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「スポットライトに照らされて」 13 (全17話)

第四幕 地区大会


「新入部員、入った?」

 放課後の廊下を歩きながら北山が問いかけてくる。

「ひとりだけね。そっちは?」
「仮入部が二十人くらいいるけど、たぶん半分も残らねーな」

 北山の声は頭上から降ってくる。私とそんなに変わらない身長だったのに、いつのまにやら頭一つ分以上高くなっていた。

「仮入部って、なにやるの? 北山は高跳び教えているの?」
「そんな面倒なこと俺がすると思う?」
「……やらないね」
「うん、やるわけない」

 二年生になって、みんなクラスが分かれてしまった。なのに、よりによって北山とはまた同じクラス。けどまあ、北山もニホンザルがチンパンジーくらいには進化したから、前ほどうっとおしくはない。

「じゃ、がんばれよ」

 昇降口を出たところで、北山がグラウンドに向かっていく。その後ろ姿に向かって声をかける。

「ちゃんと後輩の面倒みるんだよ~」

 北山は軽く走りながら空に向かって叫ぶ。

「やなっこった!」

 そう言いながらもあいつは一年生相手にふざけるのだろう。緊張をほぐしてあげるために。そんな姿を何度か見かけたことがある。
 私も部室へと向かう。ピロティではバトン部が練習をしていて、こんな部活あったんだ、と今更気が付く。いつもはどこで活動していたんだろう。
 人が通ろうと構わずに飛び回る大きなバッタをボクサーのようによけながら、ようやく部室に辿り着く。ドアを開ける時にブレザーの袖にテントウムシが止まっているのを見つけ、フッと息を吹きかけて飛ばす。指で触ると変な汁が出ることがあるから要注意だ。
 ドアを開けると、葵が床に座ってストレッチをしているところだった。

「早いね」
「生徒会のミーティングがあるから、途中で抜けちゃうけど」
「うん。わかった」

 ロッキングチェアはすっかり美香の定位置になっていて、今日もすっぽり収まっている。
 そして向かい合っているのは新入部員。これがまた、かわいいんだ。つい最近まで中学生だった雰囲気を存分に残している。背も私より小さいくらいだし、声変わりもしていない。目なんかクリクリで、髪も茶色っぽくてサラサラ。とても澤田カリンの弟とは思えない。

 ――そう、この子はかつての美香の代役ちゃん、城東学院の澤田カリンの弟。中学では部活に入っていなかったらしいけど、下郷高校に合格した時にカリンから演劇部を勧められたらしい。すごく演技の上手い先輩がいるから、って。

 その「すごく演技の上手い先輩」はロッキングチェアでユラユラ揺れている。

「お座り」
「わん」
「お手」
「わん」
「おかわり」
「わん」

 ジャージに着替えた私は、葵の隣でストレッチをしながら目の前で行われている光景をまじまじと見つめる。

「……あれ、なにやっているの?」
「ん? 調教だって」葵は見もしないで答える。
「調教ぉ?」
「梢、見て見て。かわいいでしょー」

 美香が得意げに後輩を自慢する。

「あんたねぇ、悠基ゆうきをなんだと思っているのよ?」
「私さぁ、弟欲しかったんだよねぇ~」
「犬の間違いじゃなくて?」

 その間も澤田悠基はおとなしくお座りの姿勢を維持している。

「悠基も、嫌な時は嫌ってはっきり言いなよ」
「いえ! 楽しいです!」

 ホントかよ?

「あー、ポチ、ミルクティー買ってきてぇー」

 美香が財布から小銭を取り出して悠基に渡す。

「はいっ!」

 悠基も「はいっ」じゃないよ。ポチって呼ばれているじゃん。でも、その返事すら美香は許さない。

「『はい』?」
「あ! いえ……『わん』」
「よし! 行け!」
「わわんっ」

 悠基が出て行ったばかりのドアを見つめるとため息が出た。

「犬じゃなくて、パシリだね」

 どちらの方が格上かわからないけど。

「まあ、本人が喜んでいるんだから、いいんじゃない?」

 葵はストレッチを続けながらのんきなことを言った。
 ……唯一の新入部員が逃げ出さないことを祈るばかりだ。

 山の木々の葉がやわらかそうな明るい黄緑色をしている。辺りの空気まで光の量が増えたかのようで、どこを見ても眩しさに目を細めてしまう。上空をとんびがピーヒョロロと鳴きながら旋回し、時折田んぼに突っ込むようなタッチアンドゴーを披露する。
 その景色を見ながらする発声練習はとにかく気持ちがいい。声と一緒に体の中の淀んだものとかがすべて緑色の光の中へ吸い込まれていく。
 私たちの声すらかき消すように、ンモォー、ンモォーと太く低い声がこだまする。

「学校の裏って牧場でもあるんですか?」

 悠基が窓から身を乗り出して辺りを見渡す。

「ああ、あれね」

 美香が興味なさそうに窓の外に目を向ける。向けるだけでちゃんと見る気はない。

「牛の声ですよね?」
「牛、なのかなぁ?」

 美香が愉快そうに私に声をかける。

「さあね」と肩のあたりで手のひらを天井に向けるオーバーアクションをしてみせる。
 当然私たちは答えを知っている。一年前はやっぱり悠基と同じように牧場があるのだとばかり思っていたけれど。

「遅れてごめーん」といつもの台詞と共に部室のドアが開き、葵が入ってくる。

「ピロティでウシガエルの声が反響してうるさいのなんのって!」

 うんざりした口調で文句をいいながら、耳の奥に残る音を振り払うように首を振る。

「ウシ……ガエル?」

悠基が眉を寄せる。でも眉間にしわは寄らない。いや~、いいねぇ、若いって。一歳しかちがわないけど。

「あーあ。もう正解言っちゃったよ~」

 美香は笑顔のまま口を尖らせる。

「え? あ、なに? 悠基、まだ知らなかったの?」

 葵もすぐに理解する。下郷高校じゃ、この時期の風物詩だしね。ウシガエルの合唱と新入生の驚く顔。
 その間も田んぼではウシガエルがンモォー、ンモォーとおなかの底に響くような低音を合唱している。はっきり言って奴らはうるさい。夕方になるほど元気になるみたいで、午後の授業とかだと先生の声なんてほとんど聞こえないほどだ。

「へぇー。カエルなんですかー。どんな姿しているんですか?」
「え……?」
「……」
「……」
「大きいんですか? 大きそうだなぁ。こんなに声が大きいし」
「……」
「あれ? 先輩?」
「――知らない」

 美香がびっくりしたような顔でつぶやく。

「え? 知らないんですか?」

 悠基も同じような表情になり、私と葵をうかがう。

「そういえば姿見たことない……」葵も呆然としている。
「私だって」見たことない。声はこんなに聞こえるのに。
「ええー?」

 甲高い驚きの声を上げる悠基。
 だって、姿を見たいなんて思ったことないんだもん。なんとなく見ない方がいいような気がするし。

「ウシガエル、うるせーな! モーモーモーモーどんだけ鳴くんだよ」

 ウシガエルにも負けないうるささで入ってきたのは我らが顧問の古賀先生。

「窓閉めろ、窓。話もできやしない」

 窓を全部閉めると、ウシガエルの鳴き声のボリュームが少し落ちた。静かとは言い難いけれど、それでもなんだか体の力が緩んでリラックスする。

「はーい、全員集合ぜんしゅう~」

 古賀先生は全集をかけながら、長机の方へ向かう。全員が席に着くと、一通の封書を私の前に滑らせた。みんなの視線が封書を追い、私の前で止まった。
 「県立下郷高校演劇部 御中」の宛名ラベル。既に封は切られている。中から三つ折りの書類を取り出す。

「――大会の申込書!」

 私の言葉にみんなが姿勢を正す。部室の空気が一瞬で引き締まった気がした。
「どうする?」と古賀先生は私たちを見渡した。

「地区大会の会場分けはくじ引きだ。城東学院と一緒になる可能性もある」

 正直、わだかまりはある。

 交流会で瑞希やカリンになんの抵抗もなく「劇の内容、似ていたね」なんて話しかけてこられた時は、全身が縮こまる感じがした。どうして被害者側が怯えなくてはならないのか。まあ、私たちは直接の被害者ではないけれど。
 そしてそれで確信した。私たちの考えた通りだと。部長しか知らないんだ。他の部員はあの劇がなにを意味するのかさえわからずに演じていたんだ。

 萌先輩はどういうつもりだったんだろう。城東学院の部員たちに知らせないで謝罪したつもりなのだろうか。それっておかしくないだろうか。いや、たしかに今の部員たちは関係ない。過去の話だ。でもそういうものなのかな。個人の問題なの? 城東学院演劇部としての問題じゃないの? そもそも顧問はなにをやっているの? ――まさか。顧問ストップがかかっているとか? 

 遠くでウシガエルの声だけが聞こえる静けさの中で、沈黙に耐えきれなくなったのか、悠基がモジモジし始めた。

「えっと……城東学院となにかあるんですか?」

 うーん……。
 返事に困ってみんなでモジモジする。

「姉が城東学院の演劇部なんですけど……」

 知っているって。

「県大会で下郷高校に勝つんだってはりきっていますよ」

 県大会。カリンは私たちが県大会まで進めると思っているってこと?

「美香先輩はライバルだからって」

 美香が身動きせずに目だけを大きく見開いた。ああ、本当におどろいた時って、案外動きは少ないものなんだな。

「……カリンが?」
「はい。美香先輩を追い越してやるって息巻いてました」
「追い越す? 私を?」

 美香の目尻が下がり赤みを増した。

 中学の県大会当日に逃げ出した美香の代役で舞台に立ったカリン。代役でありながら主役を堂々と演じきったカリンは、その時点で美香の上なんだと私は思う。でも、カリンは美香の演技力の方が上だと思っていることになる。
 ――そうか。だからあんなに怒っていたんだ。自分よりも演技力がありながら自信を持てないでいる美香がもどかしかったんだ。
 なんだ。案外、悪いやつじゃないのかもしれない。

「あと、萩台北中出身の人もいるらしくって、その人も負けたくない人が下郷高校にいるらしいですよ」

 ――瑞希だ。

 美香と葵の目がこちらを向く。
 ふんっ、と古賀先生が鼻を鳴らした。

「なんだぁ? こりゃ、やるしかねーな」
「やりますっ!」

 二年生三人の声が揃った。
 地区大会でも、県大会でも勝ち進んでやるんだから。

「よーし。しっかりやれよ!」
「はい!」

 私たちはじっとしていられずに立ち上がる。悠基だけが座ったまま私たちを見上げて問いかけた。

「――で、城東学院となにかあったんですか?」

 その言葉を私たちはウシガエルの声で聞こえなかったことにした。

 県大会で城東学院と競う。それが私の目標になった。いや、違うな。初めに戻ったんだ。高校の県大会の舞台に立つ。それは、中学の県大会が終わった時点で既に目標だったんだ。

 ――ようやくスタート地点に立てた。

 ミーティングのために席についている顔を見渡す。古賀先生、美香、葵、私、悠基。たったこれだけの人数だけど、演劇ができる。そう思っただけで、鼻の奥がツンとして、私は慌てて伸びをする振りをしながら上を向いた。

「じゃあ始めるか。――部長」
「はい」

 私は伸ばした両手を下ろして姿勢を正す。こんな小さな部活で部長もなにもあったもんじゃないけれど、一応、私が部長で、葵が副部長ってことになっている。でもそんな肩書が必要になるのは生徒会に予算申請をしたり文化祭の申請をしたり、あとは大会や発表会みたいな対外的な活動のときだけだ。今だって、古賀先生が私に司会を任せたのも、形式ばった意味なんかなくて、ただ単に自分が仕切るのが面倒なだけに決まっている。

 そうはいっても、この大会は気合を入れて向き合わなくてはならない。春季発表会は過去の清算の意味合いが強かったから、この大会が純粋な新生演劇部としての初舞台のようなものだ。

「まずは、なにはともあれ、脚本だと思うんだけど」

 私の言葉にみんなが頷く。

「悠基が入ってくれたけど、それでも四人しかいないんだよね。既成の脚本から探すとなるとまた難しいんじゃないかと……」
「途中だけど、ごめん」

 葵が手を挙げて私の言葉を遮った。

「葵、どうしたの?」
「私、春季発表会が終わってからずっと考えていたんだけど、キャストは遠慮しようかと思って」
「えーなんで?」美香が葵の腕に抱きつく。「人前に出るの苦手じゃないでしょ?」
「うーん。それは確かに嫌いじゃないし、むしろ目の前でダイレクトに反応を感じられるのはかなり魅力的なんだけどさ」
「それならなんで?」わたしだって納得いかない。「葵が抜けたらまた三人になっちゃうじゃん。そんなの制限が多すぎるよ」

「……演出をやりたいの」
「演出?」思わず聞き返してしまう。
「チョイ役だったら、むしろ舞台に立ちたいんだけど、劇そのものをよくするためには、やっぱり全体を見る人がいなくちゃ駄目だと思うんだ」

 たしかに少人数だと全員が舞台に立っているから、見ている人がいなくなる。順番に見たとしても劇全体のバランスはつかみにくい。それは春季発表会でも苦労した点のひとつだ。

「あと、足引っ張っちゃうと思うんだよね。梢や美香は文句なしに上手いし、悠基は男子ってことで芝居が引き締まるし。私みたいな初心者の女子は浮いちゃうと思うんだ」
「そんなことないよぉ!」

 美香が葵の腕をぶんぶん振り回す。
「痛いって」葵は笑いながら美香の手から逃れると、「ひがんでいるわけじゃないの」と付け加えた。

「客観的に見て、その方がいいと思うから言っているの。キャストの人数が多ければいいてもんじゃないでしょ?――ね、先生?」

「え? 俺?」

 古賀先生、完全に傍観者を決め込んでいたな。

「……葵ちゃんは、演出をやりたいわけ?」
「それもあります。文化祭で演出をやってみてものすごく楽しかったから。私が思い描いた情景がみんなによって現実のものになっていくのがすごいな、って」
「じゃあ、仕方なく演出をやるって言っているわけじゃないんだな?」

 古賀先生は真剣な顔で葵に問いかける。葵も目元に力が入った表情をしている。

「はい。キャストをやりたくないのではなくて、演出をやりたいんです。文化祭の時みたいに、生徒会で練習時間がとれないからっていう消極的な理由じゃないんです。それと――」

 葵が似合わずモジモジする。

「それと?」

 古賀先生がうながすと、葵はゴクリと唾を飲み込んで口を開いた。

「勝ちたいから。部員が少ないなりにベストの構成で大会に臨みたいからです」

 勝ちたいから――。

 葵にとっては大会の勝ち負けは大した意味はないはずだ。私が瑞希と県大会での再会を約束していたことや、美香がカリンの宣戦布告を受けたことは、葵には関係ない。これらは私たち個人の問題のはずだ。

「……僕も」

 小さな声で悠基が話し出す。

「僕も勝ちたいです。演劇なんか一度もやったことないのに、こんなこと言うのもおかしいですけど、それでも県大会に行きたいんです」

 私たちがぽかんと見つめていると、なにを思ったか、悠基は立ち上がると声を張り上げて演説を始めた。

「僕、こんなに人と話したことなくて、演劇部に顔出してみたのだって、姉に言われたから、一応美香先輩に挨拶はしておかなきゃって思っただけで。でも、先輩たちがすごくいい人たちで。――僕、ここにいていいんだって思えたんです。今まではいてもいなくても変わらないような僕だったけど、ここに来て、必要とされているんだって感じられたんです。だから、少しでも多く先輩たちと演劇をやりたいんです。地区大会で負けてしまえば一回しか公演できないけれど、県大会に行けば二回できるんですよね? だから、県大会、行きたいです」

 悠基は一気にしゃべったせいで、息を切らしている。

「……なるほどなぁ」古賀先生が感心したように細かく何度も頷く。
「確かに勝ち進めばそれだけ公演回数は増えるわけだ。ただの勝ち負けじゃないんだな。公演の場を勝ち取る大会でもあるわけだ。その考え方は気付かなかったな」

 葵も立ち上がって話し始めた。

「私は、ただ梢や美香に便乗させてもらいたいの。正直、私はそこまで演劇に夢中にはなれないから。もちろん演劇は好きだよ。でも、梢や美香ほどじゃない。私も『これにかけたい!』っていうほどのものがほしい。だけど、まだ見つからないから」

 あ。入江に言われたのと同じだ。入江が脚本を書いてくれることになったときの理由が「お前の頑張りに便乗させてもらう」だった。そのときはピンとこなかったけど、そういうことなのか。
 そうか。好きなこと、やりたいことがあるってすごいことなんだ。だったら、みんなまとめて一緒の夢を見よう。一緒に頑張ろう。

「――わかった」
「梢!」
「じゃあこうしよう。とにかく今回は勝つことを目標にする。ただ、勝つためにやるとしたら、審査員に認められる劇をやるってことだから、もしかしたら私たちがやりたい劇とは違ってくるかもしれない。それでも勝つための劇を作るってことでいい?」

 私はみんなを見渡す。みんなが大きく頷いた。

「べつにぃ、私は演劇できればなんでもいいしぃ~」
「私はそもそもやりたい劇が見つかるほど演劇を知らないし」
「僕は先輩たちとたくさん劇をやりたいです」
「決まりだな」

 古賀先生が私に声をかける。

「はい。よろしくご指導ください」

 私は古賀先生に向かってお辞儀をする。下郷高校演劇部を過去何度も県大会どころかブロック大会にまで導いた偉大な顧問に。
 みんながそれに倣う。

「よろしくお願いします!」
「なんだよ~。まいったな、こりゃ~」

 古臭い演技のように頭をかく古賀先生を見て、かすかな不安を覚えたのは私だけではないはず。

 脚本をどうするか。過去の実績からすると、作・演出を古賀先生に任せるのが一番いい。みんながそう言うと、古賀先生ははっきり首を横に振った。

「あの頃は部員が多かったから楽だったんだよ。俺が書きたいように書いても誰かしらその役のイメージに合うやつがいたから」
「じゃあ初めからアテ書きしてくださいよぅ」

 美香が気楽に注文する。

「簡単に言うなよな~。先にキャストありきで書けるほどの実力はないって」
「それなら先生が書いたものに合わせてちゃんと役作りしますから」

 私も必死にお願いする。だって、今までは古賀先生の脚本でブロック大会までいけていたんだもん。なんとしても書いてもらわなきゃ。

「そういう問題でもないって。えっと、三人? 葵ちゃんがチョイ役で出るとしても四人で六十分持たせる劇なんて書いたことないし」

 なんだかんだ言っているけど、古賀先生は本当は怖いんじゃないだろうか。また専制君主制の演劇部にしてしまって部員を追い詰めるようなことになるんじゃないかって、心配している気がする。そう気にしている時点で、もう大丈夫だと思うんだけどね。

「それなら、元強豪校の顧問として、脚本はどうしたらいいと思いますか?」

 葵が政治家に詰め寄る記者のような態度で、パントマイムでマイクを突き付ける。
 古賀先生は律儀にもその見えないマイクを受け取ると、芝居がかった口調で話し始めた。

「えー、私が思いますに、高校演劇は部全体の力がまとまらないと勝てません。一人エースがいたところで、それで勝ち進める高校野球とは違うのです」
「それは高校野球に対する冒涜ですかぁ?」美香が野次を飛ばす。
「いえ、そうではありません。そうではありませんが、演劇は総合芸術であるからして……」
「早く本題に入れー」私も両手をメガホンにして野次を飛ばしてみる。
「そうですね。では。集団創作が望ましいと思います――ってか、もうめんどくせーな、この小芝居」

 そう言いながら、古賀先生は架空のマイクを投げ捨てた。

「つまりさ、お前らでエチュードやってそれを脚本にしちゃえば? ってことだよ」

 そんな無茶な。私はきっぱり反対する。

「そのつくり方だと、ごっこ遊びの延長みたいな感じになって、個性的な役柄とかは出てきにくいですよね? ストーリーも間延びした感じになっちゃうし」
「エチュードを始めるための設定とかによるんじゃない?」と美香。
「なに? 演劇のエチュードってなに? 寸劇みたいなもの?」

 葵が質問を挟んでくる。

「そうそう。同じだよ、寸劇と」古賀先生が人差し指を揺らしながら答える。
「いつも基礎練習きそれんでやっているだろ? あれをホンに起こせばいいじゃねーか」
「あんなのが大会で通用するわけないじゃないですか!」

 私たち三人の声が重なる。わぁお、息ぴったし。こんなところで妙に嬉しくなっちゃったりする。悠基はただニコニコと眺めている。

「そこでさっきのミカリンの発言に戻るわけだな」
「私? 私さっきなに言ったっけ?」

 言った本人が忘れている。

「設定だよ、設定」

 ああ、と頷く私たち。

「その設定を俺が考える」

 おおっ。

「それぞれの役回りも指示する。こいつはすぐ怒るやつ、とかそんな感じ」

 うんうん。

「何度も同じ設定でやってみて、よかったやつを採用する。で、そのままじゃ流動的だから、文字にするわけだけど、その時に肉付けしたり台詞の言い回しを整えたりする」

 どうだ! と満面の笑みで古賀先生は私たちを見渡す。

「……」

 無言の私たちの代わりに悠基が質問した。

「えっと……その最後の工程はどなたが?」

 もちろん、古賀先生自身だろうね? と私たちは睨みを利かす。

「……いや、考えてないけど」

 考えてないんかいっ!

「また入江に頼めばいいんじゃね?」

 人任せかいっ! しかも部外者!

「なるほど」

 なるほど……って、美香ぁ~。

「なかなか面白そう」

 葵まで……。

 知らないから。もう知らないから。その作り方でまともな劇になったら奇跡だわっ!


次話


「スポットライトに照らされて」全17話

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