犬のワクチン
そもそも、何のために犬にワクチンを接種するのでしょうか。病気を引き起こす病原体が犬の体の中に入ると、病気になったり重篤な場合は死んでしまったりします。しかし、体には一度入ってきた病原体が再び体の中に入ってきても病気にならないようにする仕組みがあります。この仕組みを「免疫」と言い、入ってきた病原体を覚えて体の中で病原体と戦う準備を行います。そうすることで、再度、病原体が体の中に入っても病気にかからない、もしくは病気にかかっても重症化しないようにするのです。
この仕組みを利用したのがワクチンです。ワクチンを接種することは、病原体(抗原)を弱毒化あるいは死滅させて犬の体に入れることです。つまりコントロールされた安全な状態で、犬の体に病原体に対する免疫を作り出させるのです。
そこで、犬のワクチンの種類ですが、3種から10種までの感染症に対応するものが流通しており、大きく3つに分けられます。
コアワクチン (「世界小動物獣医師会」WSAVA推奨):
感染力が強く、かつ感染すると特効薬がなく重篤化し、場合によっては死亡したり後遺症が残ったりする病気に対するもの。具体的に防御できる病原体は、ジステンパーウイルス(CDV)、パルボウイルス2型(CPV2)、および同属のウイルスのため交差免疫が成立するアデノウイルス1型(CAV1・伝染性肝炎)および2型(CAV2・伝染性喉頭気管炎)です。
ノンコアワクチン:
飼養地域・環境によっては殆ど感染の恐れがなく、また感染しても症状が重篤化しないため、接種のメリットとデメットを比較衡量して使用するもの。具体的には、狂犬病ウイルス(RV – 日本では法律で接種が義務づけられているためコア扱い)、パラインフルエンザウイルス(CPiV)、レプトスピラ等です。
* パラインフルエンザ(CPiV)は、咳やくしゃみ、鼻水などの呼吸器症状や発熱など、いわゆる風邪症状を引き起こすが、あまり重篤化しない。そもそも、このワクチンは抗体価と感染防御能力の間に相関がないため殆ど価値がないと言われている。
** レプトスピラ感染症を引き起こすのは250を超える種類の多い細菌(スピロヘータ)で、犬に関しても7種類が家畜伝染病予防法の届出伝染病に指定されている。日本国内でレプトスピラの原因となったものは14種類ほどと言われており、西日本地域で発生が報告されている一方、関東甲信越・東北地方ではほとんど発生していない。しかし、レプトスピラの予防には、血清型とワクチンの型が一致しなければ効果はないため、異なる血清型のワクチンを接種しても意味がない(人間でも、インフルエンザA型のワクチンはB型に効果がないのと同様)。また、細菌であるレプトスピラに対するワクチンは、防御効果が弱く持続期間が短いと考えられることから、年1~2回の接種が推奨されている。
非推奨ワクチン:
使用に関して科学的な正当性が殆どない(根拠となる証明が不十分な)WSAVA非推奨のワクチンです。具体的にはコロナウイルス(CCV - コロナウイルス感染症は通常は無症状か、症状が発現しても軽度)です。
基本的に、ウイルスを殺す薬はないので、ウイルス性感染症に対してはワクチンが唯一絶対の予防法です。しかし、ワクチンに危険はないのでしょうか。いくら弱毒化あるいは死滅させたとしても、病原体を体内に入れるわけですから、当然、副作用はあります。接種直後のアナフィラキシーショックや顔面の浮腫はもとより、ワクチンにより自己免疫性疾患(特に自己免疫介在性溶血性貧血)、癲癇(てんかん)などの発症リスクが高まることが疫学的に証明されています。自己免疫性疾患は、免疫細胞が過剰に反応することにより発症するので、ワクチンによって免疫細胞を刺激すれば発症のリスクは高まります。自己免疫性溶血性貧血がワクチンの接種と関連があることも疫学的に証明されています。この病気は、ワクチンにより免疫系が過剰に反応して、自己の赤血球を破壊することにより貧血となるものです。また、癲癇自体は遺伝性の病気と考えられていますが、ワクチンの接種が癲癇の発作を誘発するリスクを高めることが強く疑われています。したがって、ワクチンは打たないで済むものであれば、打たないに越したことはありません。
一度のワクチン接種で免疫を獲得できれば(抗体ができれば)、ワクチンを何度も接種する必要はありません。ヒトを例にとれば、殆どの病原体(破傷風、ジフテリア、ポリオ、肝炎等)に対する抗体は、ほぼ終生なので、大抵のワクチンは一生に一度だけです。また、ワクチンを接種しなくとも、耳下腺炎(おたふくかぜ)、風疹といった感染症は、一度、罹患すると抗体ができるので、終生、二度と感染することはありません。
では、なぜ犬にはワクチンを毎年接種するのでしょうか。主な理由のひとつは、確実な免疫獲得(感染症予防)のため、多くの獣医師や製薬会社が毎年の接種を勧めることが挙げられます。確かに、十分な免疫獲得や抗体維持のためには毎年ワクチンを接種することが確実な方法であることは自明ですが、ワクチンの危険性を無視した過剰接種に繋がります。そこでワクチン接種で免疫を獲得できたかどうか確認する有効な手段となるのが、中和抗体価の測定です。
ウイルスに、それに対する抗体が反応すると、抗原と抗体が結合してウイルスの中和現象が起こり、ウイルスの感染性や増殖性が失われます。この原理を利用して、血清にウイルスを加えた反応液を培養細胞に接種し、一定量のウイルスを中和できる血清の終末希釈倍数を中和抗体価と言います。(簡単に言うと、反応液を(10倍×)2倍ずつ希釈していき、中和現象が無くなった一つ前の希釈倍数のこと。よって、中和抗体価は…64、128、256、512…、あるいは…80、160、320、640…という値をとる)
ワクチン接種の前に抗体価を測定すれば、十分な免疫が獲得できているかどうかが分かり過剰接種を避けることができます。共立製薬のユーザーガイドによれば、感染症に対する有効な防御抗体価は、ジステンパー(CDV): 160、パルボ(CPV2): 40、伝染性肝炎(CAV1): 40以上です。ただし、ワクチン接種後の抗体価は経年低下する例が多いため、共立製薬では一年を超える長期にわたる十分な抗体価としてはCDV: 640、CPV2: 160、CAV1: 160以上を推奨しています。海外等で公表されているワクチン効果の抗体価の下限値(基準値)はCDV: 16~80、CPV2: 64~80、CAV1: 32~64です。抗体はタンパク質なので、時間がたてば消散して抗体価は低下します。しかし、免疫記憶をつかさどっている主要な免疫細胞であるメモリーB細胞は、感染症ウイルスが体内に侵入してきた際、多量の抗体を迅速に作り出して(抗体価を急激に上昇させて)ウイルスの抗原を除去し生体を防御します。よって、少しでも抗体価が検出されれば(陽性であれば)感染症を十分に防げるので、ワクチンの追加接種は不要という立場をとる米国人獣医学博士 Ronald Schultz (ロナルド・シュルツ)もいます。実際、免疫が獲得されている(陽性の)犬に追加でワクチンを接種しても、既存の抗体が新しく入ってきた弱毒化した病原体の増殖(複写)を阻害してしまうため、期待したほど抗体価が上がらないことがあります
また、獣医によっては、抗体価を検査するよりワクチンを打った方が安上がりと言うかもしれません。しかし良く考えてください、抗体価を調べて十分な抗体があれば、少なくとも1~3年間はワクチンを打たずに済みます。数年に一回の抗体価検査費用と毎年のワクチン代を比較すれば、結果として抗体価の検査費用の方が安上がりです。また、最近では飼い主の意識の高まりから、抗体価検査を依頼するケースが増えており、価格も以前ほど高くはなくなってきたようです。(以前は一抗体価測定につき3~6千円でしたが、最近では三抗体セットで5千円前後の所もあるようです)
純粋にウイルス性感染症予防の見地からではなく、ペット可の宿泊施設、ペットホテル、トリミングサロン、ドッグラン等で一年以内のワクチン接種証明書の提示を求められるため、ワクチンを打つ飼い主もいます。このような施設がワクチン接種証明書の提示を要求するのは、不特定多数の犬が利用する施設で、利用者の犬が病気に感染しないようにするためです。施設利用者の犬が感染症にかかると、損害賠償の責めを負うかもしれないので、それを避けるためです。(もちろん、二義的には施設を感染症の蔓延から防ぐということもあるでしょうが…) この目的からすれば、犬に病原体の抗体が十分にあれば事足りるはずです。理解ある施設は、ワクチン接種証明書の代わりに抗体価検査表で十分な抗体があることが証明できれば受け入れてくれます。それでも、一年以内のワクチン接種証明書を要求する施設は利用しない方が賢明です。あなたは、宿泊やトリミングのために、副作用のリスクを冒してまで飼い犬にワクチンを打つのですか。そういう施設は一事が万事で犬のことを良く理解していないと言っても過言ではありません。
最後に、実際のワクチン接種のスケジュールですが、「世界小動物獣医師会」WSAVAのワクチン接種実施計画(ワクチネーション・プロトコル)では、初乳による母犬からの移行抗体(母子免疫)が減弱する生後6~8週齢(概ね1か月半~2か月)でコアワクチンの初回接種を行い、生後16週齢(概ね4か月)過ぎまで2~4週間隔で接種を行った後、生後26~52週齢(概ね半年~1年)で再接種を行い、その後は3年に1回の接種を推奨しています。また、「一般社団法人 日本臨床獣医学フォーラム」の犬用ワクチネーション・プロトコルでは、コアワクチンの初年度接種は、生後8週齢(概ね2か月)、11週齢(概ね2か月2~3週間)、14週齢(概ね3か月半)の3回接種を原則とし、生後1歳齢で再接種、その後は3年に1回の接種を推奨しています。
まとめると、移行抗体による干渉(ワクチンによる免疫成立阻害)の可能性があるので、生後2~4か月齢で3回接種した後、生後1歳齢で再接種し1~3年毎の抗体価検査とするか、あるいは生後1歳齢から抗体価検査(1~3年毎)に移行すれば良いと思います。
WSAVAは「ワクチン接種を繰り返すことによって、個々の動物に『より高度の』免疫を誘導することは絶対に不可能である。」と明言しています。つまり、免疫が機能している状態でさらにワクチン接種を行っても、病気の予防効果は全く変わらないのです。
犬と猫のワクチネーションガイドライン
世界小動物獣医師会 (WSAVA)
https://wsava.org/wp-content/uploads/2020/01/WSAVA-vaccination-guidelines-2015-Japanese.pdf
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