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【春秋一話 08月】 ウクライナ侵攻と「ゲルニカ」

2022年8月22日第7158号

 ロシアによるウクライナへの侵攻が始まって6か月が経とうしている。
 米欧はウクライナへの武器供与などの支援を続け、終結する兆しは見えない。私たちも毎日のように戦闘により破壊される建物などの惨状を様々なメディアで見せられている。
 なぜこのような戦争が始まってしまったのだろうか。
 ウクライナは1991年のソ連の崩壊により独立国家としての歩みを始めるが、国の西部地域はウクライナ語を話し米欧に親近感を持つ国民が多く、一方東部地域はロシア語を母語とする親ロシア住民が多く、独立後も米欧の鍔迫り合いの舞台となってきていた。
 政権も親欧米派と親ロシア派が対立していたが、2014年に親ロシア政権が敗れ、親欧米派政権が誕生すると、ロシアが反発し、クリミア半島に侵攻し併合した。
 これを契機に親欧米派政権はNATO加盟を求め始め、2019年に大統領となったゼレンスキー氏が公約に掲げたことが今回の侵攻につながっている。
 「紛争を解決し、平和と安定を回復する」などロシア側による侵攻の理由付けはいろいろと言われているが、連日のように放映される惨劇はウクライナ国内のものだけであり、ウクライナから国外へ脱出した国民も500万人を超え、この理由づけもロシアによる一方的なものといえる。
 世界ではこれまで数多くの戦争が行われ、一般市民を犠牲にした一方的な国側の攻撃で始まっていることも多い。1937年、ドイツ空軍が内戦中のスペインに行った攻撃は世界初の無差別市民攻撃と言われ、この時に攻撃を受けたのがスペイン北部の町ゲルニカである。
 この市民を巻き込んだ殺戮を知り、スペイン出身の画家パブロ・ピカソが描いたのが「ゲルニカ」である。ピカソはこの絵を「スペインを苦悩と死に沈めた軍隊に対する憎悪を表現した」と語っているが、この絵には戦闘場面が描かれているわけではなく、むしろ戦争によって与えられる苦悩や苦しみ、悲しみといった人間の感情が描かれていると言われている。
 ピカソはこの絵を描き上げた後に、同じ図柄のタペストリーを3つ制作しており、その一つはニューヨークにある国際連合本部に展示され、反戦を象徴する絵画とされている。
 ところが、2003年2月、米国ブッシュ政権当時の国務長官コリン・パウエルが国連安全保障理事会で幾つかの証拠とされる例を挙げてイラクが大量破壊兵器を保有しているとし武力行使の容認を求める報告をしたが、その演説時に背景にあるはずの「ゲルニカ」のタペストリーに暗幕が掛けられていた。
 誰が暗幕をかけたのかはその後も明らかになっていないが、反戦の象徴である「ゲルニカ」に暗幕をかけ、その前でイラクへの開戦の演説が行われたのは衝撃的な事件であった。
 この事件を知った作家原田マハ氏が「暗幕のゲルニカ」を出版したのは2016年。彼女はこの小説を、反戦の象徴である「ゲルニカ」が書かれた時代と、9・11後の米国という2つの時代を絡め、反戦を訴えるアートサスペンスとして書き上げている。彼女は後のインタビューで「美術が戦争を直接止められることはないかもしれません。それは小説も同じでしょう。けれど『止められるかもしれない』と思い続けることが大事なんです」と述べている。
 「ゲルニカ」の3つのタペストリーのうち1点は高崎市にある群馬県立近代美術館に展示されている。機会を作ってこの「ゲルニカ」を鑑賞し、戦争のない平和な世界を祈ろうと思う。
(多摩の翡翠)


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