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最高の裏切り

近所に大きなスタンディングバーがあった。店の前には洒落た看板が構えられていた。そこを通る度に『まだ入ったことないけど、いつかは…』と関心を寄せていたが、酒を受けつけない体のせいで店に入るのをずっと渋っていた。気付けばそのバーは無くなっていて、カフェに様変わりしていた。後悔した頃にはもう遅い。いつもそうだ。
その後悔を少しでも払拭出来れば、とそのカフェに入った。

普段と違う環境が人に発見を与える

店の広さから個人経営のカフェでないのはすぐに分かったが、聞いたことのない店名だった。スマホで検索をかけても出てくる情報は少ない。
それにしても豪華で洗練された内装だった。店内は暖色系の家具とライティングで統一され、その雰囲気は筆者の好みに近い。壁は基本的に濃い木目だが、レンガが剥き出しになっている箇所もある。全体的にエキゾチック色が強く、カリブ風な世界観も感じ取れる。

酒樽はインテリアのアイテムにもなる

オーダー・レジ用のカウンターは店内の入り口ではなく、中央に設けられていた。店員は金髪と顎髭をしっかりと整えた三十代くらいの男性だった。彫りが深いクールな顔立ちなのに黒いエプロンが似合っているという点に、どうしても納得できなかった。どうせただの嫉妬心だろう。筆者はオリジナルのアイスコーヒーをオーダーした。普段はそれだけで十分なのだが、この記事を少しでも情報量の多い有益なものにすべく、その店員から薦められた五百円のチュロスも一緒にオーダーした。

頼んだ二品は一分もせずに手元にやってきた。砂糖やミルクは貰わずに、一番奥の一人席に腰掛けた。
時間帯が正午前ということもあり、周囲は空席だらけ。たまに視野に入る他の客は全員外国人。十年前の東京なら絶対に見られなかった光景だ。

雰囲気で終わらないティータイム

先にコーヒーを一口飲んだ。舌触りにくどさは無い。氷が多めに入っているせいか苦味も弱く、非常に飲みやすい。コーヒーは好きだが、コーヒーショップに入るたびにメニュー表を見てうんざりもする。オリジナル、ラテ、モカ、フラペチーノ、エスプレッソ…何が違うのかいつも気になるが、結局興味が無さすぎて調べてもすぐ忘れてしまう。
チュロスを一口齧った。最初に言うと、美味しくて感動した。外はカリッとした食感で、中は柔らかいがパサパサしていない。外側は大粒の砂糖でコーティングされていて、それは市販品では到底真似できないクオリティ。
五百円の価値は無いと思い込んでいた筆者だが、一口でその気は逆転した。

ビターとスイート

個人経営のラーメン店や和菓子屋を開拓していると、たまにこういう裏切りがあるから嬉しい。こういうどうでもいい体験が、人生を忠実させてくれる。

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