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視覚で世界を捉える人々のためのワーキング・プレイス「5005」とは!?

10月15日、視覚で世界を捉える人々のためのワーキング・プレイス「5005」がオープンしました。午前中にはプレス・関係者向け内覧会、午後にはセレモニーや一般向けの内覧会も行われ、たくさんの方が訪れました。「めとてラボ」の活動場所にもなるこの拠点、実はさまざまな工夫が施されています。内覧会の様子を、プログラムオフィサーの小山冴子がレポートします。

西日暮里駅から徒歩5分。ろう者の店主が営むラーメン屋「麺屋 義」の隣に「5005」はオープンしました。

運営しているのは、一般社団法人日本ろう芸術協会と一般社団法人ooo(オオオ)。グランドオープンは11月の予定で、この日は一旦のお披露目です。11月に向けてまだまだ実験中・調整中のところもあるそうなのですが、この日の内覧会では、拠点ができた経緯や、内装の工夫などを紹介していただきました。


5005入口。全面がガラスで、中に人が集まってワイワイしているのが見えます。

この「5005」は、東京アートポイント計画として実施している事業「めとてラボ」の拠点ともなる場所です。この場所自体は、レンタルスペース、コワーキングスペース、スタジオ、演劇等のイベントスペースなどなど、さまざまな機能をもった場所として開かれていきますが、「めとてラボ」ではこの場所を、デフスペース研究やワークショップ等、企画実践の場として使っていく予定です。これからどのような取り組みが広がっていくのか、楽しみですね。

視覚で世界を捉える人々:デフスペースとは

「5005」のキーワードとなっている"視覚で世界を捉える人々”とは、ろう者、難聴者、ろう者の家族などのことを指しています。手話という視覚言語を使ったり、「見る」ことによって ーー視覚を中心にしてーー 世界を捉えてきた人々です。そこには「聞く」人とは異なる身体感覚、認識の仕方、それによって育まれた慣習があります。

どういうことでしょう。
例えば、会話をする場合。

手話は「手」で「話」す、と書きますが、使っているのは手だけではありません。顔の表情の使い方(眉の上げ下げや頬の形、口の形)や、頷き、肩や上半身の動きなども文法となっていて、体全体を使って話す言語です。だからこそ、会話をするときには相手と向き合ったり、複数人で話すときには円になって、みんなが見えるようにする必要があります。お互いに目で見て、伝え合うからです。また、手や体が見えやすく(同時に動きやすく)なるよう、ある程度距離をとって立つなど、会話のときの相手との立ち位置も、聴者とは異なります。もちろん、明るさがあり「見えやすい」ことも重要です。

以上は一例ですが、そういった、手話という言語からなる身体感覚や振る舞いをもとに、ろう者が過ごしやすい環境として設計された空間を「DeafSpace Design」(以下、デフスペース)と言います。そして「5005」の内装は、このデフスペースの考え方をもとに、さまざまなアイデアを取り入れ、設計されています。

めとてラボでも、これまで「デフスペースリサーチ」として、福島県や長野県、愛知県などを訪ねたり勉強会やワークショップを開催してきました。「5005」の内装の検討にあたっては、このリサーチの中で発見したことや実感したことも、影響しているようです。

デフスペースについては、めとてラボのnoteがとてもわかりやすいので、ぜひご覧ください。

5005に取り入れられたさまざまな工夫

さて、内覧会の話です。

内覧会では、まず「5005」共同代表の牧原依里さん、和田夏実さんから、開設の経緯などが語られました。めとてラボの活動の中での発見や、5月上旬に牧原さんと和田さんを含むグループで開催した展覧会が大きなきっかけになり、継続的な、開かれた場所を持ちたいと強く思ったこと。その後、いろいろな方に繋いでいただく中で、この場所が見つかったこと。ろう者の店主が営む「麺屋 義」の隣だということで、この場所にはろう者のネットワークが既にあったことも、大きなポイントだったといいます。さまざまなタイミングが重なり、この場所しかない!と思ったのだそうです。この場所が見つかったのが5月下旬。そこから大急ぎで検討会や資金調達、運営のための体制づくりなど色々な準備をして、10月のオープンにこぎつけました。ものすごいスピード感とエネルギーです。

その後、ギャロデット大学と筑波技術大学大学院にてデフスペースデザインの研究をされ、国内外のリサーチに取り組まれている福島愛未さんが、デフスペースという考え方について短い紹介をされたあと、5005の内装のさまざまな工夫を紹介していただきました。

左:共同代表の牧原依里さん 右:デフスペースの研究をされている福島愛未さん
共同代表の和田夏実さん。照明の説明をしています。

5005は、さまざまな機能をもつ場所として、オープンしました。開設準備中には、デフスペースの勉強会や、ワークショップ等も開催しました。私も一度、関係者向けのワークショップに参加したのですが、さまざまな機能をもたせるためにはどのような設えが必要なのか、心地良い空間のためには何が必要かなど、アイデアを出し合う会となりました。そのときにポイントとなったのは、以下のテーマです。

・トークや演劇などにも使えるような場所にする
・手話動画を撮影できるスタジオを設備する
・コワーキングスペースとしても使えるようにする
・交流の拠点となるラウンジ機能も欲しい

かなり盛りだくさんです。最初は、ひとつの空間でこんなにたくさんの機能を持たせるのは難しいのではないか・・と思ったのですが、話しあううちにさまざまなアイデアが出ていました。

内装は、こうして出てきたアイデアのいくつかも取り入れながら、デザインされていったようです。

自由に動かせる照明で快適に

内覧会で紹介された工夫をいくつか紹介します。

まず一つは、照明です。
下の写真を見てください。ライトにハンドルとフックがついています。また、天井にはいくつかの場所にフックがあり、その下にはワイヤーが張り巡らされています。これは、ライトを自分で動かして、心地よい明るさにするための工夫です。

ハンドルをもって移動することのできるライト。天井のフックにも、ワイヤーにも掛けられる。
天井に張り巡らされたワイヤー。カーテンやライトを掛けることができる
(銀色の線が見えるでしょうか)

ろう者にとって、「見える」ことはとても大切。明かりの位置は本当に重要です。また、5005が多目的に使える場所のため、催しや目的にあわせて照明の位置を変えられるように工夫をしています。このライトは調光も可能になっているそうです。

誰かと話しているとき、逆光だと手話が見えづらかったり、複数で話すために輪になると、人や建物の影で誰かが暗くなってなってしまうこともあります。そんな場合にも、5005ではライトを動かしてみんなの輪の真ん中に持ってくれば、明るく、見えやすくすることができます。照明を自分で動かせるようにすることで、より快適な場づくりをすることができるのです。

集められた照明のスイッチ

聴者の場合、たとえばイベントの始まりなど全体に注意を促す場合はBGMを消したり、「はじめまーす」という呼びかけをしますが、ろう者の場合は、照明の点滅で注意を引きます。部屋の電気がチカチカすれば、「あ、今から何か始まるんだな」と分かる。そのため、操作しやすいように、照明のスイッチを部屋の真ん中の位置に集めていました。これも普段のろう者の習慣に合わせた工夫です。会場の奥の方にスイッチがあったり、散らばっていたりすると、イベント時などに操作するのが大変です。

一箇所に集めて設置された照明スイッチ

自由自在なカーテンで仕切りをつくる

また、コワーキングスペースとして使う場合、集中したい場合には個室として仕切ることができるよう、カーテンを用意しているそうです。このカーテンは、天井のワイヤーに掛けることで広さも形も自由に、部屋を仕切ることができます。

カーテンをかけて仕切りをつくる

聴者の場合だと、パーテーションや可動壁などを使うこともありますが、その場合でも、物音や漏れ聞こえる人の話し声から、パーテーションの向こうに誰かがいるということは分かります。
しかしろう者の場合は、目で見て確認すること、見えることが重要です。パーテーションではなく、少し透けるカーテンを使うことで、個室として仕切りつつも、そこに人がいることが分かるようにするのだそうです。

ただし、現在のカーテンはまだ実験中。仕切りにするには薄すぎて、手話で話していることも知られてしまうので、これから厚みを検討して、更新していくとのことでした。"人が居るのは分かるけど、手話で話している内容は見えない"という状況が理想です。来場者からは、「腰から顎のあたり(手話で手を動かすあたり)だけ布を足して厚くするのはどうか」などのアイデアも出ていました。

イベントスペースとしても演劇の舞台としても

そのほか、イベントスペースとして使うときには会場を広く開放的に使ったり、コワーキングスペースとして使うときには椅子や机を出したりと、多目的に使う場所だからこそ、会場レイアウトの変更が簡単にできるようにしておく必要があります。
そこで5005では、舞台にも机にもすることができる、組み合わせ型の什器を製作したそうです。舞台をつくるときに使う箱馬を、そのまま机の足としても使うことができます。(写真では椅子としても使っていますね)

机として使う場合。箱馬はところどころくり抜いてあります。強度を保ったまま軽くする工夫でしょうか。箱馬を横倒しにすれば、低めの机にもできそうです。
箱馬を横にして天板をひっくり返すと、ステージに早変わり。このセットを複数組み合わせると、大きなステージにもなります。

会議のためのホワイト?ボード

道具の開発もしています。こちらは会議に使えるホワイトボードならぬ透明ボードです。現在使っているのはアクリルシートなので、ボードというと語弊があるかもしれませんが、名前はまだありません。

和田さんが透明なアクリルシートにメモをとっている。

例えば会議をする場合、聴者だと、相手の発表を背中で聞きながら、ホワイトボードに板書していくことができます。しかしろう者の場合、振り返って相手が話しているのを目で見てから、向き直ってホワイトボードに書く、という、振り返りと戻りの反復の動きが発生します。これは、けっこう忙しい。
そこで、この忙しさを解決するのがこの透明ボードです。
これがあれば、相手が話しているのを見ながら、リアルタイムにメモをとることができます。ボードを挟んでメモをとりながら、やりとりをすることだってできます。また、上部に巻かれたアクリルシートを引き下ろせば、幅を気にせず長くメモをとることも可能だし、切り取ってしまえば保管も可能なのです。これは便利・・!

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現在準備中のものも含めて、まだまだ工夫はあるようです。11月のグランドオープン後も、使いながらバージョンアップしていくのだろうと思います。

視覚で捉える人々の視点から新しい文化を醸成するワーキング・プレイスとして、また、異なる身体性や感覚世界を持つ人々とともに、新たなコミュニケーションの在り方を探求していく場としてオープンした「5005」。
今後の展開がとても楽しみです。

この場所から活動が広がっていく

東京アートポイント計画として実施している「めとてラボ」は、一般社団法人ooo(オオオ)と東京都、そしてアーツカウンシル東京で進めている事業で、『誰もが「わたし」を起点にできる共創的な場づくりを目指し、その環境や仕組み、空間設計などを含めた幅広い視点からホーム(拠点)づくりを行うプロジェクト』として、昨年度からリサーチやチームづくりを進めてきました。5005も、こういった活動が広がり、牧原さんや周りの人との活動と結びついて、動きだしたものです。

めとてラボでは、今後この「5005」を拠点に、デフスペースリサーチやホームビデオアーカイブのプロジェクト、つなぐラボ、その他にもさまざまな取り組みをおこなっていく予定です。また新しい人たちとも出会いながら、活動もどんどん広がっていくのだろうと、期待が高まりました。

最後に、「5005」の入口にある看板をご紹介します。

片面に「5005」のロゴマーク(「5」を表す、5本指を広げたパーの形のデザイン)、もう一方の面に「0」を表す「◯」が描かれた板が、くるくると回っています。これ、手を開いたり閉じたりしているように見えませんか。

このサインは、何もないところから新しく何かが生まれていくという意味を持つ、視覚的な手話表現からできているそうです。手話で賑やかにおしゃべりしているようにも見えますね。

この看板は、5005がオープンしている間はライトが点いて明るく照らされています。明るい照明の下で、手話でおしゃべりできる場所。そして、そこからさまざまなものが生まれていくであろう、5005という場所自体を表しています。

ついにオープンした5005。夜の内覧会には100人以上の来場者があり、盛り上がっていたそうです。期待の高さが伺えます。これからさまざまな人が集い、語り、新たな文化や可能性が生まれていく場となっていくことを楽しみにしたいと思います。

NHKの取材を受けている様子。夜のニュースで特集されていました。
スクリーンがあるので上映会もできるそうです。

執筆|小山冴子(アーツカウンシル東京プログラムオフィサー)


誰もが「わたし」を起点にできる共創的な場づくりを目指し、その環境や仕組み、空間設計などを含めた幅広い視点からホーム(拠点)づくりを行うプロジェクト「めとてラボ」。東京アートポイント計画として実施しています。イベント情報や活動レポートはこちらのnoteからご覧ください。