ハワイの恋が終わり苦しみの先に、悟りへの道が開けた 10
第二章 10 クリスお手製スパゲティ
今度スパゲティを作るから、食べに来ないかと誘ってくれた。
マノアの滝の、ウォーキングの後に、キスをして、りさの中では付き合っている感じになっていた。だが、なかなか連絡がなかった。じらされると、気持ちが燃える。後でクリスが言ったのだが、それも作戦だったようだ。
(なんて奴だ、田舎っぽい顔なのに)
りさも、そこは年期が入っている。恋愛の駆け引きは心得ている。その頃には、何度となく苦しんだ経験から、食いつかない。こちらから連絡は絶対にしない。
ようやくクリスから
「今週の金曜日に、夕食をしに僕の家に来ない?」
と連絡が入った。
りさは
「仕事が8時に終わるからその後になっちゃうけど良い?」
「大丈夫だよ、待っているね」とクリス
初めて行く、教会の敷地内のクリスの家。ハワイによくある、木の板がそのまま縦につながっているのが見える壁、移民が住むような簡素な家だ。見た目は粗末だが、中はさすがにアメリカで、意外に広いし、ペンキが塗り直してあるから、こぎれいに見える。一戸建てはコンドミニアムと比べれば、収納場所も多い。
前に友人が住んでいた家を思い出した。彼女はセンスも良かったから、赤のチェックのテーブルクロスを敷いたりして、木目を生かし、オールドアメリカンな住まいにしていた。
ドアを開けたら、すぐリビングルームの、玄関がない、簡単な造り。その家の前に立ち止まったら、ドアが開いた。
クリスは私の車の音を聞いたのでお迎えの用意をしていた。
「いらっしゃい、こんばんは」クリスが笑顔で迎えてくれた。
りさは恥ずかしさを抑えて、ポーカーフェイスで笑顔を作り、ソファーに腰を下ろした。
なんと言っても、独身男性の、1度キスをした男の家に訪れるのである。ある覚悟を持って来るのだ。
「ごめんなさいね、こんな時間になっちゃって」
ハワイでは、ほとんどの家が日本の良い習慣を受け継いで、靴は入り口で脱ぐ家庭が多い。日本のように、玄関から部屋へ上がる段差はないが、玄関マットが敷いてあり、普通ならその辺りにほかの靴が散らばっているから、大体靴を脱ぐ家かどうかがわかる。
アメリカ本土から来たアメリカ人の家では、靴を脱ぐ人と、脱がない人が混じりあい、靴を履いている人と、裸足の人がリビングルームで一緒に過ごしたりもする。きれい好き日本人には、カルチャーショックを受ける。
クリスの家は、外に靴を置いて中に入ると、すぐにリビングルームだ。場違いに立派な茶色のソファーが二つあり、そこに座って食べるようだ。小さなダイニングテーブルには、物がたくさん乗っている。ソファーに座って、コーヒーテーブルで食べる。少し食べにくい感じ。
すぐに、クリスはパスタを茹で始めて、アパタイザーの生ハムと、ハワイ島の北部で採れる、グルメ完熟トマトの、ハマクアトマトの輪切りに、フレッシュバジルを添えたお皿を出してくれた。
クリスは、キャップをくるくる回して開けるタイプの、白ワインを注いでくれた。ワインはコルクを抜くのだが、それはハウスワインと呼ぶのかどうか、安物だった。
「乾杯!来てくれてありがとう、今日は大変だったの?」クリスが聞いた。
「そうでもないけど、指揮者が完全主義者で、楽譜が読めないような低音の人を、しつこく練習させるので、聞いてるだけでストレスになっちゃうのよね」とか、どうでも良い近況報告をしながら、クリスは前菜にヴァージンオリーブをたっぷりかけた。
「そろそろパスタが茹で上がったかな」
彼はレンジに向かい、ゆで汁を濾して、トマトソースをかけた。とてもシンプルな、ポモドーロスパゲティだった。
クリスが席に着き、りさが言った。
「美味しそう、頂きます」
丁寧に作ったポモドーロは、すごくおいしかった。お料理ができるのねと、私は感心した。
後で知ったが、料理はイタリアンのパスタ料理を3種類、それしか彼は作れなかった。
食べ終わって、デザートはアイスクリームを頂き、話をした。家族の事とか、フランスの留学時代の話とか。彼の留学先はツーロンと言う、パリから電車で4時間弱かかる郊外だから、パリに住むのとは違って、少しのんびりしている。クリスの性格には合っていた。
それでもフランス人は、自分たちが一番偉くて洗練されていると思っているから、ハーフの日本語を話す若者なんて、ただのイエロー野郎と思われてしまったのだろう、顔が田舎っぽいことも加味されて。90年代後半のヨーロッパは、まだ差別が多いにあった。
話が途切れた、私はこの瞬間に、どうするかを心得ていた。相手が勇気を出して行動に移せるように、笑顔で待つ。
期待通りキスをしてきた。初めての長いキスをした。私は抵抗しなかった。クリスはりさを押し倒し、キスは続いた。このまま先に進むのだろうかと、二人とも思いながら寝室へと向かった。ベッドに横になり、キスをしながら胸をまさぐられた。その後、クリスが言った。
「ごめん、僕は結構まじめで、これ以上は、今日はできない。こうなるとは思っていなかったから用意していない」と言った。
「えっ、何?」りさが聞いた。
「コンドームがない」クリスが答えた。
途中でやめるとか、相手だけ気持ちよくさせるとかあるだろうにと、少し思ったが、まあいいや、として、そのままベッドに横たわり、まどろんだ。ワインを飲んでいたせいで。
この日は30分くらい横になっただろうか、私は家に帰った。
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