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築コレ〜オツな若ぇの生け捕ってきやした96 三遊亭わん丈

三遊亭わん丈さんが弟子入り志願中からお世話になっていたという、代田橋の絹屋呉服店に向かいました。
 前座修業が辛いと聞いていたので、きつい仕事をして身体を慣れさせようと思い、全国で二番目に忙しいと言われている立ち食いそば屋、新宿駅地下の「箱根そば本陣」で半年程働きました。リーダー的な先輩が可愛がってくれて、ご飯を食べさせてくれたりしました。奥様がたまたま呉服屋の社長で、ご夫妻には今でもお世話になっているんです。

 滋賀県で生まれ育って、大学進学で九州に行ってるんです。そこでバンドのボーカルをしていて、お客さんをもっと取り込もうと、MCで喋りまくってたんですよ。それがいつの間にかイベントの司会などの仕事になっていました。東京でタレントにという話になり上京したのですが流れてしまいました。そのまま帰るのももったいないと思って、池袋演芸場で初めて落語を観たんです。出演者がみんな太っているので「この人達、食えてるな」と思いました。落語家になりたいと考え、寄席通いをし、末広亭で師匠・円丈が出てきた瞬間すぐにビリッときました。日本橋亭で弟子入り志願に行き、すぐに取ってもらえました。
 わん丈の名前の由来は、おかみさんが「今飼い犬が彼の前を横切ったからわん丈でいいんじゃない」って。「ナンバーワンのワンでもある」って師匠も言ってくださいまして、とても気に入ってます。
 先輩方や関係者の方から「気が利くね」と褒めていただくこともありますが、ただ一生懸命やっているだけです。本当は気遣いができないんです。カミさんには「全然だめじゃない。普段どれだけ仕事モードに切り替えてんの」って言われてます。
 二ツ目になっても営業は全くかけてないんです。師匠から「落語家っていうのは呼ばれて現場に行き、高座に上がってお客様に感動してもらう。良い芸をしていれば、それを見てくれてる人がいて、会を開いてくれる。その人に恥をかかさないように良い芸をする。これが芸人の仕事なんだ」と教えられ、今も頑なに守ってます。
 将来的には上品な噺家、言葉という芸術を届ける噺家になりたいです。喋るのは誰にでもできることなので、その中でお金を取っている以上、素人にはできない喋りをできるようになりたいです。

●お洒落なわん丈さんは、裏地が桜の羽織を使用しています。取材に行った日には、たい平師からもらったという素敵なジーンズを穿いていました。
三遊亭わん丈 本名=延川熙龍。1982年12月1日生まれ。滋賀県出身。北九州市立大学卒業。2011年4月、三遊亭円丈に入門。12年4月に「わん丈」で前座。16年5月二ツ目昇進。出囃子=小鍛治(義太夫)。血液型A型。


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