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気持ちを押さえつけて歩いている【卒業旅行#21フィンランド】

ヘルシンキの街を巡るとき、無意識に出来るだけ気持ちを押さえつけている自分に気が付く。

「私、今、ヘルシンキにいる!」と思うと、どこにいても途端に気持ちや記憶がぶわあとあふれてきて抑えきれなくなってしまうためだ。街の、見覚えのある風景を見て「私、今」となりかけるたびに「おっと」、と思考を止める。
私は、こんなにも自分の感情に揺さぶられる人だっただろうか。


友人の母宅でゆっくりとすごす

フィンランドの友人の母の家に泊まっている。
友人の母からは昨夜眠る前に「私は8時半くらいに起きて出かけるけど、別に起こしたりしないから好きな時間まで寝ててね」と言われていた。お言葉に甘えて、今日はゆっくりと11時ごろに起きだし、たまっていたSNSの返信をし、友人の母が作ってくれたおかゆをサーモンスープと一緒に食べた。おいしかった。

そのあとも、ひたすらのんびりとした。文章を書いた。自分のための文章や、人に宛てた手紙などを書いた。

16時くらいまで、家にいた。朝から夕方まで室内に居たのは、久しぶりだった。友人の母宅は、あまりにも居心地が良かった。家はホテルと違って人が長い時間を過ごすための空間だからそれもそうか、と思った。のんびりとした。

トラムに乗る

16時になって、外に出た。夜はフィンランドの別の友達と会う予定があったので、その前に少し散歩をしようと思っていた。

家を出る。空は少し晴れていて、太陽が見えた。なんでもっと家を早く出なかったんだろう、と少し思う。旅先で宿を出た後はいつもそうだ。

でも家も心地よかったし、良いでしょう。
そう思いながら、久しぶりにトラムに乗り込む。トラムからはしゅー、というトラム独特の音がする。懐かしい音。

トラムから窓の外を見やると、見覚えのある景色が次々に流れてくる。
感情があふれてきて、苦しい。感情が動かされ過ぎると疲れてしまうので、私はそれを押さえつけ始めた。
これがいいことなのか、わるいことなのかはわからない。でも、そうでもしていないと、苦しいのだ。

ヘルシンキの街を歩く

トラムが中心駅に着いた。まずは書店に行って、本を買うことにした。

本は2冊買った。ムーミンの小説と、フィン日辞典。フィン日辞典は以前アマゾンで見たら4,500円だったのが、4分の1の1,200円だった。こういうものは現地で買うに限る。

そのあと、日本へのお土産を見繕い始めるため、いくつかのお店を巡った。
そこで、以前、留学当時のようには「わあ、ムーミングッズ!」「マリメッコだ~!」と無邪気にはしゃげていない自分に気が付く。

大人に、なってしまったのだろうか私は。
それとも、自分が今はここに属していない単なる旅人であることに、何かしらの引け目を感じているのか。

少なくとも、前回の滞在時は全然気にならなかったのに、今回は自分がフィンランド語を使えないという事実に頻繁に打ちのめされていることによく気が付く。
私はここの人にはまだ、なりきれていない、と思ってしまう。悔しい。

友人と韓国料理屋で再会する

18時頃になって、韓国料理屋へと向かった。フィンランド人の友人と会う予定だった。

韓国料理屋の前で再会する。
彼女の名前をミーナとする。ミーナは信じられないほど日本語がぺらぺらなので、最初から日本語で会話。日本人の友人と同じテンポで会話が進む。凄まじい言語能力。

ミーナとは、留学中に一緒に旅行に行ったりした仲だった。
すぐに当時の感じに戻り、近況の報告などをする。

フィンランドの就活の話や、仕事の話も聞いた。
どうやら、就活で書類選考、グループ面接があったり、どういうことができるかとか、この会社に入ったら何をしたいか、とか聞かれるのはフィンランドも同じらしい。働いてもないのに会社に入ってから何をしたいかなんてわかんないよねえ、と嘆きあった。

フィンランドと日本とで違うのは、新卒一括採用のシステムがないことだ。働いた経験が重視されるため、大学を卒業した直後の人はなかなか採用されづらいらしい。

学生の間に経験を得るにはインターンシップなどがあるが、インターンシップは大抵フルタイムでかつ給料が低い(15万円/月くらいと言っていた。ちなみに今の彼女の家の家賃が11万。)ため、それよりは学生でいながらスーパーなどの仕事をした方がお金は貰えるし、大学の課程も進められるから悩む人が多い、と話していた。
どこの国も、職を得るのはなかなか大変だ。

ただし、職についてしまえば、ワークライフバランスは相当担保されているように聞こえた。法律で、夏は最低でも4週間、冬は2週間の休みが付与される決まりらしい。彼女が「4」という音を発したときに「4日かなあ」と思ったので、「…週間」と続いたときはびっくりしてしまった。

なるほど、それなら私はやっぱりフィンランドでフィンランドの職を得たいかなあ、などと考える。まだ先は見えないけど。
いずれにしても、こういうことを教えてくれる友人がいるのは、心底有難い。

そのあとは私の日本での就活の話をした。私がされた面接官からのよくわからん質問や、グループ面接で出会った他のよくわからん学生の話に、彼女は眉をひそめたり、笑ったりしていた。

洗濯機バーに行く

韓国料理を平らげると、私たちはバーへと向かった。洗濯をテーマにしたバー。ミーナが面白い場所があるよ、と連れてきてくれた。メニューは洗濯表示をもしている。確かにこれは面白い。TikTokで去年流行ったらしい。

頼んだコーヒー味のノンアルカクテルはなかなか美味しかった。
あと、すいていてよかった。人が少ないって、本当に良い。東京でこんなおしゃれなところがあったらこうはいかないだろう。たとえ平日の夜でも、がやがやとにぎわっていたに違いない。

22時ごろにバーを出て、中央駅までトラムに乗った。他愛もない話をする。
中央駅前でお別れをした。ハグをする。「また会おうね」「日本も来てね」

「手紙書くからね!」というので、「私も書く!次からは漢字大きめに書くね」と笑う。
先ほど、実は私の手紙の漢字は小さくてちょっと読みづらかった、と言われたところだった。
「それは助かるわ」と笑うミーナ。じゃあ、とそこで別れる。

寂しい。
父に以前、歳を取るとだんだん感情の機微がなくなっていくよと言われたけど、それはいつ始まるんだろうか。私は悲しみや寂しさに弱くなっていくばかりだ。

友人の母宅に戻る

地下鉄に乗って、友人の母宅に戻った。

部屋の鍵をあけると「やっほー」と聞こえる。あら、自然な日本語。
続いて、「彼氏の家行けなくなったから、今晩はここにいる」と聞こえる。あ、お母さん彼氏居る感じね。おけおけ……。

違った。アイラ本人が居た。
驚いた顔に笑われる。「お母さんが話してるのかと思ったよ」と言ったら、「とりさ、昨日お母さん若く見えたって言ってたもんね。彼氏がいるって聞こえてさらに若く感じたんじゃない?」とアイラ。ほんとだよもう、びっくりしたよ。

アイラは今日は調子が悪かったらしく、おでこに冷えピタを貼っていた。
横に行って一緒にテレビを眺める。ただただ、横にいた。

夜が更けていく。
押さえつけた自分の感情の行き場について考える。それらはどこにも行けないで、ぎゅうぎゅうと押し込められている。

一度、押さえつけるのをやめてやったほうが良いのかもしれない。
感じたことに、素直でいられるように。自分の気持ちに、正直でいられるように。
明日は、感じるままにしてみようと思う。どうなるだろうか。



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