた。
「百合さんの髪質や骨格ならとてもよく似合うと思いますよ」
男性は私の髪を切り始めた。
「えっ、どうして私の名前を? あのはがきに私の名前は書いてなかったし……」
「やはり、あなたは百合さんでしたか」
男性はまたフッと笑った。でも、不思議と怖いとか不気味という感じはしなかった。寧ろ、なぜか少しだけ親しみを感じた。――それは窓から入ってくるこの懐かしい香りのせいだろうか。
「それより百合さん、何か悩んでおられますか?」
「あっ、はい……」
突然男性が占い師のようなことを言い始めたので驚いたが、私もつい返事をしてしまった。でも、あながち間違いではない。
「その悩みはもう何年も前からみたいですね。それも髪のことではなく、別のこと」
当たりだ。
「どうしてわかるんですか?」
「顔を見れば大体わかります」
やはりこの男性は占い師ではないかと思ったが、着々と髪を切っていく様子を見ると美容師というのは間違いなさそうだ。
「実は私、昔人を殺したことがあるんです」
突然の私の告白にも動じず、男性は「ほう」とうなずきながら髪を切っていく。寧ろ、突然こんな話をした私のほうが不思議がっている。さっきの「好きです」といい、どうやらここは、心の中にあることがつい口に出てしまう、そんな空間なのかもしれない。
「百合さん今26歳ですよね? 昔って子どものころですか?」
先ほど名前を当てられていたからか、年齢が的中していることにもさほど驚かない。
「はい。14年前、小学校を卒業して中学生になる前の春休み、親友だった桜と遊んでいました」
男性は髪を切りながらうんうんとうなずく。私も続けて話をする。
「私も桜も外遊びが好きで、その日も公園で遊んでいました。その公園の近くには小さな山があって、親からは『危ないから入るな』と言われていたんですが、小学校を卒業して気分は大人だったのか、桜に『この山に入ろう』と言って一緒に山に入ったんです。山に登っている途中、桜が道端に咲いていた花を見つけたんですが、それを取りに行こうとしたとき足を踏み外して落下しました。すぐに親にそのことを伝えたら、親が救急車を呼びました。でも、救急隊員が駆けつけたときには桜はもう……」
「でも、それは事故なのでは?」
「あのとき私が『山に入ろう』なんて言わなければ桜は死なずに済みました。私が桜を殺したようなものです。後日、親と一緒に桜の家に謝りに行きました。桜の両親は交通事故で亡くなっていたので、家には桜の祖母と、時々一緒に遊んでいた楓という2歳年下の弟がいました。弟のほうは桜が亡くなったことをよく理解していないようでぽかんとしてたんですが、桜のおばあちゃんは『正直に話してくれてありがとう』と私を許してくれました」
「優しいおばあちゃんですね」
鏡に映る男性の端正な横顔が綻ぶ。
「でも、桜のおばあちゃんもその翌年亡くなって、楓くんは親戚が引き取ることになって引っ越しました。今となっては楓くんの居場所もわからず、もう誰にあの日の罪を償ったらいいのか……」
「それは辛い思いをされましたね」
男性は徐に鏡を持ってきて私の後ろ髪を見せた。
「こんな感じですがいかがですか?」
ちょっと前まで肩まで髪があったのに、今では項が見えている。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「では、シャンプーしますね」
男性は私を仰向けにしてタオルを顔にかけた。私の頭は再び心地よい水の音と指に包まれる。
「アスナロという植物をご存知ですか?」
唐突だなと一瞬思ったが、シャカシャカというシャンプーの心地よいリズムがそんな気持ちをどうでもよくさせた。
「聞いたことはあります」
「僕、アスナロが好きなんですが、アスナロの別名がヒバっていうんです」
「ヒバって……」
「はい。だからこの店の名前も『HIBA』にしたんです。それに、アスナロの花言葉は「不滅」。店の名前にするにはもってこいだと思いました」
タオルで顔を覆われていても、その声から男性が楽しげに話しているのはわかる。
「アスナロのどこが好きなんですか?」
「やっぱり香りですね。ほら、風に乗って窓から入ってくるこの香り、これがアスナロの香りですよ」
そうか。これ、アスナロの香りだったんだ。あのはがきの懐かしい香りの正体も、アスナロだったんだ。――そういえば店の外、森になっていたけど、私ちゃんと帰れるのかな。
「まあ、僕がアスナロを好きになったのは姉の影響かもしれませんが」
「お姉さんがいるんですか?」
「えぇ、2つ上の姉がいました」
「いました?」
「14年前、事故で亡くしたんです」
その瞬間、私の中の点と点が線で結びついた。懐かしいアスナロの香り、2つ上の姉、そして14年前の事故……。まさか……。
「もしかしてあなた、楓……くん?」
私は恐る恐る聞いた。
「はい、楓です」
そうだ、思い出した。この香り、桜の側にいるといつもこの香りがした。桜もアスナロが好きだったのだ。そうか。だからこの男性は私の名前も年齢も知っていたのか。あまりにも突然すぎる再会に、嬉しい反面、どのような反応をしたらよいのかわからなかった。顔がタオルで覆われているものの、動揺していることがばれているかもしれない。
「どうしてここで美容室を?」
シャンプーの泡を流し始めたところで、私は自分の動揺を隠すように聞いた。
「もともと友人のお父さんがやっていた美容室を譲ってもらったんです。ちょうど生意気にも自分の店を持ちたいと思っていたので、少し改装して。この仕事を選んだのは、親、姉、祖母と、小さい頃から身の回りで多くの人を亡くしたからこそ、今度は僕が多くの人とひとりひとり向き合って生きるエネルギーを与えたいと、そう思ったからです」
この男性が楓くんだとわかったあとも変わらない優しい声のトーン。それでいて言葉に重みを感じる。
私は、14年前の罪悪感で胸がいっぱいになった。
「こんな体勢で言うのは違うかもしれないけど、14年前のこと、本当にごめんなさい。謝って済むことじゃないってわかってるけど、あなたの大切な家族を、たった1人のお姉さんを奪ってしまって……」
「いいんですよ、もう。終わったことです」
トリートメントをする手付きはシャンプーのときよりもいっそう丁寧だ。
「それに、百合さんが悪いなんて思っていませんよ。僕の祖母がそう思っていたように」
「あの日のおばあさんの言葉には救われたの。許してもらえて本当に感謝してる」
「感謝していたのは祖母のほうでしたよ」
楓くんが髪を洗い流しながら言う。
「おばあさんが……感謝?」
「姉にはあまり友達がいなかったので、おばあちゃんは『百合ちゃんがね』って楽しそうに話す姉を見るのが好きだったんです。『百合ちゃんが友達で本当によかった』って」
恨まれるどころか感謝されていたとは夢にも思わなかった。
「でも、桜にはきっと恨まれてるよね」
「そんなことないと思いますよ」
髪を洗い終えた楓くんは、私の顔のタオルを取り、椅子を起こした。
「僕からも1ついいですか?」
温顔な楓くんが鏡の中の私に向かって問いかける。私が「はい」と言うと、彼は受付のほうに言って何かを持ってきた。よく見るとそれは、私がここに持ってきたはがきだった。
「このはがき、実は僕出してないんです」
「えっ」
彼の突然の告白に時間が一瞬止まったような気がした。
「あ、だからと言って、今更お金を払ってくれなんて言いませんよ」
彼はいたずら好きの少年のように笑う。
「でも、どうして渡したときに何も言わなかったの?」
「このはがきからアスナロの香りがしたとき、もしかしたらこれは、僕と百合さんを会わせるために姉が百合さんに送ったものじゃないかと思ったので」
科学的にそんなことはあり得ない。でも、今の私の中にはそうであってほしいと祈る自分がいた。
ふと、楓くんが言っていたことを思い出した。
「さっき言ってた『あねのいたずら』って……」
「アスナロ好きな姉が、店の外を森にしたのかなって。もう元に戻ったようですが」
「あっ、ほんとだ」
いつのまにか窓の外に見えていた木がなくなって、灰色の建物の外壁になっていた。
「それにこのはがきのアスナロの香りは、あなたに対する姉の気持ちだと思いますよ」
「私に対する気持ち?」
「アスナロの花言葉は『不滅』以外にもあるんです。それは、『変わらない友情』――」
途端、私の目に涙が浮かぶ。視界が滲む。数回鼻水をすするが、ドライヤーの音でかき消される。感泣した私に楓くんがそっとタオルを渡してくれた。彼の不思議な力か、ドライヤーのせいかはわからないが、私は今、穏やかな温もりに包まれている。
髪を乾かし終えると、私の髪を整えながら彼が口を開いた。
「今日は百合さんに命のエネルギーを注ぎました。だから姉のためにも、僕のためにも、百合さんは前を向いて進んでください。あなたの心の中で桜という存在が生き続けていれば、それだけできっと姉は喜びます」
「もちろん。さくらは私の中で永遠に不滅だから。ありがとう。本当に、ありがとう」
髪を触ると、自分の髪とは思えないほど艶やかで、なめらかだ。ほんのりアスナロの香りもする。椅子から降りると、来たときよりも体が軽いことに気づいた。10㎝以上髪を切ったせいか。いや、これが『命のエネルギー』の力なのかもしれない。
「また来てくださいね」
「うん、絶対」
クシャっとした楓くんの笑顔を背に、私はアスナロの香りを身に纏いながら、しっかりと、扉を開けた。
鮮麗な黒髪が日の光をいっぱいに浴びて、輝いていた。
完
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?