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夏の終わり

Mash
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いつからだろう。夏の終わりを意識しなくなったのは。子供の頃は夏の終わりが寂しかった。毎日が自由で冒険に溢れ、活き活きとした生活の日々が終わり、学校へ行く日常に戻るのが僕の気持ちを沈み込ませた。特に夏休み後半の1週間は寂しくてしょうがなかった。カレンダーを見るたびに1ヶ月前に戻ってくれないかと、本気で何度も願ったものだ。そして最後には諦め、また来年の夏の始まりを待ち始めるのだった。夏休みの最後の日、僕は夕日を眺めていた気がする。青い空を赤色に染め上げていく様子を見て、時間の流れになど太刀打ちできないものだと痛感し、時間を呪いながらも地球が生み出す自然の神秘に畏怖の念を抱いたものだ。
 そして今、僕は大人になり仕事をしている。夏の終わりに対して抱く感情は、子供の頃とは違ったものになっている。寂しいという感情はなくなり、現実的な事を考えている。まだまだ暑い日が続きそうだからクーラー代がかかるなとか、秋に向けた服を買わなきゃなとか、はたまた、明日の仕事のことを考えていたりする。それはそうだ。大人に子供の頃のような大型連休はやってこない。日常の延長線上でしかないのだ。そして、いつかは子供の頃に抱いた夏の終わりに対する感情を忘れていく。でも。たまに芸術的なまでに染め上がった夕方の空を見ると、僕は何だかとても切ない気持ちになる。それはなんでだろう。もしかすると、見上げた空が一緒なのかもしれない。お金を稼ぐ為にあくせく働く自分など想像もしていなかった、あの頃に見た幻想的な空と。日常が変わっても上を見上げれば、あの頃と同じ風景に出会える。そして、過去の自分を思い出し、時間の移ろいを認識してしまうのかもしれない。あ。遠くのマンションの部屋に明かりが灯った。

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