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第2回 「聖書が語る救い主キリスト」

「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思って、聖書を調べています。その聖書は、わたしについて証ししているものです。」
ヨハネの福音書5章39節

このみことばから3つのことについて、みなさんにお伝えしたいと思います。


その1つは、“ 聖書 について”です。
聖書は神様のことばでありますが、その中に書かれている事がらは、神様が今まで行なってきた事がらと、これから行なう事がらについて書かれています。
聖書は、約40人ほどの人々が神様によって選ばれて、その40人の人々が神のことばを書き綴っていきました。
いまから約3,500年ほど昔に書き始められ、そのあと約1,600年間をかけて聖書は書かれ、私たちの手元に届いているわけであります。
その内容は、すべて一貫しています。ひとつのテーマが流れています。そして調和しています。
そのような書物は他にはありません。
また、この聖書は最も古い書物と言われていますが、今日の私たちにも通用し、適用することのできる内容となっているわけであります。

聖書の素晴らしさを多くの有名人が語っていますが、今日はそのうちの一人を紹介したいと思います。
いま、アメリカ大統領選挙が世界中の注目の的となっていますけれども、第16代アメリカ大統領アブラハム・リンカーンという方がおられました。
この方は、聖書についてこのように述べています。

「聖書は神が人間に賜った、もっとも素晴らしい賜物である。人間にとって望ましいものはすべて聖書に含まれている。」
第16代 アメリカ大統領 アブラハム・リンカーン

リンカーンは、聖書は神様から賜った、もっとも素晴らしい書物である、価値のあるものである、ということを語りました。

さて、2つ目に“永遠のいのちについて”お伝えしたいと思います。
この39節には「聖書の中に永遠のいのちがある」と書かれています。
永遠のいのち・・・これは言い換えるならば“天国への道”また“救い”。
どのようにすれば救われるのか、ということについて述べているわけです。
人間は昔から不老長寿を求めてきました。
人間の本当の思いは、決して死にたくない・・・。
しかし、現実には人は皆、死を迎えなければなりません。
どうして、人間は死ぬのでしょうか。
聖書ははっきりとそれは罪の結果であると述べています。
罪とはなんですか。
それは、私たち人間を創造したまことの神様がおられるのに、その神は私には関係ない、私は神などいらない。
そのように神に背を向けることが、聖書は罪だと述べています。
その罪があるかぎり、人は裁かれなければなりません。
この罪を、裁きを、どのように解決することができるでしょうか。
その答えは聖書の中にはっきりと述べられています。

さて、3つ目に“イエス・キリストについて”お伝えいたします。
この39節には「その聖書は、わたしについて証ししているものです。」と書かれています。
このことばを語ったのはイエス・キリストです。
ですから、この“わたし”というのはイエス・キリストのことであります。
イエス・キリストはどのようなお方ですか。
このお方は、いまから約2,000年前。
神でありましたが、この地上に人として来られました。
その人生は、約33年半であります。
その間に、まことの神とはどういうお方であるのか、どうすれば人は救われるのか・・・。
そのことを語っていきました。
そして、その最後は十字架刑で殺されました。
当時、十字架刑はいちばん残酷な死刑の方法でありました。
神であり、また、私たちに神のことばを伝える素晴らしいお方であったのに、どうしてイエス・キリストは十字架にかかって殺されたのでしょうか。
それは、まったく罪のないお方でしたけども、あなたの罪のために身代わりとなって、十字架の上でその罪の罰を受けてくださったのです。
私たちは皆、罪をもって生まれてきます。
人は皆、神に背を向ける・・・そのような罪をもって生まれてきました。
しかし、救われる方法は、このイエス・キリストがあなたの身代わりとなって十字架の上で罰を受けてくださる。
この方法を通して、人は救われる道を神様によって与えられました。
だれでもこのイエス・キリストを、自分の罪の救い主として神として信じるならば救われる。
これがこの聖書の私たちに与えられている最大のメッセージであります。

あなたは神様を信じていますか。
あなたは救われたいですか。
もし、救われたいのであれば、天国へ行きたいのであれば、ぜひ、このイエス・キリストを信じて救われてほしいと思います。

私は、いまから約32年前に救われました。
イエス・キリストを、自分の救い主として神として信じて救われました。
当時、私はキリスト教系の異端(カルト)宗教と呼ばれている「エホバの証人」という組織に属していました。
しかし、この聖書を通して、イエス・キリストが私の罪の救い主であり、まことの神であるということを信じることができました。
その組織をやめて、クリスチャンとなったわけです。

だれでもこのイエス・キリストを信じるならば救われる。
私は、あなたもぜひ、この方を信じて救われてほしいと願っています。
そして神様もそう願っておられます。

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