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夏の航跡波

Mash
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タカシが僕を連れ出したのは ちょうど梅雨が明けた日だった
僕はその日 ひどく落ち込んでいた
得意の鉄棒で失敗し クラスのみんなに笑われてしまったのだ
みんなからしてみれば 一度の失敗でしかない
でも僕からしてみれば それは死刑宣告にも似たものだった
まるで自分を中心に回っていた世界が 突如崩れ落ちて行くような

僕はその日の残りを 恥ずかしさと絶望感を持ち過ごすことになった
そんな学校の帰り 大して仲も良くないタカシが僕に話しかけてきた
「お前に良いもの見せてやる。特別な」

タカシに連れていかれたのは 学校から少し離れたところにある小さな島だった
大した遊び場もないので 学校の人間が立ち寄ることはほぼない
島の中には腰丈以上にもなる草木が生い茂っていたが
タカシは無言で草木を分け進んでいった
途中急な斜面があり 僕は転んで足を擦りむいた
擦りむいた箇所からは血がにじみ出ていた
それでもタカシは後ろを振り返らず 先へ先へと進んでいった
僕は途中何度も引き返そうと考えた
学校で嫌な思いをしたのに ここでも嫌な思いをするなんてゴメンだ
今すぐにでも踵を返したかったが すでに来た道は分からなくなっていた
仕方なく僕はタカシの後を追いかけた

しばらくしてタカシの足が止まった
顔を上げると岩の崖があり そこから海が一望できるようになっていた
海の色は濃く深く 空は澄んで高かった
僕はその景色に言葉を失った

「嫌なことがあったらここに来れば良い。俺の秘密の場所だけど特別に許してやる」
妙に高圧的な それでいて緊張したトーンの口調に 僕は笑ってしまった
タカシは少しムッとした表情になったが
すぐに鼻息を漏らして笑みを浮かべた

ちょうど横切った船が 後ろに航跡波を作り出していた
先ほど擦りむいた傷は まだジンジンしていたが
温かい感情が波のようにゆっくりと心の中に広がっていた

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