見出し画像

日本における摂食障害治療の課題

この記事は,摂食障害全国基幹センター長 安藤哲也氏が書かれた「摂食障害の現状」の中から,摂食障害医療の課題と,接触障害について抑えておくべき点を抜粋したものです.このような現状を多くの人に知ってもらいたいです.

イ)わが国おける ED(Eating disorder:ED)の医療の課題

 わが国における、EDの医療体制の問題点として患者の相談・治療・支援につながる窓口が明確でないこと、専門的治療に至る経路が確立していないこと、専門的治療や支援の受け皿が少ないことがあげられる。そのため、多くの患者が適切な治療を受けることができずに早期に回復する機会を逸して いると考えられる。

○ 治療を受けていない患者が多い(アンメットニーズがある)
 保健所や学校、摂食障害治療支援センター相談事例の調査で約半数の患者が治療を受けていない。

 ・ 保健所・保健センターの相談事例のうち治療中断は 29.8%、未受診は 19.2%であった(西園ら 2016)
 ・ 神経性やせ症が疑われる生徒のうち 1/3~1/2 が医療機関を受診していない(堀田 2015)
・  摂食障害治療支援センターの相談事例 47.9%が相談時に ED の治療を受けていなかった(小原 2018)

○ どこに相談したらよいか、どこで治療を受けたらいいわからない

 EDの治療を行う診療科は精神科や心療内科、小児科であるが、これらの診療科であってもEDに対応していないことが少なくない。保健所・保健センターでは患者や家族から相談を受けることが、学校では ED の疑われる児童・生徒に遭遇することがあるが、医療機関に相談したり連携したりすることに困難を抱えている。

・ 管内にED治療を依頼・相談できる心療内科・精神科がある保健所は36.5%、小児科があるのは12.3%(西園ら2016)。
・ 4 県で小中高校の養護教諭 1886 名が 3 年間に 1620 人の ED を疑われる生徒(1 教諭当たり約 1 名)に遭遇したと 回答したが、医療機関への連携ができていると回答したのは 2-3 割に過ぎなかった。(中里ら 2015)。

○ 治療できる施設が少ない

 一部の医療機関に患者が集中 一部の施設に患者が集中し、患者は十分な治療が受けられない一方、医療者側の疲弊やバーンアウトも生じやすい診 療施設を増やしていくことが必要である。

・ 精神科では報告患者数上位5%の施設が精神科全体の報告患者数の50%を占め、同じく心療内科、小児科でも上位 5%施設が60%を占めている(厚労科研研究班 全国患者数調査)

○ 診療科や医療機関間の連携が不十分

 ED患者は最初に内科や小児科、産婦人科、救急など身体科を受診することが多いが、そこからEDの専門的治療につながらないことが多い。多くの先進国では EDの専門治療施設があるが、わが国にはない。ただし、EDは患者数が多く症状の多様性や身体合併症・精神併存症の有無や、重症度等により必要な治療が異なるので、一部の ED専門施設だけで全患者を診ることも現実的ではないと考えられる。

○慢性化、高齢化患者が増加する懸念

 2014-15年の病院の患者数調査の二次調査では40才以上の患者の割合は20%を超えている。1998年調査では 10 %に満たなかったので、中高年の割合が上昇している。支援センターの相談事例においても平均年齢は29才前後である。今後、長期間回復しないまま高齢化した患者に対する治療や支援が大きな課題になると予想される。

ウ)課題の解決のための対策

○ 相談支援の窓口をつくる

 各地域での患者や家族、医療機関などからの ED に関する相談の受ける窓口をつくり明確化する。また相談支援者のツールを開発する。相談支援者の研修などの知識・技術の習得の機会を作る。

○ 診療施設を増やす

 EDや治療についての知識・技術の普及啓発、研修や講習などの技術支援、マニュアル、マテリアル などの診療のツールを作成する。診療施設が増えない要因を分析し対策を提言する。

○ 地域の診療ネットワークを構築する

 拠点医療機関を中心に地域の総合病院、単科精神科病院、クリニックで役割分担して、診療ネットワ ークを構築する。連携のツールを開発する。

○ 早期発見・介入のためのゲートキーパーの養成

 学校の養護教諭などの保健管理担当者や、保健師のEDへの対応のツール開発や研修を行う。

○ 普及啓発活動を行う

 一般の地域住民やED関係する医療、保健、福祉、教育、行政などの専門職に摂食障害の理解を広める。

摂食障害の解説

a) 摂食障害とはどんな病気か
 EDは食べることの異常を特徴とする心の病気(精神疾患)である。

○ 摂食障害の主な症状は三つ
・低体重(やせ):食べる量を制限してやせる
・過食:大量に食べることをくりかえし、自分ではそれをコントロールできない。
・不適切な代償行動:体重が増えないように食べたものを吐いたり、下剤や利尿剤、浣腸などを使う。絶食する。運動して消費する。

○ 心理的な特徴:体重や体型、食事への感じ方に障害があり、体重や体型、

 食事やそれらをコントロー ルすることに非常に強くとらわれている。自己評価が体重や体型に過剰に影響される。

○ 分類:主に「神経性やせ症」「神経性過食症」「過食性障害」の三つ
・神経性やせ症:低体重(やせている)。代償行動はあることもないこともある。
・神経性過食症:過食や代償行動を繰り返す。体重は正常か過体重。
・過食性障害: 過食を繰り返すが、代償行動はない。体重は正常か過体重。

b) 知っておきたいEDのポイント

○ 遺伝と環境が複雑に絡み合ってかかる病気であり、特定の原因によるものではない

 生まれ持った遺伝的要因と、生まれ育った環境的要因が関係する。ED の原因についてはしばしば根拠のない、あるいは誤って単純化された言説が流布されており、正しい知識の普及啓発が必要である。

○ 若い女性に多いが、年令、性別等にかかわらず全ての人がかかりうる

 10~30 才代の若い女性に多く、発症のピークは10代後半。男性や小児、中年以降の発症も少なくない。若いころに発症し、回復しないまま中高年に至ることも少なくない。体形、体重、性的志向、経済力、社会的地位によらず全ての人に起こりうる。過食性障害は頻度に男女差が少なく、年令層も比較的高い。

○ 発症のきっかけはダイエットやストレスが多いが、それ以外や不明なことも

 発症前にダイエットやその他の理由による体重減少、人生上の出来事や対人関係などのストレスがあることが多い。

○ コモンな病気である

 日本の女子生徒・学生の0.2-0.4%程度が「神経性やせ症」、1-2%程度が「神経性過食症」。一般に男性患者は女性の10 分の1 程度といわれているが、わが国では男性例についての十分な調査がない。

○ 回復に長期間要することが多い。一部は慢性化する可能性がある

 発症から5年で6割前後、10年で7-8割の患者が回復。2 割前後が10年以上の長期回復しないとされている(多数の報告のまとめ)。長期的な治療や支援が必要である。

○ 早く治療を始めた方が回復しやすい

 発症から治療を受けるまでの期間が短い方が回復しやすい。相談窓口やゲートキーパー、診療連携の充実が求められる。

○ 受診が遅れがちである

 治療を受けることに抵抗があることが多いEDの病理の特徴としての病識の欠如や治療に対する両価的感情(治りたい一方で治るのが怖い)があることや、恥じて隠している(特に過食や嘔吐の場合)等で受診が遅れがちである。周囲も気づきにくい。生命危機でも治療拒否する場合など、医療保護入院等が検討されることも少なくない。

○ 身体合併症が多く、生命の危機や後遺症の可能性もある

 やせや栄養障害、過食や嘔吐などにより全身の臓器に障害を起こしうる。女性では無月経や月経不順が多くなる。精神科と身体科(内科や小児科、産婦人科、救急など)との連携が必要になる。最初に身体科を受診するケースも多い。

○ 別の精神疾患を併発しやすい

 約半数が別の精神疾患を併存。不安症、強迫症、抑うつ障害、アルコール・薬物依存が比較的多い。そのため別の精神疾患で受診しているケースがある。近年、発達障害の併存や関連が注目されている。

○ 社会的機能障害、社会的損失が大きい

 ED 罹患者は学業に遅れや、経済的に依存する割合が高く、子どもを持つ割合が少ないこと等が報告されている。長期化した例での身体的、身体的、機能的障害は大きく、統合失調症のような重篤な慢性の精神疾患に匹敵すると報告されている。

○ 死亡率が高い

 神経性やせ症は同年代一般人口の 5.9 倍、神経性過食症は 1.9 倍高い。神経性やせ症の粗死亡率は10 年で約 5%、神経性過食症の粗死亡率は10年で約2%である(海外の報告)。

○ 自殺率が高い

 神経性やせ症は同年代の一般人口の約31 倍、神経性過食症は約7.5倍自殺リスクが高い(海外報告)。

○ 家族の負担が大きい

 異常な食行動やこだわり、精神的不安定などに身近で接する家族の精神的苦痛やケア負担は大きい。

○ 外来治療が基本。重症例や悪化時には入院治療が必要

 回復まで長期間要するので生活地域での外来治療を主体にして重症例や悪化時に入院治療をできる体制が求められる。

○ 治療は食事・栄養療法や心理療法が中心。薬の効果は乏しい

 薬物の効果が乏しい。食事・栄養指導や心理社会的治療が主体。精神科医、内科医、臨床心理士、ソーシャルワーカ ー、看護師、作業療法師、(管理)栄養士、薬剤師、等様々な職種、専門家のかかわりが求められる。

もしサポートをいただけた暁には、私の生活が豊かになります。