tokyostory

表現の場としてnoteを始めてみました。写真と音楽と文章と朗読を合わせた作品を創ってい…

tokyostory

表現の場としてnoteを始めてみました。写真と音楽と文章と朗読を合わせた作品を創っていければと思っています。拙いかもしれませんが、ゆっくりしていって頂けたら嬉しいです。

マガジン

最近の記事

若者のすべて

夏休みが終わったというのに、教室の中は蒸し風呂のような状態になっていた。 天気予報によるとピークは過ぎたが、まだまだ夏のような暑さが続くらしい。 「あぢぃー」 声に出し教科書で体を扇いでみるが、生暖かい風が吹き付けられるだけだ。 マスクを着けているから、暑いのは勘弁してもらいたい。 教室の窓から外を見ていると、突然肩を叩かれた。 振り返るとニヤニヤしたカズの顔が目の前にあった。 「顔、近ぇよ」 「いやいや、大ニュースなんだって!」 カズの言う“大ニュース”は

    • 夏の終わり

      いつからだろう。夏の終わりを意識しなくなったのは。子供の頃は夏の終わりが寂しかった。毎日が自由で冒険に溢れ、活き活きとした生活の日々が終わり、学校へ行く日常に戻るのが僕の気持ちを沈み込ませた。特に夏休み後半の1週間は寂しくてしょうがなかった。カレンダーを見るたびに1ヶ月前に戻ってくれないかと、本気で何度も願ったものだ。そして最後には諦め、また来年の夏の始まりを待ち始めるのだった。夏休みの最後の日、僕は夕日を眺めていた気がする。青い空を赤色に染め上げていく様子を見て、時間の流れになど太刀打ちできないものだと痛感し、時間を呪いながらも地球が生み出す自然の神秘に畏怖の念を抱いたものだ。  そして今、僕は大人になり仕事をしている。夏の終わりに対して抱く感情は、子供の頃とは違ったものになっている。寂しいという感情はなくなり、現実的な事を考えている。まだまだ暑い日が続きそうだからクーラー代がかかるなとか、秋に向けた服を買わなきゃなとか、はたまた、明日の仕事のことを考えていたりする。それはそうだ。大人に子供の頃のような大型連休はやってこない。日常の延長線上でしかないのだ。そして、いつかは子供の頃に抱いた夏の終わりに対する感情を忘れていく。でも。たまに芸術的なまでに染め上がった夕方の空を見ると、僕は何だかとても切ない気持ちになる。それはなんでだろう。もしかすると、見上げた空が一緒なのかもしれない。お金を稼ぐ為にあくせく働く自分など想像もしていなかった、あの頃に見た幻想的な空と。日常が変わっても上を見上げれば、あの頃と同じ風景に出会える。そして、過去の自分を思い出し、時間の移ろいを認識してしまうのかもしれない。あ。遠くのマンションの部屋に明かりが灯った。

      • 夏の航跡波

        タカシが僕を連れ出したのは ちょうど梅雨が明けた日だった 僕はその日 ひどく落ち込んでいた 得意の鉄棒で失敗し クラスのみんなに笑われてしまったのだ みんなからしてみれば 一度の失敗でしかない でも僕からしてみれば それは死刑宣告にも似たものだった まるで自分を中心に回っていた世界が 突如崩れ落ちて行くような 僕はその日の残りを 恥ずかしさと絶望感を持ち過ごすことになった そんな学校の帰り 大して仲も良くないタカシが僕に話しかけてきた 「お前に良いもの見せてやる。特別な」 タカシに連れていかれたのは 学校から少し離れたところにある小さな島だった 大した遊び場もないので 学校の人間が立ち寄ることはほぼない 島の中には腰丈以上にもなる草木が生い茂っていたが タカシは無言で草木を分け進んでいった 途中急な斜面があり 僕は転んで足を擦りむいた 擦りむいた箇所からは血がにじみ出ていた それでもタカシは後ろを振り返らず 先へ先へと進んでいった 僕は途中何度も引き返そうと考えた 学校で嫌な思いをしたのに ここでも嫌な思いをするなんてゴメンだ 今すぐにでも踵を返したかったが すでに来た道は分からなくなっていた 仕方なく僕はタカシの後を追いかけた しばらくしてタカシの足が止まった 顔を上げると岩の崖があり そこから海が一望できるようになっていた 海の色は濃く深く 空は澄んで高かった 僕はその景色に言葉を失った 「嫌なことがあったらここに来れば良い。俺の秘密の場所だけど特別に許してやる」 妙に高圧的な それでいて緊張したトーンの口調に 僕は笑ってしまった タカシは少しムッとした表情になったが すぐに鼻息を漏らして笑みを浮かべた ちょうど横切った船が 後ろに航跡波を作り出していた 先ほど擦りむいた傷は まだジンジンしていたが 温かい感情が波のようにゆっくりと心の中に広がっていた

        • 紫陽花-ajisai-

          雨の匂いがした気がして 窓を開けてみた 空には灰色の重たい雲が広がり 体に湿気が纏わりつくのを感じられた 雨は降っていなかった いや 降ってはいなかったが 干していた洗濯物は濡れていた 僅かな時間だけ雨を降らせて 雨雲はどこかへ行ってしまったようだ 思えばいつもそうだ 僕は何かにつけて 大事なことに気付くのが遅すぎる もっと早く気付いていれば 解決していた問題があったかもしれない 何度そのことを後悔しただろう 僕の前から忽然と姿を消してしまった彼女だってそうだ 「貴方は優しいけど 冷たい人なのよ」 居なくなる前日に放った 彼女の言葉が脳裏に蘇った 当時はその意味が分からなかったけれど 今では分かる どれほど彼女を苦しめ傷つけていたのか 僕は失って初めて気付いたのだ 大事なものを失って後悔することは 何度も経験して来た筈なのに 掬おうとした水が指の間から溢れ落ちていくように またしても大切なものは 僕の元から離れていった あれからもう半年が経とうとしている ふと目を上げると 滴りそうな雨粒を従えた紫陽花が目に飛び込んできた 寒色の花びらに付着した雫は 僕の中に冷たい感情を与えた それは他ならぬ 自分自身なのかもしれなかった それでも僕は その美しい花に吸い寄せられるよう ゆっくりと手を伸ばした すると掌に 小さな感触があった その感触は広がり やがてポツポツという音が あたりに響き渡るようになった 普段なら気にも留めない筈なのに 雨が作り出す音楽が妙に心地よかった

        若者のすべて

        マガジン

        • 作品
          5本

        記事

          Grow up the shadow

          他人の人生に影響を与えるのが怖くなって 誰とも関わらずに生きていきたいと思った 自分の存在を否定するかのように 殻に閉じこもり 自ら創り上げた世界に逃げ込んだ でも結局 人と全く関わらずに生きていくことなどできない どんなに自分の存在を否定しても どんなに自分を違う世界へ送り込んだとしても 人は場所を取り 食物を取り込み そして時の流れに流されていく それは命あるものの宿命であり この宇宙の法則だ あの老木からひっそり生えてきた芽のように 足元を見ればしっかり影を従わせている それは たとえちっぽけで薄っすらとしていても ここまで生き抜いて成長してきた証だ でも 果たして自分は 本当に成長してきたのだろうか この先もまだ成長できるのだろうか この細く頼りない芽を 太く立派な幹に成長させられるだろうか その答えを差し出してくれるのは 関わりを避けようとしていた他人なのかもしれない

          Grow up the shadow

          Grow up the shadow

          あの日見た夕焼け

          太陽が いつか西の地平に沈むように 悲しみも いつか消えていくと思いたい 夕焼けが 一日のある瞬間にだけ現れるように 私の人生も ある瞬間は輝いていると思いたい 幻想的な瞬間が あっという間に消えていくように この命の灯火も あっという間に燃え尽きてしまう それでも私たちは 泣いたり笑ったり怒ったり 地下から水が湧き出て来るように 感情を次々に生み出して生きている そう生きている   悲しみに襲われようと いずれ笑える日が来るだろう 輝いている一瞬が消えようとも 再び光が当たる瞬間が訪れるだろう あっという間の命でも その人の人生は永遠のものだ だからこそ私は 私たちは 生きている限り この灯火を絶やさない

          あの日見た夕焼け

          あの日見た夕焼け