見出し画像

村山修二郎インタビュー

愛犬家が犬を散歩するように、自ら育てている植物の鉢を移動させ、様々な人とのコミュニケーションを誘発する。東京の都市部で植物の鉢を引っ張りながら歩き、お互いの植物を愛であう人々の姿は想像するだけでほほ笑ましい。これはアーティスト村山修二郎が目論む「動く鉢」というプロジェクトだ。村山は、常に自然と人との関係を探りながら作品づくりを行う作家で、植物や花を画材として直接紙にこすりつけて絵を描く「緑画(りょくが)」という絵画の制作も行う。村山の活動と東京ビエンナーレにかける思いを伺った。(聞き手=上條桂子)

村山修二郎の作品ページはこちら


植物を見て触って、
嗅いで感じて絵を描く。

東京ビエンナーレ(以下、T):まずは村山さんの活動についてお聞かせいただければと思います。今回東京ビエンナーレで発表されるのは、「緑画」と「動く鉢」の2つのプロジェクトということでよろしいでしょうか。

村山修二郎(以下、M):はい。植物を使って描く「緑画」は以前から行ってきた活動で、今回新たに「動く鉢」のプロジェクトに合わせてチャレンジします。他にイベントもいくつか考えています。

T:もともと自然の何かを使って絵を描くことをされていたのでしょうか?

M:いいえ。2006年ぐらいから植物を対象にして絵を描くようになったのですが、実際に植物を使って描き始めたのは、2009年に秋田の大館市で開催された『ゼロダテ』(※編註『ゼロダテ(0/date)』は2006年に大館出身のクリエイターが自発的に立ち上げたアート×地域の活動。http://www.zero-date.org/)というプロジェクトにおいて、森の中で地に紙を敷いて描いたことが初めてです。

植物の引力-min

「植物の引力」 紙、雑草など 5580×5900/多摩川の河原、東京都稲城/2013年

:村山さんと自然とのかかわりについて教えてください。

M:小さい頃は東京の多摩地域の福生に住んでいてよく雑木林で遊んでいました。この幼少期の体験が根底にあり、大学で制作を始めた時から、大きなものではなく身近にあって何気ない小さなものや雑草(植物)に惹かれていました。 大きなマクロの世界だけではなくてスモールワールド(身近なところ)に目を向けたいというのと、植物が持っている可能性は、制作初期の予備校時代からも感じていて、講師に言われるわけでもなく家で自身の意思で植物を描いていました。植物は、有機的で造形性も美しく、描くだけで作品になるようで魅力でした。同じ葉っぱでも、一つひとつまるで違うということを理解していたので、普遍的な価値から描く対象にしたいと当初から考えていました。

卒業後は、仕事の関係で数年東京の墨田区に住んでいたのですが、植物が身近にない環境に身を置いたことにより、小さい頃の植物が好きだった感覚が呼び覚まされたのです。そういえば植物って香るよね、色が出るよねということや、小さい頃遊んでいてお尻に草の緑色がついたとか、転んで膝頭に色がついたことなど。元々好きだった植物に対しての愛着、表現したい描きたいという思いが出てきたのです。それが2000年くらいだったでしょうか。そこから植物に関する制作やプロジェクトを丁寧にはじめて行きました。

その後、いい歳になってから様々なリスタートのために、東京藝術大学大学院の中村(政人)研究室に入り、その時にゼロダテがあり、初めて秋田県の大館に行きました。秋田の森の中で植物で絵を描いてみようと試すと、本当に色が出てくるし面白かったんですよね。それで、展示制作場所の大館食品さんの壁に何気なく描いたのです。それが「緑画」の始まりでした。他の人がやっていないからやったのではなく、ごく自然な感じで描き始めたのです。

T:「緑画」を描くとき、描くものの大きさやモチーフ、色、その土地の植物にされるなど、もしご自身の中でのルールがありましたら教えてください。

M:もともとは緑の葉っぱで描くことから緑画と名付けました。ただ、秋田で春夏秋冬通して描き続けているうちに、花も根っこも色が出るし、枝も引っ掻くと色が出るということに気がつきました。「緑画」と名付けていますが、実際の自然画材は幅広いです。場所についていえば、緑画は大学の研究室のような場所では描きません。基本的には植物の生えている場所に行って、その場で採取して、その場で描いていきます。

T:その場で描かれるというのは、植物の鮮度や色と関係ありますか?

M:そうですね。採取すると葉っぱの水分量が落ちて行くので鮮度がいいうちに描きたいというのはありますね。油絵のようにチューブから絵の具が出てきて、描くものではありませんから。例えば、紫色の花で絵を描くと青い色が出たり、赤い花であっても色が出なかったり。花によって全然変わってくるんですね。葉っぱも緑がずっと残る場合もあれば、すぐにオレンジ色に変わる場合もあります。葉っぱの種類によって全然色の出方が違うのが面白いです。そのように視覚で学び感じる部分と、花や葉っぱは香りもすごい。さらに直接植物に手を触れて描くので、触感も使います。描いていくうちに、五感を使っているなということを実感します。これはセラピー的な部分もあり癒されるんです。

また、その場で描き残った植物は必ず土に還しています。つまりゴミ箱に捨てない。小学校でワークショップをやると、先生方が植物をゴミに捨てようとするのですが(笑)、そういう時には、これは土に還すのですと話をします。子どもたちにも命をちょうだいして描いているので、土に還しましょうと伝えます。

展覧会の際は、その場所へ行って地域の植物を拾い採取して、制作します。東京でよくやるのは、お花屋さんで廃棄される植物をもらって描くことです。長く緑画の活動をしていくと花屋とも仲良くなっていくのですが、花屋は結構シビアに植物を捨てていってしまいます。シミなどがつくともう売れないということでポンポンきれいなものでも捨てます。東京で緑画をやるときはそれを使ったり、わずかな雑草を使ったりします。

植物で絵を描く-min

「植物で絵を描く」 屋上植物採集/田原小学校・東京都台東区/2011年

T:油絵などは描かれた状態をずっと保っておけると思います。美術館などでは、絵の状態を「保つ」ことが重要視されています。「緑画」の場合は、変化していってしまうという点では、逆なのかなと思います。作品を残すということに対して、村山さんはどう考えていらっしゃいますか?

M:私は東京藝術大学の油画科だったのですが、何故油絵を選んだかというと、表現の幅が広くいろいろなことができそうだなと思ったからなんですね。また、大学入試の時に必ずしも油を使わなくても大丈夫だったので、コーヒーを濃く溶いたり水彩系絵の具を90%くらい使って絵を描きました。様々な表現を独自に学んでいくうちに、自分にとっては油絵の具よりも、どちらかというとスケッチやドローイング、デッサンというような、どんどん描きこんでいける手法が合っているなと思うようになりました。油絵の保存性というような魅力は理解していたけど、そこがいいと思ったことはありません。なので、植物で描く行為にすっと入って行けたのだと思います。

また、「緑画」は植物を潰しながら描いています。植物が好きだった分、それは変にお金にできないというか、自分のものだけにはしておけないというような感覚になりました。植物の色は自然のものだし自然のままがいい。色を留めておこうという考えにはならなかったです。でも、植物の色って意外と退色しないのです。空気に触れさせないようにビニール袋の中に入れて、光に当てないように保存しておくと数年間はそのままなんですよ。逆に、光に当てると一気に色が変わっていきます。夏などは1日、2日、冬はもう少しゆっくりとした速度で変わっていきます。袋に入れてしまっておけば匂いも保存されます。そういう保存方法を何か確立して行けば、数年前に描いた植物の香りをもう一度嗅ぐことができるかもしれないですね。

T:緑画をいろんな場所でやっていて、地域の違いはどういう風に感じますか?緑の濃さや東京はちょっと違うと言ったことがあれば。

M:東京は探すのにひと苦労で、トランスアーツ東京(2012年)で緑画を描いたときは、神社に生えている雑草をもらったりしていました。気が引けるので皇居にはいきませんが、アーツ千代田 3331の植え込みや、街中の雑草が迷惑をかけているような場所のはちょうだいしたりします。春と秋口などは葉っぱの濃度や色味が違うけれど、雑草はもうほぼ帰化植物になっているので近年は身近なところに生えている植物は地域によって差はあまりないと感じます。

T:一回の制作でどのくらいの量の植物を使いますか。

M:A4の紙なら、水分量が多ければほんの小さな葉っぱでも描けてしまいます。梅雨時の紫陽花の葉っぱであれば、1枚でかなり描けるのです。

「植物の鼓動」廃棄される木

「植物の鼓動」廃棄される木、板、キャスター等 旧東京電機大学•東京都千代田区神田/2012年11月

廃校になった校舎の最上階リサーチ:緑がない

「廃校になった校舎の最上階リサーチ/緑がない」 旧東京電機大学 東京都千代田区神田/2012年7月


植物を媒介として、
都市に住む人の対話を誘発する。

T:「動く鉢」のプロジェクトについてお聞きします。始まったのはいつごろですか?

M:動く鉢の構想に至ったのは、富山県の氷見で軒先に一つの台車に鉢を乗っけて、昼間外に出して夜に引っ込めている方を見かけたことだと思います。普通は土に植わっている自然物を鉢に入れて台車に乗せ、昼は光合成を促し、夜は盗られないように中にしまうという状況を見て、現代ならではと面白く感じました。東京の墨田区に住んでいた頃、路地園芸を見て、植木鉢が何気なく沢山置かれていたのですが、そこにも動的な動きを感じました。大きな植木鉢にはタイヤをつけている人もいて、お店の前に看板を出すように植物を出す、その光景も面白いと感じました。植物は元々タネが飛んだり、地殻変動で土が自然に動いたりしています。都市の中で人が意識的に植物を動かす、そんな光景を見て、人と自然との関係に改めて興味を持ちました。そこから都市で行う自然とのコミュニケーションとして何かできないかと感じ、墨田区で移動式路地園芸術をつくり、屋台的に動かしながら人と自然と交流し都市での自然環境を確かめて行きました。2007年や2011年にこのような活動をしていたことが背景にあります。

T:プロジェクトを具体的に教えてください。

M:まずは、参加者に木の鉢と植物を購入してもらいます。その対価として、ひとつは「自分で育てられる」こと、もうひとつ「有識者の先生、例えば農家の方や農学部の先生からのアドバイスを聞ける」ということが挙げられます。犬を散歩する時飼い主同士が犬を介して話すような感じで、動く鉢に乗せた植物を介して人の交流が促進されていき、その中でグループができたり、育った収穫物を一緒に食べたりと、いろんな活動へ派生していくきっかけになればいいなと思っています。また、東京と他の地域をつなぐ方法としていま考えているのは、鉢を南三陸の工房で作ってもらい、土は秋田県にある「森のテラス」(北秋田の里山環境を舞台にした開放型個人庭園 http://www.morinoterasu.net/akita/akita-moritera.htm)の無農薬の畑のものを提供いただけることになっています。

森のテラスの畑、蔵、デッキ-min

「森のテラスの畑、蔵、デッキ」 森のテラス、秋田県北秋田/2017年

T:村山さんはこれまでにもコミュニティーへの関わりや、地域で場を作るといったプロジェクトをされてきたのでしょうか。

M:墨田区で路地園芸のプロジェクトをしていた時は、場作りというよりは、ある場所の価値を共有するというような活動でした。路地園芸のよさや、景観の面白さが他の場所とは違う付加価値があること。そうした地域の中の人は気がついていないし、外部の人もそこまで感じていない、それに気がつかせるというようなきっかけをつくっていたような気がします。東京はどんどん変わっていく街です。墨田区にはスカイツリーができたり、新しい駅ができ、団地ができて長屋がなくなったり。元々あった近い距離感で人が関わる暮らしが減っている状態です。そんな中、路地園芸をすることで、鉢分けをしたり、タネが飛んでいって別の場所で花が咲いたりすることで植物を介したコミュニケーションが生まれます。でも、住まいが団地やマンションになってしまうと、そうした対話もできなくなってしまいます。そこに動く鉢が入ることで、自然を介した面白い新しいことができないかというように考えています。

1_「移動式路地園芸術in京島向島吾妻橋浅草」  平成22年10月_墨田区役所・東向島児童館、野外各所_東京都墨田区、台東区

「移動式路地園芸術」 移動する路地園芸 東京都墨田区京島〜台東区浅草/2010年10月–11月

路地園芸さんぽ

「路地園芸さんぽ」 芸術的路地園芸のある街を紹介する企画 東京都墨田区京島/2011年11月

T:「動く鉢」と「緑画」には、何か関係があるのでしょうか。

M:「動く鉢」に参加する人には、「緑画」のワークショップに参加してもらう予定です。プロジェクトの実施エリアが決まればその近隣の小学校で集まってみんなで描いたりもできます。自分一人ではなく、みんなで共有して描いていくことで、動く鉢や緑画を介して動きを作りたいと考えています。

T:東京ビエンナーレ会期中には、展示という形でも見られるのでしょうか?

M:当初は、育ててもらった鉢を持って集まり収穫祭のようなイベントをやる予定でしたが、コロナのこともあり難しくなっています。現状では、各ご家庭で育ててもらい、子どもが関わったり親が関わったりなど自宅周辺で生まれるいろいろなコミュニケーションの活動の記録を各家からオンラインで発信して交流し、農学部の先生たちがアドバイスをしたり、それを発表したりする手法を今は考えています。

T:現在村山さんは秋田にお住まいで、秋田公立美術大学で教鞭に立たれているそうですが、東京から住まいを秋田に移して変わりましたか?

M:2009年からエゾタンポポのプロジェクトで秋田には毎年来ていたのですが、秋田市に暮らすのは初めてです。秋田市は文化風習は他の秋田のエリアより色濃くなく、自然もあまり深くなく、雪も困るくらいは降らないし、雪下ろしもありません。大館などの県北や内陸の横手に行けば厳しい冬があります。ただ秋田市にいると秋田のいろいろなところを回れて、土地や植生などを見ることができるので、今のところは楽しんでいます。刺激は受けているが、ここで制作して発表しようという気持ちにはまだなっていません。逆に、都市部でやらなきゃという気持ちになっています。もともと都市部で活動して秋田にきたので、都市部で何か私が活動することが求められているんじゃないか、呼ばれているという感覚になっています。秋田にいてやれることもありますが、都市部で自然を介したやれることも多いと思うのでそういった活動にも軸足をおいていきたいです。

緑画体験


「緑画体験」 紙、土に還すダリアの花/前田小学校・森のテラス、秋田県北秋田/2014年

T:自然と都市の間を結ぶような役割ということですね。

M:そうですね。秋田の「森のテラス」の土を使いたいという気持ちもそこからきています。そこの土は農薬を使わない、100%湧水しか吸っていない本物のものなので、そのような土を触れられる機会があるというのはとても貴重だと思います。

T:村山さんの問題意識として、都会に住んでいる人自然に触れる機会が少ない、手で触れる機会がないと言ったことがあると思いますが。実際にワークショップをやったり、自然に直接触れることの重要性をどう考えていらっしゃいますか?

M:理屈ではなく、緑画で描いてみるといろんなものが注入されるんです。植物に触れる、色や香り、幼少の時の自然体験など、いろんなものが生まれます。形に残るどうかは未知数ではありますが、なかなかそういう経験は都市部ではできません。動く鉢や特別な土や、育て方、動かすことで関わる人が関わらなければいけないという中で、どのように参加者が能動的に関わり、成長していくのかはわかりませんが、そこの部分はあまり固定しないで参加者の可能性を紡ぎ出したいと思います。そこから得られた閃きや吸収したものを次につなげてもらえたらと思っています。

路地園芸のおばあちゃんは毎朝植物を触らないと1日が始まらないと言っていました。水をあげることで植物と対話をしているような気持ちになるそうです。別の方は、土が恋しくなって植物を育てているのだと。身近に植物がないと生きて行けないというような人は多いと思います。人にとって、そういう植物とのやり取りの中で、自身の何かが変わり生き方をも活性化していくと考えます。このような経験から、普段行っている仕事など他の部分にも良い連鎖が生まれてきます。そうでないと、元々人間にある五感や感性が疲弊してしまうように感じます。

村山修二郎の作品ページはこちら
東京ビエンナーレ2020/2021 ウェブサイトより作品を購入できます。詳しくはこちら


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
5
東京ビエンナーレ2020/2021(https://tb2020.jp/)の公式noteです。参加アーティストやディレクター、市民委員会の方々等のインタビューや対談、寄稿記事、また作品の進捗などをご紹介いたします。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。