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摂食障害の成り立ち

 この記事は,なんばながたクリニックのホームページにある,永田俊彦先生の解説をそのまま紹介するものです.私は,摂食障害の当事者として,自分の物語を切り売りすることに意味を感じません.私は,摂食障害の当事者や関係のない人に,この病気について可能な限り正確なことを知ってもらうことの方が意味があると思います.専門的な内容は,当事者にも無関係者にもとっつきにくいのかもしれませんが,だからこそ,こういった場で情報を目につくようにしたいのです.

摂食障害の成り立ち 永田 利彦※

はじめに
 摂食障害の病理)ついてどう考えられているのか,なるべく簡単に説明したいと思う.摂食障害(神経性無食欲症・神経性過食症・拒食症・過食症)の診断は行動面と精神面の両方で行われる.行動面では,極端な摂食制限,過食,自己誘発性嘔吐,過剰運動などを行い,その結果としての低体重に陥ると神経性無食欲症(拒食症・神経性食思不振症)となる.体重は正常範囲内で過食があると,神経性過食症(過食症・神経性大食症)である.また,精神面では身体像の歪み(やせ細っているのに太っていると言い張る),痩身への執着などが上げられる.先進諸国の現代女性の多くが痩身をあこがれ,摂食障害の症状とされる行動を,少しはしたことがあるだろう.そこが診断基準の難しさであり,これをダイエット文化と称し,摂食障害の原因と主張する人もいるが,これも摂食障害の一側面に過ぎない.すべての摂食障害を1つの原因で説明できないところから,多次元的,多因子的であるとされてい流.最近では,このような原因追及路線ばかりでなく,まずは治療的観点から,個々の患者の精神病理に目を向け,理解することの重要性が指摘されている.

生物学的な側面
 米国を中心とする摂食障害の治療者・研究者の世界最大の組織である摂食障害アカデミーは,摂食障害を躁うつ病などと同様に,生物的な基盤を有する重症な精神障害 (biologically based, serious mental illnesses: BBMI)ととらえている.背景には、民間企業が健康保険を担っている米国の医療事情がある.その結果、医療費が高くなりがちである摂食障害治療への風当たりは強く、どうしても、本当に病気なのだと周知する必要があるからだ.

1. 遺伝的側面
 欧米では,10年ぐらい前から母子ともに摂食障害であることも稀ではなくなり,第2世代の時代に突入したと言われ始めた.日本では,そのようなケースはまだ稀である.欧米における家族研究(患者の親戚の方々に面接調査し,摂食障害を有しているかどうか,摂食障害を有していない人の場合と比較する研究方法)では,摂食障害患者の家族における摂食障害の有病率が有意に高く,双生児における一致率などから遺伝性を計算すると50~83%であった.この数値を聞くと遺伝性の高い障害のように思われるかもしれないが,躁うつ病などに比べると低い数値である.

 分子生物学的な研究では,第1番,4番,10番染色体の領域と摂食障害との間に弱い連鎖が報告される.また,摂食障害の危険因子と関連すると考えられるセロトニン,脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor: BDNF).オピオイドなどの遺伝子との関連が指摘されるが,これらの遺伝子の相関研究の結果は気分障害,不安障害,物質使用障害などでの結果と共通している.

2. セロトニン仮説——強迫スペクトラム障害仮説
 神経性無食欲症(拒食症)患者の脳脊髄液中のセロトニンの代謝物質は低下しており,体重が回復するとかえって上昇することが知られている.また,頑なに食すことを拒否し,低体重に固執する姿は「強迫的」である.さらに,病前から頑固であることが多く,病前性格の強迫性も記述されてきた.

 それが、診断の信頼性を重視したアメリカ精神医学会の診断基準 Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM)が操作的診断基準の形式をとるようになると、強迫的性格から強迫性障害に軸足が移った.DSM診断基準の各項目は,専門的で「文学的な」ではなく,より平易な言葉によって記述され,診断にはトレーニングが必要なものの,若い精神科医でも診断できるようになった.また,併存症として1人の患者に複数の診断をつけることができるようになった.そこで,併存症研究が行われるようになると,摂食障害の患者では強迫性障害の併存が多いことが明らかにさた.また,摂食障害に併存する強迫性障害の症状としては,整理整頓にこだわることが多いことが報告された.このような強迫性障害の併存率の高さやセロトニン系との関連を通じて,強迫スペクトラム障害の1つに摂食障害を含めようとする動きがある.しかし,強迫性障害には薬物療法が有効だが,同じ薬剤の摂食障害への有効性は限定的である.そこで,確かに神経性無食欲症での強迫性障害の併存は対照群より多いものの,摂食障害の異質性(均質ではなく種々雑多なものの集団であること)を示しているに過ぎない,という意見になりつつある.その結果,2013年に改訂されたDSM-5では,摂食障害は強迫スペクトラム障害に含まれなかった.

3. その他の神経伝達物質などの関与
 これまで視床下部—下垂体系,ノルアドレナリンやドーパミンといった神経伝達物質,各種の神経ペプチド,悪液質と関連する腫瘍壊死因子(TNF:Tumor Necrosis Factor)をはじめとするサイトカイン,脂肪細胞が分泌し強力な摂食抑制やエネルギー消費亢進をもたらすレプチンを初めとするアディポサイトカインなどが摂食障害の病因と関連するのではないかと期待されてきた.それらの物質やそのシステムは,確かに摂食障害では対照群に比べ有意に上昇(または低下)しているが,単に低栄養状態や混乱した摂食行動の結末ではなく,プライマリーなもの(原因となる可能性のあるもの)だとは証明し切れていない.また,動物モデルによって摂食制限に続発する過食行動などを説明できるが,身体像の歪みや自己誘発性嘔吐といった人間の摂食障害の精神病理や行動は再現できない.大脳皮質などもっと上位の中枢神経系の関与が重要だと考えられている.

4. 認知機能
 摂食障害では実行機能(executive function、具体的にはセットシフトset shifting、環境の偶発的な変化・刺激に応じて反応を柔軟に変化させる能力)の困難さや、セントラル・コヒアレンス(central coherence)の障害(木を見て森を見ず、つまり細かい情報処理は得意だが、概観を見渡すことが苦手)が報告されている.また,回復した神経性無食欲症 (拒食症) の患者や、摂食障害を有さない患者家族もセットシフトの困難さが認められるとの報告がある.しかし,この部分の研究は日が浅く,これらがどの程度摂食障害の病理と関連するか,不明な部分が多い.

心理社会学的な側面
 多くの生物学的な指標が,やせ(低栄養状態)や混乱した摂食行動の結末であることを否定しきれないなか,心理社会学的な側面の重要性も無視できない.

1. 社会的な側面と病態の変化
 摂食障害の臨床像,病態,精神病理の時代的変遷は,その背景にある社会・家族構造,価値観の歴史的変遷と無縁ではない.宗教的な行為としてのやせや断食の歴史は長い.だが,それは宗教行為であって病気・疾患ではなく,決して治療の対象ではなかった.ところが,ルネサンス,産業革命,市民社会の成立とともに聖人から医学モデル(sainthood to patienthood)へ,女性の地位向上と家族構造の変化,1950年代後半以降のツイッギー(Twiggy, 小枝,本名レスリー・ホーンビー、ミニスカートの女王と呼ばれたモデル)の登場の共に先進各国でダイエット文化の広がり,身体的欲求の抑制,禁欲主義,自己犠牲という断食から,現代的な美容のためのダイエットに移行し,摂食障害の広がりにつながる.

 力動的には神経性無食欲症(拒食症・神経性食思不振症)は分離と自立の問題とされてきた.Hilde Bruch(1962)は①ボディイメージや身体の概念が妄想的な程度まで(delusional proportion)障害されており,②身体内部への感覚のとらえ方に障害があり,③思考,行動に全般に広がる無力感があり,自分のしたいことを全くしておらず,その場,その場で周囲の人に合わせて行動してるだけと感じている,とした.その後Gerald Russell(1970)は,神経性食思不振症の中心的な精神病理が,肥満に対する病的な恐怖であるとし,後年(1979年)には神経性大食症(神経性過食症)を提唱した.そして現在,摂食障害の中心的な精神病理は,身体像の障害とされている.具体的には,体重,体型,またはその両方の囚われていること,自己評価の決定において体型や体重が過剰に重きをなしていること,極度のやせ症状の深刻さを過少化または否認すること,自身の身体の捉え方に障害があること,例え低体重であっても体重増加に強烈な恐怖を感じることが,主要な症状とされている.

 そして,西洋先進諸国とその他の国によって有病率に大きな差があることから,文化結合症候群(culture-bound syndrome)の側面があ流.しかし,国によって有病率に大きな差がある精神障害は摂食障害だけではない.日本でも直接面接による有病率研究がなされるようになり,日米間で社交不安障害は8倍,双極性障害に至っては26倍の有病率の差があることが分かったが,それらを文化結合症候群という人はいない.

2. 併存症研究がもたらした種々のモデル
 強迫スペクトラム障害との関連で既に紹介した通り,病因についての想定を排除した(atheoretical)操作的診断基準の登場後,摂食障害における気分障害,不安障害,物質使用障害,パーソナリティ障害といった他の精神障害の併存率が高いことが報告され,それらの併存から病因を理解できるという気運が起こった.その結果,気分スペクトラム障害,強迫スペクトラム障害,嗜癖モデル,境界性パーソナリティ障害などのモデルが提唱さた.しかし,それらの併存症の多くは摂食障害が改善すると軽減することから,半飢餓状態,過食と排出行為という混乱した摂食行動の結果である可能性を排除できない.性格やパーソナリティに関して,下坂幸三などが指摘した通り強迫性や統合失調性気質が注目されてきたが,操作的診断基準の導入とともに強迫性パーソナリティ障害に注目が移り,一方で完全主義傾向や自己評価の低さなどが危険因子としてあげられている.ところが,最近では,これらは摂食障害の1群を説明することはあっても,全体を説明できるかには疑問が投げかけられている.
治療的観点から

 どのような病因論も治療的な有用性がなければ意味がない.セロトニン仮説も,選択的セロトニン再取り込み阻害薬の二重盲検試験の結果が芳しくない.一方で病態や精神病理は「比較的裕福な家庭で育ち、品行方正で、成績優勝な女子学生」から、小学生までの低年齢化、既婚症例を含め中年以降の症例による「高年齢」化、男性例の増加などの多様化を経て、単純化できなくなっていっている.

1. 超診断モデル
 神経性無食欲症と神経性過食症の亜型間の移行は頻繁で,亜型分類にとらわれず超診断的(transdiagnostic)に,摂食障害に直接関連しない完全主義,中心的な自己評価の低さ,対人関係の困難,感情不耐性をも治療の対象にすることが提案されている.「摂食障害の専門的治療」を提供者によれば,食事の内容や身体像を治療の対象にしても効果は極めて限定的であり,その背景にあるものへの治療アプローチの重要性が高い.

2. パーソナリティ障害も含めた分類
 また,摂食障害症状のみならずパーソナリティ障害の症状とされる部分をも含んで,高機能・完全主義的,統制障害,抑圧的に分類しようとの試みもなされている.これは摂食障害発症以前から自傷や自殺未遂を繰り返している1群や,全般性の社交不安障害の発症が先行し,社交不安障害を優先して治療することで摂食障害も改善する1群の存在と一致する.

参考文献

1. Fairburn, C.: Cognitive Behavior Therapy and Eating Disorders New York, Guilford Press, 2008
2. Klump, K. L., et al.: Academy for eating disorders position paper: eating disorders are serious mental illnesses. Int J Eating Disord, 42:97-103, 2009
3. Nagata, T., et al.: Multi-impulsivity of Japanese patients with eating disorders: primary and secondary impulsivity. Psychiatry Res, 94:239-250., 2000
4. Roberts, M. E., et al.: A systematic review and meta-analysis of set-shifting ability in eating disorders. Psychological medicine, 37:1075-1084, 2007
5. Thompson-Brenner, H., Westen, D.: Personality subtypes in eating disorders: validation of a classification in a naturalistic sample. Br J Psychiatry, 186:516-524, 2005
6. Treasure, J., Claudino, A. M., Zucker, N.: Eating disorders. Lancet, 375:583-593, 2010

※)大阪市立大学医学部卒,同大学院医学研究科修了(医学博士).大阪市立大学助手,講師,大学院医学研究科(神経精神医学)准教授を経て,なんばながたメンタルクリニック開院.

ピッツバーグ大学メディカルセンターWPIC摂食障害専門病棟で客員准教授として診療,研究に従事.精神保健指定医、産業医.うつ病学会(評議員、日本うつ病学会治療ガイドライン作成委員会委員),不安障害学会(評議員),精神神経学会(専門医・指導医),摂食障害学会(理事長),精神科診断学会(評議員),児童青年精神医学会,Academy for Eating Disorders, Eating Disorder Research Societyなど の学会に所属.

永田英彦氏の著書等

こころの科学 209号(2020年1月号)

うつと不安のマインドフルネス・セルフ・ヘルプブック
~人生を積極的に生きるためのDBT(弁証法的行動療法)入門~
トーマス・マーラ 著 / 永田利彦 監訳 / 坂本律 訳


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