見出し画像

貧困問題を考える

今から9年以上前、まだ世の中にSDGsという言葉が生まれていない頃に、私は世界に存在する社会問題を扱った授業を自分の学校で立ち上げ、その授業をGlobal Educationと名付けました。

Global Educationは高校1年生対象の授業で、人権・ジェンダー・教育・平和・異文化などの様々なテーマを扱い、対話を重ねていく授業となります。

このnoteでも、以前に何度かGlobal Educationの授業について公開してことがありますが、久しく自分の授業については書いてなかったので、久しぶりに書いてみたいと思います。というのも、私は現在勤めている学校で管理職をしているため、ほとんど授業を持っていません。授業に対するノスタルジックな思いもあり、今回自分の授業について書こうと思いました。テーマは「貧困」です。

「貧困」の授業に関しては今から3年くらい前に「東京貧困女子」という本を読んだ時の感想文の中で少し書かせていただきました。今回はその内容に加筆したものとなります。

17あるSDGs(国連が定めた17つの世界的社会問題)の1つ目が「貧困をなくそう」です。ただ、我々日本人の多くは「貧困」と聞くと、発展途上国などの一部の国や地域のことを想像すると思います。

そこで、今日のトリガー・クエスチョン。

「日本は貧困か?」

4~5人のグループで話合わせ、代表的な意見を発表してもらいます。

ちなみにみなさんだったらどう答えますか?

まず貧困問題を知るための前提として、「貧困」の定義を知る必要があります。貧困には2種類の定義があると言われています。「絶対的貧困」と「相対的貧困」です。

当然ですが、生徒たちは日本人の平均年収や平均値と中央値の違いなども理解していません。ここでもこれらの質問をグループで話し合わせます。

はい、またここで質問です。

絶対的貧困とは「1日1.9㌦(266円)以下の生活」のことを指しますが、世界で絶対的貧困はどのくらいいるでしょうか?


答えは、約7億人!


世界の人口の1割近い人が絶対的貧困に苦しんでいます。


一方、日本には一日266円以下で暮らしている人はあまりいないので、日本の貧困問題を語るときは相対的貧困を見なければいけません。上記の表のとおり、単身で暮らしている人ならば年間所得(年収ではありません)が1,220,000円以下の人、2人世帯(例:母一人子一人の母子家庭)であれば同1,725,000円以下、3人世帯(例:父母子一人、または母子二人)の場合は2,115,000円以下で暮らしている人たちです。

ここで、中央値と平均値のからくりを教えます。

テストの平均点や会社の平均年収とか、平均値ばかり追い求めると本質を見逃すことがあるよ、と。


では、日本の相対的貧困率はどのくらいか想像がつきますでしょうか。答えを教えると、生徒たちはたいてい驚きます。

公立の学校で言えば、クラスに5人は貧困に苦しんでいるという計算になります。

15.6%(7人に一人)という数字は、思っていたより多くないですか?そしてひとり親(主に母子家庭です)の相対的貧困率はなんと50%を超えます。

ちなみに私は母子家庭で生まれ育ちましたが(父親の顔を知りません)、母親が並々ならぬ努力をしてくれたおかげで、人並みの生活をさせてもらいました。母親には感謝してもしきれません。(この年になってもその感謝の気持ちをなかなかうまく伝えられないものですが・・・)

相対的貧困率15.6%は世界的に見て、どういう数字なのか。ここで、日本を飛び出て、世界に思いを馳せます。いったいどんな国が「貧困国」なのか?世界の貧困国ランキング10位以内に入る国を当ててください!(ここでまた生徒たちはシンキングタイムです。もちろんタブレットの使用は禁止です。自分たちの想像力を働かすことが肝です)

初めて聞く国名もありますよね?

一目見てアフリカの国々ばかりだとかわかりますね。ただ賢い生徒は、「サハラ砂漠以南」というキーワードを口にしたりもします。

相対的貧困率15.6%は世界的に見て、どういう数字なのかは以下のグラフが教えてくれます。

日本は先進国の中で最も相対的貧困率が高く、G7でもワースト1です

日本はOECD(経済開発協力機構)加盟国34か国中相対的貧困率が上から数えて6番目に高いのです。日本は現在世界3位の経済大国のはずですが、バブルがはじけ、小泉政権時代から国民間の格差が広がり、今では立派な「貧困国」となってしまっているのです。これは生徒たちには衝撃的なデータです。なぜならうちの学校は私立なので、基本的に経済的に恵まれている家庭で育った子が多いので、この状況に気づかないのです。ただし、公立の学校でしたら、貧困な状態で暮らす子はクラスに5人かそれ以上いる計算になります。ただ、貧困は通常外から見えにくいもので、身近に「貧困」が潜んでいることになかなか気づけません。

こちらは27位

そして子供の相対的貧困率においても日本はOECD加盟国の中で上から9番目という悲しい現実を受け入れなくてはいけません。言うまでもなく、子供は国の将来を担う宝であり、彼らが夢をもって生きていけるような環境を整えることが大人の、そして国の責任だと思います。しかしながら、現在日本ではそのような状況にありません。

では、日本はいつからこんなに貧しくなったのか。当然ですが、急に貧困率が増えたということはなく、時を経てじわじわと増加していったことが下記のグラフからわかると思います。

2015年に13.6%だった子供の相対的貧困率は2018年には0.4%減の13.5%に改善されています。これは国の施策やNPO団体等の方々の努力の結果と言えるかもしれません。

では、子供が貧困に陥る原因とは何でしょうか。これは生徒たちも容易に想像がつくことです。

原因①も②も日本社会の未成熟さが色濃く表れています。①に関しては、「失われた30年」と言われる経済的停滞が家庭の経済状況に影響を与え、ひいては子供にもしわ寄せが行っていることを示しています。また、②に関してはジェンダーギャップの問題が背景にあり、女性の社会的地位の低さゆえに多くの母子家庭の子供たちが苦しい生活を送っているという現実があります。

母子家庭の生活の苦しさが統計にも表れています

そして、貧困にあえぐ子供たちはどんな問題を抱えているか生徒たちに想像させます。

残念ながら日本では家庭の経済力によって大きな教育格差が生まれています。例えば、私がかつて住んだことのあるオーストラリアやカナダは私立の学校が非常に少ないため、ほとんどの生徒は大学まで公立の学校に通います。ですので、少なくとも高校を卒業するまでは家庭の経済力によって学びの環境が変わることはありません。しかし、日本では裕福な家庭の子たちは塾や習い事に通い、より環境の整った私立校に進学し、裕福ではない子供たちとの格差は年を重ねるにつれて開いていく傾向があります。わかりやすい例としては、東大合格者の親の年収で1番多いのは1000万円台で全体の42%に上ります。

そして次に国内で一番子供の貧困率が高い県を当てさせます。(正解がわかる生徒はほとんどいません)


沖縄の子供たちに思いを馳せます

沖縄と言えば、国内で最も人気のあるリゾート地で、実際に旅行で行ったことのある生徒も多いのですが、まさかあのキラキラした沖縄がこんなに大変な状況にあるとは、想像もできません。

ここで、なぜ沖縄が飛びぬけて貧困率が高いのかを子供たちに考えさせます。

私は学生の頃から子供の貧困問題に興味があり、沖縄の貧困問題についてもいろいろと本を読んだことがあります。そこには歴史的、地理的、文化的背景が複雑に絡んでおり、それらを簡単に生徒たちに話をします。

ここまで来ると、生徒たちはだいぶ日本が抱える貧困問題について理解をしています。貧困問題を決して発展途上国だけの”対岸の火事”ではなく、自分たちの身近な問題としてとらえ、自分たちも些細なきっかけで貧困状態に陥るという現実を理解することを求めています。

上にも触れていますが、結婚した後夫のDVによってシングルマザーになり貧困状態に陥る例や、大学時代に奨学金を借りて22歳で1000万円を超える借金を背負う例、大学を卒業をして非正規雇用で働き、毎日正社員と同様に一生懸命働いているのに貧困状態のワーキングプア。これらが自分の身に起こる可能性は誰にでもあります。そのことを知ったうえで、次のステップとしてこの社会問題を解決していくためには何が必要か、自分たちは何ができるかを考えさせます。

シンパシーではなくエンパシーを。

ここまでは国内の貧困問題を中心に扱ってきましたが、Global Educationという授業名なので、もちろん世界の貧困問題にも取り組んでいきます。フィリピンのスモーキーマウンテンやアフリカのサハラ砂漠以南の地域における貧困の原因などをリサーチさせ、グローカル(Glocal:GlobalとLocalを掛け合わせた言葉)な見地から貧困という社会問題を理解してもらいます。

そして授業の最後には各グループに国内、海外どちらかの貧困問題をテーマにして、そのソリューションをプレゼンさせます。前提として、そのテーマを深くリサーチし、国内のことであれば、できればフィールドワークなどを行ったうえで、できる限りオリジナリティーあふれるソリューションを提案してもらいます。そのソリューションに多少現実性が伴っていなくても構いません。まだ高校生なので、実現可能性に重きを置くよりも、彼らの想いや本気度を見ています。

以上になります。自分の授業のリフレクションもかねて、このシリーズを少し続けていきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。