見出し画像

「スポットライトに照らされて」 15 (全17話)

 ジーーー……。

 校門の脇の花壇に腰かけていると、どこか近くで蝉の声がした。見渡してみたけれど、その姿は見当たらない。

 ジジッ。

 短く鳴いて羽音が聞こえた。どこかへ飛び去ったらしい。後には、肌を射るような強い日差しが降り注いでいる。

 夏休みに入ってすぐに大会の地区割りが決まった。
 地区割りといっても、地域で区切るわけではなく、会場のどこがいいか第三希望まで提出し、その希望票を元に振り分けられる。わざわざ遠くの会場を選ぶ理由もないから、大抵はいつも同じような顔ぶれになるらしい。けれども私たちは今回が初出場だから初めて聞く学校名も多い。
 城東学院とは会場が別れた。お互いに県大会に進まない限り、相手の劇を観ることはできない。

 職員室に部室の鍵を返しに行った美香が早く戻ってこないかと校舎に目をやると、屋上から垂れ幕がかかっているのが目に入った。

 ――県陸上選手権大会 男子走高跳 二年 北山翼君 三位入賞

 白っぽい壁に夏の日差しが反射して目の奥が痛くなる。カラスが飛んできて、垂れ幕のかかっている屋上の縁にとまった。カラスが身じろぎをすると、黒々とした羽が虹色に光る。

 ふと日陰ができ、横を見ると北山が並んで立っていた。また身長が伸びたんではなかろうか。なんだか圧迫感がある。

「どうだ!」
「……なにがよ?」
「あれだよ、あれ」垂れ幕を顎で示す。
「うん。すごいね」
「俺って、やればできる子なんだよね~」

 とても「子」とは呼べないサイズの男がのたまう。

「……あれ? 褒めてくれないの?」
「すごいね、って言ったじゃん」
「そうじゃなくてさ。去年の夏、ボロクソに言われたじゃん、俺」

 そういや言ったな。こいつがサボってばっかりいるから。そのくせ一年生なのに補欠になれて自慢していたっけ。それがむかついたんだよなぁ。けど、あれは明らかに八つ当たりだったよね……。だって羨ましかったんだもん。

「あれは……ごめんって。根に持たないでよ」
「だから、そうじゃなくて。感謝しているんだよ、一応」
「なにそれ」
「本気でやるとさ、楽しいんだよな。そりゃ、適当にやっていた時よりずっと苦しいことも多いんだけど、それすら楽しいって言うか……あ、いや、苦しいのが好きとか、変な趣味じゃねーぞ」
「わかってるよ、ばか」
「よし! わかった」

 北山は自分の腿をひとつ叩いた。ポンッといい音がした。

「これからなんか奢ってやるよ」
「はあ?」
「お礼だよ、お礼」
「そんなお礼なんて……」
「なにがいい? ラーメン……じゃねぇよな。そうか、ケーキか! 女子はケーキだよな」
「ばっかだね~」思わず笑みがこぼれる。

 通りすがりの女子集団から「やー」と笑いを含んだ嬌声が上がった。こちらを見てつつき合っている。

「あー、ばいばい~」

 知り合いなのか、北山が手を振ると、彼女たちも胸の前で小さく手を振ってから「きゃあ」とまた嬌声を上げて去っていく。

「……なに? 今の」
「さあ? 俺のファン?」
「けっ!」
「けっ、ってなんだよ! けっ、って!」

 大きな図体でジタバタする北山を笑いながら、「そうかぁ、こいつモテるのかぁ」とぼんやり思う。

「お祝いしてあげるよ」

 思わず口をついて出た言葉に自分でも驚く。照れ隠しに一気にしゃべる。

「ほら、褒めてほしいんでしょ? 三位入賞のお祝いしてあげる」
「うそ。マジで?」

 飛びつかんばかりに喜ぶ北山を見た新しい女子グループがまたこっそりと嬌声をあげている。あー、なんか敵つくりそうだな。
 そこへ美香が昇降口を出てくるのが見えた。これはちょうどいい。

「あ、美香も一緒で」
「おお。両手に花だな」

 相変わらずのオヤジ臭さだな。

「あ、入江ーっ!」

 北山が美香が出てきたのとは別の昇降口に向かって大きく手を振る。数冊の本を鞄にしまいながら歩いてくる入江が顔を上げた。
 みんなが揃ったところで北山が「ケーキ食いにいくぞ」と宣言する。

「ケーキだぁ?」

 入江が顔をしかめる。スイーツとか苦手なのかな、と思いきや。

「入江ちゃーん、女子の前だからって、カッコつけるなよ~。お前の好きなプリンでも食ってりゃいいじゃん」
「ばっ……!」
「え~? 入江くん、プリンが好きなのぉ? 知らなかったぁ。やだぁ、かわいー」
「あ、ちが……いや、違くはないんだけど」

 あたふたしちゃって、本当にかわいいかも、入江。思わず笑ってしまう。

「木内もなに笑ってんだ、こら」

 って、それ八つ当たりですよ、プリン好きの入江くん。

「はいはい、暑いからもう行きますよ~」

 先に校門を出た北山が振り向いて号令をかける。と、「あーーー!」と両手で頭を抱えて叫んだ。

「くっそー! カラスの野郎!」

 北山の視線の先にはカラスのフンがべっちょり付いた垂れ幕があった。
 カラスは素知らぬ顔で、カァと一声鳴いて飛んで行った。

 みんなでケーキを食べて別れた後でも、夏の夜はまだ訪れない。私は腹ごなしがてら、明るさと熱の残る懐かしい道を歩いていく。
 国道に出て、大きな十字路にかかる歩道橋の階段を上る。向こう側に緑色の高いネットが張られているのが見える。萩台北中のグラウンドに張られたネットだ。

 歩道橋の手すりに寄りかかり、北中を眺める。空はまだ青さが残っているものの、地表は薄闇が訪れようとしている。国道から離れた敷地の一番奥に建つ体育館の明かりは落ちている。夏で日が長いとはいえ、中学生はこんな時間まで残っていられない。明かりがついているのは職員室だけだ。

 中学の地区大会は夏休みに入ってすぐだ。今年も県大会に進めただろうか。

 国道の信号が赤になったのだろう。足元の車の流れが途切れた。束の間の静けさが訪れる。

「あ」

 車が通っていたら聞こえなかっただろう小さな声がこぼれた。歩道橋の階段を上ってきた女子高生と目が合う。

「瑞希」

「梢」

 瑞希は私の隣に来ると、並んで手すりに寄りかかった。

「先客がいるとはね~」瑞希がコロコロ笑う。
「北中、大会どうだったかなぁと思って」
「あー。なんかダメだったらしいよ」
「そうなんだ……」
「やっぱ、私たちがいないからね」

 瑞希は半ば本気で言っているようで、思わず苦笑する。いなくなってダメだったとしたら、それは瑞希の存在だよ。私じゃない。

 再び足元の国道を多くの車が走っていく。

「――下郷高校はどう? 稽古、進んでる?」

 心持ち声のボリュームを上げて瑞希が聞いてくる。

「今日やっと半立ち稽古に入ったよ」
「そっか。荒立ちは?」
「うーん。同時進行って感じかな。初心者もいるから時間はかかるよ」

 「半立ち稽古」は立ち稽古のひとつ。稽古の大きな流れは、脚本を読む「読み合わせ」、実際に動作や表情をつけて行う「立ち稽古」、いちいちダメ出しをしない「通し稽古」の順。立ち稽古の内訳もあって、本格的な立ち稽古に入る前にも段階がある。
 まずは「荒立ち」で立ち位置やハケとかの動きを決めていく。出ハケは、登場と退場のこと。次に「半立ち稽古」で脚本を持ったまま演技する。この段階で脚本にいろいろ書きこんでいくことが多い。脚本がクルクルに丸まって、ボロボロになっていくのも半立ち稽古の間。
 舞台用語で話が通じると、ああ演劇をやっている仲間だな、と実感する。

「城東学院は? 順調?」
「まあね。今回は萌先輩が演出に回ったから、『ポスト萌』争いが勃発しそう」

 瑞希はそう言って笑った。

「『ポスト萌』は瑞希でしょう?」

 私も冗談っぽく笑いながら、でも実は本気でそう言ってみる。そうそう、とふざけて乗ってくるかと思ったら、以外にも「まさか」と真顔で返された。

「――私、存在感がないから」と、瑞希が意外なことを言う。
「なに言っているの? そんなわけないじゃん」
「それ、本気で言ってるぅ?」

 瑞希は笑顔で私の顔を覗き込んでくる。

「当たり前でしょ」

 私が驚いて食い気味に答えると、瑞希は「そっかぁ」と遠い目をした。

「……今だから言っちゃうけど、私ね、梢に嫉妬してた」

 一瞬息が止まる。ボンッ! と力いっぱい鳩尾を殴られたような衝撃があった。あ、いや、実際にはそんな経験ないから想像だけど。

「中学の時ね、なんかもう梢が憎らしくって嫌いになりそうだった」

 衝撃発言ですよ? 瑞希さん。
 私がポカンとしていたのだろう、瑞希は慌てて「違う違う」と両手で辺りの空気を払うようなしぐさをした。

「演技がうまいって、梢のようなことをいうんだろうな、ってずっと思っていた。個性的な役が多くて、なんかこう、演技に熱があって。私には真似できない。なんていうか、ナチュラルになっちゃうんだよね。力が抜けているっていうか。私なりに精一杯やっているんだけど、録画したのとか見るとドラマかなにかみたいで。ちっとも舞台らしくないの。その点、梢は迫力があって、舞台に立っています! ってオーラがバンバン出ているんだもん」

 驚いて口もきけなかった。だって、それは私が思っていたことの裏返しじゃん。瑞希の抑えた演技には近づけなくて、私の演技は大袈裟で悪目立ちしていたはず。だから瑞希のことが羨ましくて憎らしくて、大好きなのに大嫌いだった。瑞希と演劇をやるのは楽しいのと同じだけ苦しかった。

「だからね」瑞希は私の相槌なんて期待していないみたいに話を続ける。

「私、梢の演技、一度も褒めたことないの。気付いていた?」

 私は高速で首を横に振る。

「だって悔しいんだもん。私が劣っているのを認めるのが」

 私こそ、瑞希の演技を褒めたことがあっただろうか。ううん、きっとない。誰かが褒めたとしても「え~? そうかなぁ?」とか言ってはいなかっただろうか。もしかしたら「あとはどこどこが良くなればね~」なんて粗探しをして貶めるようなことさえ言っていなかっただろうか。
 私も洗いざらい吐き出してしまいたい。けれども思いばかりが膨らんで、口から出たのはしょうもない台詞だけだった。

「……私も同じだったよ」

 そんな台詞でも、瑞希はホッとした顔で笑顔を見せてくれた。

「えー本当? よかったぁ。私って性格悪いなあって落ち込んでいたんだよね。梢も同じなら、ふたりとも性格悪いってことでいいよね」
「なにそれ。ひどーい」

 私も笑って答える。もうこの話はおしまい。だってこんなに瑞希のことを近く感じたことはないから。きっと瑞希だって同じはず。
 北中の職員室の明かりが消えた。

「うわっ! もうこんな時間!」

 瑞希が腕時計を見て大袈裟に驚く。きっとこれも照れ隠し。だから私も一緒になって焦ってみせる。私たちは自分のことも相手のことも中学時代よりはわかるようになった。

「本当だ! 早く帰らなくちゃ!」

 私たちはそれぞれ歩道橋の反対側に足を向ける。
 でもまだ去りがたくって、声をかけてみる。

「地区大会、会場違うけど頑張ろうね」

 瑞希が大きく頷く。

「うん。県大会で会おう!」

 あの日の約束を今なら素直な思いで果たせる気がする。

「絶対に、県大会で!」

 私たちはお互いの姿が階段に消えるまで手を振り続けた。

 地区大会当日は現地集合。
 私たちの会場は下郷高校の隣の区の公会堂。隣の区といっても美香や入江の出身校の海浜第一中学校の近くだから、ちょっと身近に感じる。

 ウチの劇の大道具はほとんどなくて、ベニアで作ったドアだけ。それと劇のために作った制服。自分たちの制服でもいけなくはないけれど、それだとどうしても実在の学校のイメージが強するぎるから、リサイクルショップで見つけた制服をちょっとだけリメイクした。あとはセットが壊れた時のための工具箱くらい。
 これらは前日にレンタルした軽トラックに積んで下郷高校に置いてあって、今日、古賀先生が学校に寄って運転してきてくれることになっている。

 会場でのリハーサルは先週三十分だけやった。ゲネプロみたいに通しでやる時間はないから、照明の確認や、きっかけ、立ち位置の確認くらいしかできなかった。
あ、あと、少し台詞は言ってみた。会場によって声の響き方が違うから、ボリュームを確認しておかなくてはならない。それでも当日観客が入ると、空席の状態より音が吸収されやすくなるから、リハより大きな声ではっきり発声しなければならない。
 意外なことに悠基の声は結構通る声で、客席の一番後ろで聞いていた葵が両手で大きな丸を作って、みんなで思わず拍手をした。

 地区大会から県大会に行けるのは上位二校だけ。最優秀賞と優秀賞。

 土日で十四校出場するから、その中の二校になるのは簡単ではない。しかも他の学校はウチよりも人数が多いし、継続的に出場しているから勝手もわかっている。
私はまだ高校演劇の大会を動画でしか見たことがないけれど、ダンスとかも入っていて、プロの小劇場演劇みたいだった。その動画は全国大会のだったから、この会場でそんなすごい学校があるかどうかはわからないけど。

 下郷高校の発表は日曜日の一校目。あと一時間で本番。

 昨日は軽トラに大道具とかを積まなくちゃならなかったから、午前中の発表だけ観て、下郷高校に向かった。
 晴嵐せいらん高校が昨日観た中ではダントツに上手かった。学区外でも学校名だけは知っている程の超進学校。制服もなくて自由な感じもめちゃくちゃおしゃれ。創作脚本らしいけど、すごく大人っぽくて、なんていうかプロの劇団みたいだった。古賀先生が言うには、全国大会に何度も出場している学校なんだって。
 どうしてそんな強豪校と地区大会で当たっちゃうかな。しかも十四校中、創作脚本は晴嵐高校と下郷高校の二校だけ。晴嵐高校の最優秀賞はかたいだろうから、狙うは優秀賞。

 でも、創作脚本の二校が選ばれるってあるのかな? なんだか不利のような気がしてしまう。それに朝一番の発表っていうのも、まだ観劇するリズムになっていないんじゃないかと不安になる。トリに近い方が有利なんじゃないかな。――なんて、小さなことまで気になってしまう。

 本当はちゃんとわかっているんだけど。そんなこと関係ないって。それでも気になっちゃうものは仕方がない。

 公会堂の裏の搬入口に行くと、もうみんな集まっていて、軽トラから荷物を下ろしているところだった。

「おはようございます」

 走り寄りながら挨拶をする。みんなが口々に「おはよう」と返してくれた。

「遅くなってすみません」

 とりあえず古賀先生に向かって頭を下げる。

「大丈夫、大丈夫。まだ集合時間前だよ。こいつらが早いんだって」
「そういう古賀先生が一番乗りだったじゃないですかぁ」
「俺は渋滞すると困るから早めに出たんだよ」

 荷台に乗せていたものをその場に降ろし終えると、古賀先生は「駐車場に入れてくるから」と軽トラに乗り込んだ。私と悠基で大道具のドアを持って、美香と葵で工具箱や衣装なんかを分けて抱えた。
 搬入口のエレベーターの中はとっても広くて、私たちは落ち着かなくて壁際に張り付いた。ベニアと角材で作った高さ一間いっけんのドアさえも小さく感じる。一間は約百八十センチ。演劇の世界ではなぜかいまだに尺貫法が使われている。
 荷物を舞台袖に運び入れ、衣装やメイク箱は楽屋に持っていく。楽屋は大部屋で、ほかの学校とも共同で使うけれど、朝一だからまだ誰も来ていない。私たちは着替えを後回しにして、舞台のセッティングに向かう。
 ホールにもまだ誰もいない。舞台袖の空気はひんやり、しっとりとしている。見た目ではきれいに掃除されているのに、湿った埃とカビのツンとする匂いが微かに鼻を刺激する。

 ああ、これだ。この匂い。劇場の匂い。けしていい香りなんかじゃないのに、何度も何度も息を大きく吸い込んで味わう。頭の先まで伝わった匂いは全身をピリピリと痺れさせる。

 私はここにいる、と強く感じる。戻ってきたんだ、この場所に。

 この公会堂の舞台に立つのは初めてだけど、それでもやっぱり帰って来たんだって感じがするから不思議だ。

 セッティングと衣装の着替えを終えると、もう十分前だった。

 舞台袖で最後の全集。緞帳の向こうに客席のざわめきが聞こえる。

 深いため息が聞こえて、そちらを見ると、真っ白な顔をした悠基がいた。すっかり血の気が引いている。唇も紫色で細かく震えているし。その悠基の肩に手を置いて小声で励ましている美香の声も震えている。

 私はどうだろう。両手を広げて手のひらをみる。ジンジンと弱い痺れがある。けど、この感覚は嫌じゃない。
 ふいになにか熱いものが背筋を這い上った。思わずぶるりと体が震える。そしてその熱がじんわり全身に広がっていく。温かいものが隅々まで行き渡る。
 ああ……なんて気持ちいいんだろう……。

 一ベルが鳴る。開演五分前。

「……どうしよう」

 悠基が震える声で呟いた。

「僕、初めてだし、失敗したらどうしよう。才能だってないし……」

 ――才能、か。

 悠基の才能は未知数だ。まだ初舞台だし。稽古は特に良くも悪くもなかったけれど、本番で化ける人はいる。だからまだわからない。
 美香は少なくとも私よりは才能があるだろう。だけど、なんといってもメンタルが心配だ。今は後輩をフォローする責任感で立っていられるんだと思う。
 じゃあ、私は? この前、瑞希はああ言ってくれたけど、やっぱりそれは買い被り過ぎだと思う。私は残念ながら凡才だ。自分でよくわかっている。それでも演劇は大好きだ。大好きなのに才能に恵まれないのは悲しいけど。

「演劇の才能なんてあるわけねーよ」

 古賀先生がさらりと言った言葉に、私たちはギョッとする。

 このアホ顧問! 本番直前になに言っているのよ? 教師が生徒を励まさないでどうするのよ! 嘘でも「大丈夫」って言うところでしょ!

「演技するのに才能なんてないんだよ。そんな才能、誰にもない。あるとすれば、努力できるっていうのは一種の才能かもしれないな」

 努力できる才能……。

「その点、お前らは全員、才能を持っていると思うぞ?」

 古賀先生が、悠基の両肩に手を置く。悠基はひとつ息を吸い込むと、口を一文字に引き結んで大きく頷いた。震えが止まっている。

 プツッとマイクのスイッチが入る音がした。

『ただいまより、高等学校演劇発表会、地区大会二日目を開催いたします』

 熱い塊が胸の奥で急速にふくらんで、息が苦しい。さっきまでの痺れが消える。頭の中が妙にすっきりする。視覚や聴覚が鋭くなるのを感じる。熱い塊は風船のようにぐんぐんふくらんで、弾ける。身体中に熱の粒子が散らばっていく。
 広がる。広がっていく。私が私の体を飛び出して、どんどん広がっていく。この空間に私自身が満ちていく。

「よし! 行って来い。お前らの才能を見せつけてやれ!」

 古賀先生は私たち三人の背中を軽く叩いて、急ぎ足で去っていく。先生の手が触れたあたりから自信が広がっていく。

『お待たせいたしました。これより、下郷高校「ここにいるよ」を上演いたします』

 二ベルが鳴る。客電が落ち、緞帳がゆっくりと上がっていく――。


次話


「スポットライトに照らされて」全17話

#創作大賞2023 #小説 #ミステリー #青春 #演劇