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「スポットライトに照らされて」 6 (全17話)

第二幕 文化祭


「――で? 俺に顧問やれと?」

 古賀先生はあからさまに不服そうな声色で言った。苦虫を噛み潰したような顔ってこういうのだろうな。

「やれなんて言ってませんよ」

 むしろ、できるならやってほしくないです。

「既に顧問なんですよね?」
「いやいや。ない部活に顧問はいないでしょ」

 それはそうなんだけど。

「……でも、前に、小島先生が」
「あ、言ってたね」
「ですよね。言ってましたよね」

 それって、つまり、どういうことだろう。 部がなくなれば、当然、顧問も必要なくなるわけで。だけど、小島先生が言うには、今でも古賀先生が顧問らしいし。

「きっと、部員がいるんじゃないんですかぁ?」

 宇梶美香が私の背後からひょっこり顔を出す。

「うわっ! あんた、いつ来たの?」
「今だよう」

 口をとがらせる。アヒル口っていうんだっけ? 私がやったら、ただのひょっとこだよ。

「えっと……なんか新しい登場人物が現れたんだけど?」

「一年二組の宇梶美香です。ミカリンって呼んで下さい!」

 おいっ! 教師が呼ぶわけないでしょ! だから、ピースでウィンク、舌出すの、やめなさーい!

「はいよ。ミカリン」

 ……呼ぶのかよっ!

「――で? なんで急にやる気になっちゃったわけ?」
「なんでと言われましても……」

 他校の劇を観て我慢できなくなりました、なんて言えないし。言ってもどうせわかりっっこないでしょ、あんたは。
 その辺は美香も同感らしく、笑顔で小首を傾げて済ませている。

「もうさぁ、廃部でいいんじゃない?」

 教師とあろう者が、なんてことを!

「そこは、私たち生徒の意思を尊重して……」
「活動時間は顧問もいなくちゃいけないんでしょ?」
「いや、校内にいらっしゃるならば、部活に顔を出されなくても……」

 っていうか、絶対に来ないで下さい。

「休みの日にも練習とかするのかなぁ?」 

 練習じゃないし。稽古だし。

「一応、発表の前とかは」
「休みの日はさぁ、デートとかしたいわけよ」

 ……まぁ、そりゃそうだわな。部活動についてはボランティアだって聞いたことあるし。本当のところは知らないけれど。

「古賀センセ、彼女いるんですかぁ?」

 美香が目をキラキラさせて聞いている。
 それ、今どうでもよくない? 今だけじゃなく永久にどうでもいいけど。

「それがいないんだよ~」

 いないのかよっ! うん、ま、いないだろうね。しかし、いないのにデートの心配って……。

「じゃあ、センセ。女子高生はどうですか?」
「え?」「え?」

 古賀先生は身を乗り出し、私は仰け反った。
 ちょいちょい、美香、あんた身売りを? そこまでしなくても。

「演劇部は女子比率高いですよ~。発表とか大会だと、会場中、女子高生だらけですよ~」

 いやいや……そんなのじゃ……

「よし。いつから活動する?」

 古賀先生は卓上カレンダーを手に取った。

「それじゃあ、来週からぁ」
「ふむふむ。来週から、と」
「あー、でもセンセー。活動場所が決まっていないんですよ~」
「そんなの、部室使えばいいじゃん」

 ……部室?

「えっと、古賀先生も美香も、お話進めていただけるのはありがたいのですが、部室とはなんのことでしょうか」
「梢ちゃん、部室って知らない? 部活毎に割り当てられている部屋のことだよ」

 古賀先生は人差し指を立てて、得意げに説明する。

「部室って言葉は知っています! 私が聞きたいのは、演劇部に部室があるんですか、ってことです」
「そりゃあるよ。えっと、どこやったかな……」

 古賀先生は机の引き出しを漁っている。なんか潰れたピンポン玉とか片方だけの靴下とか入っていて、ものすごいカオスなんだけど。

「この引き出しね、時々知らないものが出てきて面白いんだよね」

 それ、あんたが入れたのを忘れているだけでしょうが。教室に貼ってある「整理整頓」のポスター、ここにこそ貼るべきです。

「ああ、あった、あった。……ほら」

 取り出した鍵を私の手に握らせる。なにやら年季の入ったキーホルダーが付いている。猫がセーラー服着ている写真。裏返すと「なめんなよ」の文字。

「……なんですか? これ」

 美香も私の手元を覗きこむ。

「なにって、部室の鍵だよ」
「鍵はわかりますよ。このキーホルダーですよ」
「あれ? 知らない? 俺もよく知らないんだけど、昭和の遺物らしいよ。かわいいよね」
「うん。かわいー」

 美香、順応性高すぎ。
 でもって、昭和のキーホルダー? 恐るべし。歴史のある部活。

「……いないじゃん」
「いないね……」

 開け放たれた窓からは運動部のやけくそ気味の掛け声が聞こえている。廊下に入り込んだ蝉の泣き声が校舎に響き渡っている。
 そして、誰もいない職員室に何台もの扇風機だけが首を振っている。
 私たちはドアに手をかけたまま立ち尽くした。

「美香、どうするのよ」
「どうするって言われても」

 古賀先生の机の上はとっちらかっているが、さっきまで仕事をしていたというわけではないだろう。

「今日から活動するって言ったのに」
「ちゃんとカレンダーに印つけていたのにね」

 堆積物の一番上にちょこんと乗っかった卓上カレンダーが見える。

「勝手に部室の鍵を借りるわけにはいかないしね」
「あの引き出し触りたくないし」

 扇風機の風があたって、卓上カレンダーがわずかに揺れる。

「あらぁ? 宇梶さん?」
「あー、小島センセー」

 廊下の向こうから小島先生が歩いてくる。

「えっと、あなたは確か一組の」
「木内です」
「ああ、そうそう、木内さん。四月に演劇部のことを話していたわよね」

 よく覚えているなー。さすが先生だな。うちの担任とは大違いだ。

「その演劇部つくるんですぅ」

 美香が語尾だけ丁寧語のタメ口で報告する。

「演劇部を?」
「そうなんですぅ。それでー、古賀先生が顧問になってくれてー」
「美香、違うよ。もともと顧問なんだってば」
「そっか。顧問だけいたんだっけ」

 小島先生はなんだか考え込むような表情をしている。

「……古賀先生が引き受けたの?」

 引き受けるもなにも、小島先生が言っていたんじゃん。まだ古賀先生が顧問だって。

「今日、部室の鍵を借りるはずだったんです。古賀先生はいらしてますか?」
「私は見かけてないけど……」

 小島先生は席まで行くと、古賀先生の机や椅子を眺めている。

「鞄とかもないみたいだし、今日は来ていないんじゃないかな。今日の登校当番は私だけだし。古賀先生は確か先週で当番終わっていると思ったけど」

 この前会えたのは登校当番だったからなのか。考えてみれば、中学の時も全員の先生が毎日来ているわけじゃなかったな。
 いないなら仕方がない。せっかくの初日を無駄にしやがって。
 私たちはとりあえず、職員室を後にした。

「……いなかったじゃん」
「いなかったね……」
「美香、どうするのよ」
「どうするって言われても」
「今日から活動するって言ったのに」
「古賀センセ、ちゃんとカレンダーに印つけていたのにね」

 会話に発展性がない。これじゃあさっきの繰り返しだ。

「やっぱ、顧問は古賀先生じゃダメかなー」
「でも、前からそうなんでしょ?」
「そうらしいね」

 私たちは行くあてもなくなり、馴染んだ場所である一年一組の教室に入った。

「あ」

 窓際の席に入江が座って本を読んでいた。窓からの風で白いカーテンが大きくはためいている。

「入江くーん」

 美香がこんなに近いのに両手をメガホンにして呼んだ。入江が本を開いたまま、首だけをこちらに向ける。やっぱりフクロウみたいだ。

「あれ? お前ら何してんの?」
「部活ー」
「部活? いつの間に部活なんか入ったんだよ」
「今日からだよーん」
「……なぁ、木内。宇梶のやつ、何言ってるんだ?」
「うーん。どこから説明すればいいのやら」

 演劇部をつくることになったのは、入江も関係なくはないかもしれない。いや、やっぱ関係ないか。それに、もう部活に入ったことになるのか? 部室の場所も知らないのに? 今日からっていうのも正解なのか? っていうか、そもそも入江にそれを説明する必要があるのか?

「なんだよ、早く言えよ」
「やっぱ、やめた」
「なんなんだよ!」

 入江が天井を仰いだ。

「あー、入江。わりぃ、わりぃ!」

 北山が教室に走り込んできて、入江が片手を挙げて挨拶をする。どうやら待ち合わせをしていたらしい。それにしても。

「なに、その北山の恰好」
「え? なんか変?」

 変。ランニングパンツの下にスパッツはいている。でもって、上は白いTシャツなんだけど、毛筆みたいな書体ででっかく「根性」って書いてある。

「陸上部の練習着だけど? みんなこれ着ているよ」

 指さすグラウンドを覗けば、なるほど、まるっきり同じ格好をした集団が走ったり跳んだりしている。

「ほいっ」

 入江がレポート用紙の束を北山に渡す。

「うわぁ! マジ助かる! ……あれ? 原稿用紙じゃないの?」
「清書は自分でしろよ。筆跡違ったらバレるぞ」
「それもそうだな。今度ラーメンでもおごるよ」
「……涼しくなってからにしてくれ」

 きっとあれだ。古賀先生の現国の宿題。高校生にもなって読書感想文。絶対、先生が宿題用意するのが面倒だっただけだ。

「こらぁ! 北山ぁ! どこに行ったー」

 グラウンドから怒鳴り声が聞こえる。

「うわっ、やべっ!」

 ……なんか、どこかで見た光景。

 北山は「じゃ!」と片手を上げて走り去る。
 窓の外からの「北山ぁ!」の叫び声と、廊下の先からの「はいはい、只今」という間延びした返事が響いている。

 ……とっても既視感を覚える。

「なんだよー。探しちゃったじゃんかー」

 また北山? と思ったら、古賀先生だった。

「あー! 古賀センセー」
「いらしてたんですね」
「いらしてたよー。ずっと待っていたのにさ、なかなか来ないから探しに来たよ」

 言葉づかい、どうにかしましょうよ。国語の先生なんだから。――ん? 待っていた?

「あの、どちらで?」
「部室で」
「部室……」
「そ。鍵開けて」
「鍵……」
「待っていたんだよ」
「……待っていれば私たちが来ると思ったんですか?」
「だって、部室があるの教えたじゃん。まずは部室に集合でしょ?」

 入江が不思議そうに見ている。
 私は美香と顔を見合わせた。きっと同じことを思っている。――アホだ、この先生。

「センセー。私たち、部室の場所、まだ知りませーん」

 美香が発言するように右手を真っ直ぐ挙げて、忘れずに小首を傾げる。

「え? マジ?」

 マジです。

「いやぁ、そりゃ悪かったな。帰りにラーメンおごるよ」
「結構です!」

 なんなんだ、この学校の男共は。お礼もお詫びもラーメンなのか。

「……もしかして、お前らの部活って、演劇部なわけ?」

 入江が恐る恐る聞いてくる。私たちがそれ以外の部活に入るわけないことは知っているでしょうが。そう返事をする前に、古賀先生がポンッと入江の肩を叩いた。

「おっ! よくわかったな!」
「姉が城東学院の演劇部なもんで」

 なぜそこでそんな理由? と思ったら、古賀先生が急に真面目な顔をした。へぇ、ヘラヘラしていなければ、なかなか知的な顔立ちなんだ。けれどもその表情も一瞬で、すぐにエヘラ~と笑う。

「ほう、そうかそうか」

 古賀先生も、そうかそうかじゃないよ。なんで萌先輩がお姉さんだったら、古賀先生が演劇部の顧問ってわかるの? 意味わかんない。

「演劇部って、廃部になっていなかったんですね」

 廃部になっていない? どういうこと?
 美香もきょとんとしている。

「いやぁ。もう何年も活動していないよ」

 そうだろう。大会に出たのは三年前だと言っていたし。

「でも古賀先生がずっと顧問なんですよね?」
「そうらしいね」
「それって、部が存在しているからじゃないんですか? 廃部になった部に顧問がいるわけないですよね」

 それはおかしいと思っていたけれど、小島先生が言っていたんだから間違いないと思う。古賀先生が言ったなら疑わしいけど。

「俺、文芸部なんですよ」

 急に何を言い出すのだろう。

「顧問は小島先生です」

 小島先生は古文の担当だ。だから文芸部の顧問なのか。それにしても、文芸部なんてものが下郷高校にあるなんて知らなかった。

「おお。小島先生ね。文芸部、知ってる、知ってる」

 知ってるんだ。

「俺が入部するまで活動していなかったんですよ。まあ、今も活動らしい活動はしていませんが」

 ん? どういうこと?

「ちょっと、待って。それって、廃部になっていたってこと?」

 大人しく成り行きを見守ろうと思っていたのに、どうしても気になってしまった。

「部を新規でつくる時は五人必要だけど、廃部になるにはゼロ人になるまでは存続するんだ」
「えっと、つまり?」
「活動はしていなかったけれど、俺の他に最低一人は部員がいるってこと」
「あっ!」

 美香が両手を口元にあてる。

「あっ!」

 私も思い出した。美香が言ったんだ。古賀先生に顧問を頼むときに。
「きっと、部員がいるんじゃないんですかぁ?」って。

「美香、知っていたの?」
「まさか!」

 プルプルと首を振る。適当にいつものノリで言ったようだ。まぐれ当たりってやつ? 恐ろしい女だ。

「まあまあ、細かいことはいいじゃないか」

 いやいや、ちっとも細かくないって! 他にも部員がいるとしたら、先輩じゃん! ぜひともお目にかからねば!
 しかし、古賀先生はほんとうにいいと思っているようで、私と美香の頭をポン、ポンと叩くと教室を出ていこうとする。

「ではでは、梢ちゃん、ミカリン。部室にご案内しましょう」

 さっそうと歩く古賀先生の後ろを私と美香は小走りについていく。
 教室を出る時に振り向くと、「梢ちゃんって? ミカリンって?」と入江が首を傾げながら呟いていた。


 昇降口を出ると途端に熱を持った日差しが肌を突き刺してきた。古賀先生は「あちーな、あちーな」と言い続けながら、体育館に向かう。

 下郷高校は斜面に建っている。丘の街であるこの辺りは、どこの学校も丘の上か斜面に建つ。その中でもこの学校は特に珍しく、半分斜面に埋まるような形になっている。敷地全体が同じ高さではないのだ。

 つまり、四階建て校舎は、校門から見ると二階建てなのに、グラウンドから見ると四階建てといった具合。当然、一、二階部分の廊下側には窓がない。地面の中だからだ。
 体育館も同様。校門側から見るとよくある体育館にしか見えない。けれども、グラウンドへ向かう通路を進んでいくと、下の階が現れる。地下一階に当たる部分はピロティになっている。

 入学当初はピロティとは何ぞや、と誰もが思った。柱だけの空間のことらしい。要はショッピングモールの立体駐車場みたいなやつ。その使い道のよくわからないピロティの奥にはシャワールームと格技場がある。
 ここまでは外からも見えるので、あることは知っていた。けれども、古賀先生はピロティの奥まで行く。

「うわぁー!」

 私と美香はそろって歓声を上げた。
 ピロティは壁がないため、外が丸見えだ。斜面に建つ体育館の反対側は谷になっていて、手つかずの山と昔話のような田園が広がっていた。まさに蝉しぐれとしか言いようのない声がピロティに反響している。

「まだ驚くのは早い」

 古賀先生は台詞のように声を張り上げた。格好つけているのではない。蝉の声がうるさくて、舞台台詞のように発しなければ声が聞こえないのだ。

 谷側の手すりに接して階段が下へ伸びている。地下二階があるらしい。ピロティより階下となると、谷側からしか見えない。秘密基地のようで、自然と期待が高まる。

「うぎゃあー!」

 私は美香と抱き合うようにして、降りかけた階段を戻った。

「踏まないように気をつけろよー」
「踏まないようにって……!」

 階段にはびっしりと緑と茶色のツブツブが敷き詰められている。

「せんせぇ~」

 私たちは暑い中抱き合ったまま、我ながら情けない声を上げる。

「あ、やべっ。踏んじゃった」

先生の呟きと共にぷ~んと漂ってくる青臭い臭い。

「ぎゃあああー!」

 寒気がしてきた。地獄だ。カメムシ地獄だ。現世にも地獄があったんだ。

「降りてこいよー。階段はここしかないんだぞ」

 息を止め、恐る恐る階段を見下ろすと……あり? カメムシが減っている。慎重に爪先で歩けば行けるかもしれない。

「今一匹臭い出したからな。カメムシ逃げただろ?」

 どういうこと? カメムシも自分たちの臭い嫌いなの? まさかそんなはずもあるまいが、どうにか下へは降りられそうだ。
 やっとのことで降りきると、谷側が外廊下になっていて、バルコニーのように伸びている。カメムシは階段部分だけが生息地らしく、外廊下はきれいなものだった。

「こっち、こっち」

 外廊下に窓と片開きの開き戸が交互に並んでいる。この間口だと部室と言ってもかなり狭い。六畳あるかないか。大道具とかは置けそうにもない。

「ようこそ、演劇部の部室へ!」

 突き当りに両開きのドアがあり、「演劇部」のプレートが。他の部屋と作りが違う。
 先生が鍵を開けると、ドアにとまっていたらしいカマキリがバババッと音を立てて飛び立った。全長二十センチはあろうかという巨大なやつだ。

「うぎゃあー!」
「ああ。虫多いんだよね。こっち側、緑多いから」

 多いどころじゃない。緑しか見えない。
 古賀先生はドアを開いて、ドアマンのように私達を中へと案内する。

「わぁ!」

 今度こそ感嘆のため息が出た。

 広い。教室と同じくらいはあるかもしれない。突き当りの部屋のため、片側は全面窓になっていて、山や畑がよく見える。靴を脱いで上がれるように、入口は靴脱ぎ場まである。壁際に大道具らしきものが積み重なり、木製の本棚には台本らしきものがやや乱雑に背を並べている。そして、畳まれた長机とパイプ椅子。

 完璧だ。ここでアトリエ公演とかできるかもしれない。

 ――さっそく入ってみよう。

「あ、ちょっと待った!」

 古賀先生がストップをかけるのと、私達が上履きを脱いで足を踏み入れたのは同時だった。
 ひんやりとした床。墨に似た少しツンとする匂い。秘密の洞窟のよう。長い間閉ざされていた空間が再び開かれたって感じ。

「あっちゃー」

 古賀先生はくさい芝居のように、天井を仰いでおでこに手のひらを乗せた。

 ――ん? 床、ひんやりしすぎじゃない?

 美香と共に、そうっと床を見る。壁を見る。天井、本棚、大道具……。全ての表面がフワフワの何かに覆われている。場所によっては、淡い色がついている。緑、青、朱。

「……お前ら、勝手に入るなよな」

 古賀先生が土足で室内に入る。

「半地下構造の夏を甘く見過ぎ!」

入口付近に置いてあったバケツと雑巾を差し出した。

「まずは部室全体の――カビの除去だ!」
「うぎゃあああああー!」

 私達は今日何度目かわからない叫び声をあげた。


次話


「スポットライトに照らされて」全17話

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