リアル樹木葬[ショートショート]
「樹木葬」のパンフレットを持ったセールスマンがやってきた。門前払いしないで、つい話を聞いてしまったのは、そこに「カナダ」の文字があったからだ。「カナダ」と云えば、世界に先駆けて安楽死の手続きを大幅に簡略化させた国だ。葬られ方には興味が無かったが、安楽死とセットなら聴いてもいいと思った。
しかし、商品は葬式でも安楽死でもなく金融商品だという。CO2の排出権を商品化したものらしい。それが「樹木葬」とどう関係するのか?
実は今どきの林業と云うのは、商品になる木を選んで一本一本伐採するのではなく、一帯を伐採し、商品にならないものは焼却処分するらしい。燃やせばCO2が出る。森林はCO2削減に役立つどころか逆だそうだ。じゃあどうするのか?
「森林を計画的に伐採して、それを燃やさないで地中に埋めていくんです! これによって大幅なCO2削減が達成できます!」
セールスマンは自信たっぷりだ。こっちが黙っていると、購入を検討していると思ったらしく、余裕しゃくしゃくで昔話まではじめた。なんでも学生の頃はこの近くで下宿していたらしい。彼の出身大学の○○学科はこの国で二番目の超難関だそうだ。体のいい自慢話だったが、頭がいいのは確からしい。そうでなければ、森林を伐採して埋めた方が地球環境のためになる! なんて理屈が理解できるわけがない。
「わたしたちは文明人なのか、未開人なのか? 今、それが問われていると思うんです 笑」
常識のまったくナナメ上をいく話の展開に、断るタイミングを逸してしまったワシだったが、もちろん買う気などなかった。
(仕方がない。パンフレットを見終わった段階で断ろう……)
そう思い直してパンフレットのページを繰っていくと、最後のページに見覚えのある顔があった。老いてもなお、いたずらっぽい少年の面影があるその人物は、マドコンの必須ソフトで世界一の富豪にもなった、あの男だ。この事業の発起人であり、最大の出資者だという。
(確か、ククチンで空前の利益を上げたはずだが……)
印ボーロン界隈では有名な話だ。何しろパパデミックがはじまる何年も前から、それを予告し、関連企業への投資も積極的にやっていたのだ。火のないところには印ボーロンの煙も立ちはしない。
(森を伐採して地中に埋めるという事業については嫌悪感しかないし、その男も大嫌いだが、彼が手がけるなら今回も間違いなく成功する…… )
「あのぉ、一番少額だと一口いくらですか?」
見出し画像は reiwaさんの作品です。
ありがとうございました。
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