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[暮らしっ句]茄子の花2[俳句鑑賞]

つぶやき編


 あこがれは晴耕雨読 茄子の花  石山惠子

 そんな暮らしをやってみたいけど、やれない。やれないというと、普通は不本意の意味ですが、ここでは別の満足があることがうかがえます。「茄子の花」は、「誇りはしないけれど、それなりにうまくいってる」の象徴。
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 もてあます嬰の重さや 茄子の花  高倉恵美子

 実りは目で見てもうれしいですが、さわって感じる重みがまた格別。
 そのことと「嬰の重さ」がどう関係するのか?
 作者は、たぶん子守に少し辟易していたのです。「重いなあ」。腰を痛めそう、とか。これ以上、重くなったらかなわないわ、みたいな。
 でも、そこで「茄子の花」が目に入った。収穫する時に手に感じる重みの心地よさが思い出された。見失いかけていた成長の喜びを、茄子の花から間接的に気づかせてもらえた。
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 茄子の花 落さぬやうに水を遣る  植竹美代子

 茄子の花は実を結ぶ確率がひじょうに高い。とはいえ、早期に花を落としてしまえば、いくら茄子とて実になりません。
 諺に「茄子の花と親の意見は千に一つもアダがない」といいますが、その場で親の意見に従うかどうかは別にして、聞いた言葉を頭の片隅にでも置いといてくれないとどうしようもない…… なんて親の思いが深層心理にあるような。
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 この方の お話聞こう 茄子の花  丸山佳子

 これこそ「つぶやき」。「この方」ってどの方?「お話聞こう」の主語は誰やねん! 誰かに呼びかけてるのか、自分の意志表明なのか…。
 でも「つぶやき」なら、説明の必要なし。
 でも、行きがかり上、ちょっと考えて見ます。
 講演会場の出来事であれば「茄子の花」にはつながりません。親や夫にお説教されているとかでしたら、「この方」とは云わないでしょう。下手な推理はしませんが、思い当たったのは「お見合い」。

「ねえ、『この方』なんだけど、会うだけでも会ってみたら? 嫌なら断ればいいんだから。確かに少し歳をとってるし見た目はあれだけど、お仕事はかたいし、人柄は会ってお話を聞かなくっちゃ、わからないわよ」

「この方のお話聞こう茄子の花」(しゃあない。会うだけ会うか!)

 どうして、茄子の花? こそっと隠れている感じのメタファーではないかと。今どきの娘さんですから仕事はしっかりやってる。でも、プライベートはちょっと「ひきこもり」気味だったとか、勝手に解釈。
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 遊びせむ 茄子は なすの花さかせ  井上菜摘子

 私は私、人それぞれ… 意味はそれだけだと思いますが「遊びせむ」には今様の「遊びをせんとや生まれけむ」が重ねられるているフシがありますし、「なすの花」に、人目を気にせずというスタンスが感じられます。要するに、ふだんおとなしそうな人の、ちょっとはじけてやるか! 宣言~
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 ひと言は つつみ匿して 茄子の花  熊川暁子

「アンタはひと言多い!」の「ひと言」。つい云いたくなる。今だって、頭の中にはその言葉が湧いている。それが湧かないほど、人間出来ていない。でも、出さないように「我慢」は出来るようになった。
 ところが、もう一人の自分が「アナタも大人になったものね!」と冷やかしてくる~ 「あれだけさんざん波風立ててきたアナタがねえ~」と、ニヤニヤしてる。
 そのニュアンスが「つつみ匿して」です。「つつみ隠さず白状しろ!」をもじってる。

 それがどうして「茄子」なのか? 棘があるからです。つまり、「余計なひと言」は自粛したけれど、態度には出しているのでしょう。

あなたそれでいいと思っているわけ?
 わたしは賛成してませんからね。
 この顔見れば、わかるでしょ!


出典 俳誌のサロン 歳時記 茄子の花
歳時記 茄子の花
ttp://www.haisi.com/saijiki/nasunohana.htm


※見出し画像は、生成AIによるものなので
 正確ではありません。写真は画像検索でご覧ください。

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