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【読書記録】羊と鋼の森

今回は、宮下奈都さんの、"羊と鋼の森" です。

この本への記憶

大学生になってからだろう。実家に帰った時に実家にあったから読んだ本、のうちの一冊かな。昔ピアノを習っていたことはあったけれど、調律、という視点を通してピアノのことを見たのはその時が初めてだった。中学生になるまでピアノを習っていたから (熱心な生徒ではなかったけれど)、今でも実家にはアップライトピアノがある。だから実家に帰ればいつでも弾けるはずなのに、私は恐らく、もう何年もピアノに触っていない。

改めて読んで

こんなに美しい話だったっけ。
気が付いたら涙が出ていた。綺麗な景色を見た時みたいな。感動、といっていいのだろうか。大きく心が動かされるというよりも、じわじわと言葉がしみ込んで、私の意志と異なるところで、私が泣いている感じ。美しかった。ただひたすらに。

美しいもの。

この作品の中で、美しいと挙げられているもの。温かいミルク紅茶、泣き叫ぶ赤ん坊の眉間の皺、裸の木。
私にとってはこの物語こそが美しい。この物語に出てくる言葉たちが美しい。
主人公は激しい感情を持つようなタイプではないから、すべての描写が静かな空気を纏っている。でも静かに、静かに、大きく確実に心は動いている。表層には表れていない、本人もきっと自覚していないその心の振れ方が、すごくきれいに掬い上げられ紡がれた物語だと、思う。
彼がピアノに出会ってしまったように、何かに一瞬で掴まれて、引きずり込まれるような出会いをしたい。世界の美しさをちゃんと受け取れる状態で、生きようと思う。ピアノの音を聞きたい。電子デバイスから流れてくるそれではなく、羊のフェルトのハンマーが鋼の弦を打って、空気を振動させる。その音を聞きたい。

私のとっての”音”

この物語こそが美しい、と書いたけれど、もっと他に、例えば私の中で美しいものって何だろう。そう思って過去の記憶をたどってみると、美しい音よりも、美しい光景の方が私の中に残っていることが分かった。恐らく私は圧倒的に視覚情報優位な人間なのだろう。
ある場面を思い出しても、光景は思い出せるのに、音声はそこに入っていないことが多い。だいたいの会話の内容と話していた表情は覚えているのに、詳細の言葉選びやどんなトーンで話していたかは思い出せないこともある。
同じ言語情報でも、紙に書いてあるのを読む方が、耳で聞くよりはるかにすんなり入ってくる。

言語ではない音が一番苦手だ。言語は頭の中である程度文字化され、視覚情報に近いものになるけれど、音楽的な音楽だとそうはいかない。クラッシックなんかだと、確実に聞いたことがある、のに、何の曲か分からない、という曲がすごくたくさんある。中学校の音楽のテストで、先生が授業で習った曲の一節を流して、曲名を選びなさいというのがあったけれど、あれはすごく苦手だった。
多分、楽譜を見て曲名を選びなさいの方が、まだ得意だったのではないか、と今となっては思う。

でもそれでも、自分の記憶には刻めていなくとも、音楽を聴くこと自体が苦手というわけではない。聞いている最中は、いろいろと、感じているはず。

ピアノの調律と記憶

昔ピアノの調律に来てくれていた調律師さん、元気かなあ。お兄さんだと思っているけど、おじさんだったのかな。何歳だったんだろう。今の私と変わらないくらいか。いや、もっと、かなり、上だったか。

調律師さんが家に来ているときのことを思い出すと、コーヒーと焼き菓子の匂いがする。
実際にコーヒーを入れていたのか、焼き菓子を出していたのか、覚えていなくて、だからそれは偽りの記憶なのかもしれない。家庭訪問の記憶と混ざっているような気もする。普段暮らしている家の中に、普段と違う空気が流れるという点で、近いものがあるから。
ピアノの上に載せているものを全部テーブルの上に移して、クロスを外す。工具箱の中はどうなっていたのだろうか。邪魔してはいけない、と子供ながらに思っていた。大きな声を出さないように。じっと見てたらやりづらいでしょう、そう母親にたしなめられ、いえ大丈夫ですよ、と言ってもらったような気もする。日々のピアノの練習はあまり好きではなかったけれど、あの時間は好きだったように思う。

曖昧なのに、幸せだったと思える記憶。こういう記憶がたくさんあれば、私はこれからも生きていけると思う。

明確に覚えていなくていい。薄れていったっていい。普段は私の中の見えないところにしまわれていて、ふとした瞬間に引っ張ってきて、眺めることのできる柔らかい記憶。もしかしたら都合のいいように改ざんされているところもあるかもしれないけれど、その可能性をも含めて大切にしていたい。

ピアノを食べて生きていくんだよ。

この作品の中に出てくる、この言葉の強さが、すごく心地よかった。まだ柔らかい、きっと傷つきやすい、危うさを残した年代。でもそれと同時に存在する、しなやかさ、弾力、そういうものに、一本通った芯がある。それを感じさせる言葉。
あの頃の私にも、あったのだろうか。あの頃の私は持っていたのだろうか、このしなやかさを。この強さを。

今度実家に帰ったら、ピアノの音を鳴らしてみようと思う。
音楽にならなくてもいいから。鍵盤を押す、ハンマーが弦を叩く、音が鳴る。それを体感しよう。美しいと思えるといいな。


今回はここまでです。
ちなみにこの作品は映画も観ました。上白石姉妹がとてもこの物語の世界に溶けていて素敵でした。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
熱中症など、お気をつけてお過ごしください。

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